表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者の末裔ソラトと八英雄の遺産  作者: じろりんたん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/36

静かな森に水脈は眠る

翌朝。

森の近くには、朝露の匂いと土の冷たさがまだ残っていた。

陽は昇りはじめているのに、空気には夜の名残が薄く漂っている。


ハルデン一家とガルド、そしてソラトは、井戸を掘る候補地を探すために集まっていた。

草を踏むたび、しっとりとした湿り気が靴底に伝わる。


ガルドがソラトに声をかける。


「それでソラトくん、どうやって探すんだい。

水脈を探す魔法とかがあるのかね」


ソラトは首を横に振った。


「いや、そうじゃないんだけど……

簡単に言うと、水属性魔法の“魔術式”を展開するときに、周辺にある水を感じ取れるんですよ。

だから、ここで何でもいいから水魔法を使えば……単純に水脈も感じるんじゃないかと」


ガルドは目を細め、納得したようにうなずいた。


「なるほど、そういうことかね」


ソラトは深呼吸をひとつして、前に出た。

胸の奥で、緊張と期待が入り混じったような熱がゆっくりと広がっていく。


「じゃあ……とりあえずやってみますね」


彼は右手をゆっくりと前に伸ばした。

その動きに合わせて、空気がわずかに張りつめる。

森のざわめきさえ、遠くへ引いていくようだった。


ハルデン一家は横一列に並び、ただ黙って見守っていた。

ニーナは胸の前で手を組み、ソラトを見つめる。

レオは息を呑み、拳をぎゅっと握りしめている。

ハルデンはまるで祈るように、少年の背中をじっと見つめていた。


ソラトは静かに目を閉じた。

その瞬間、彼の思考の中で魔術式が展開される。

右手の掌の前に、透明な水の玉がふわりと浮かび上がった。


簡素な水属性魔法――だが、その構築と同時に、周囲の“水”が一斉に反応する。


ソラトの意識に、映像のような感覚が流れ込んできた。


地面に残る小さな水たまり。

森の木々に宿った朝露。

大気中に漂う細かな水分。


それらが光の粒のように浮かび上がり、位置も量も自然と理解できる。

まるで世界が、静かに輪郭を描き直していくようだった。


そして――


足元。

さらにその深い地中。


ゆっくりと流れる“水の帯”が、確かに存在していた。

それはこの土地を支える、水脈そのものだった。


掌の前の水の玉が、ふっと消える。

同時にソラトは目を開いた。


その瞳には、確信の光が宿っていた。


「……ありましたよ」


朝の静けさの中で、その言葉は小さく、しかし力強く響いた。


ハルデンは息を呑み、ニーナは胸に手を当て、レオは思わず前のめりになる。

ガルドは驚きと期待が入り混じった表情で、少年を見つめていた。


「それでソラトくん、場所は……深さはどれくらいかね」


ソラトは周囲を見回し、先ほど感じ取った“流れ”を思い返す。


「場所は、このあたりならどこを掘っても大丈夫ですよ。

深さは……三日もあれば十分掘れる深さです」


その言葉に、ハルデン一家の表情が一気に明るくなった。

安堵と喜びが混じり合い、胸の奥からふっと力が抜けるような空気が広がる。


気づけば、ハルデンとレオはすでにスコップを手にしていた。


「ソラトくん……本当にありがとう。これで安心して井戸が掘れるよ」


その声は、心の底からの感謝だった。

新しい村の未来が、ようやく“現実の形”を持ち始めた瞬間だった。


だがその時、ガルドがふと思いついたようにソラトへ視線を向けた。


「ところでソラトくん……穴を掘る魔法とかはないのかね」


ソラトは一瞬きょとんとしたが、すぐに顎に手を当てて考え込む。


「穴を掘る魔法は……ないですけど……」


少しの沈黙。

そして、何かがひらめいたように顔を上げた。


「……ちょっと試してみましょうか」


その言葉に、ハルデン一家とガルドが同時に息をのむ。

朝の森に、再び期待の気配が満ちていく。


ソラトは一歩前に出て、右手を軽く上げた。


「じゃあまずは……」


その声と同時に、ソラトの少し離れた前方の空気がざわりと揺れた。

風属性の魔力が集まり、小さなつむじ風が生まれる。


最初は弱々しい渦だった。

だが、ソラトが魔力を込めるにつれて勢いを増し、

渦は太く、速く、鋭く――まるで小さな竜巻のように成長していく。


さらに魔力を注ぎ込むと、渦の回転は限界まで加速し、

草や砂が巻き上げられ、周囲の空気がビリビリと震えた。


ハルデン一家は思わず息を呑む。

ガルドは目を細め、その成長を見守っていた。


そして――


ソラトが魔力を切った瞬間、

小さな竜巻はふっと消えた。


残されたのは、地面にぽっかりとできた浅い窪み。

ほんの少し土が削れただけだった。


ソラトは窪みを見下ろし、肩をすくめる。


「……これではちょっと掘れないみたいですね」


ガルドは苦笑し、ハルデンは吹き出しそうになるのをこらえた。

レオは「すげぇ……けど浅い……」と小声でつぶやき、

ニーナは優しく微笑んだ。


失敗ではある。

けれど、その挑戦は確かに場の空気を明るくした。

朝の森に、柔らかな笑いが広がっていく。


ソラトは一歩前に出て、振り返った。


「じゃあ次は……ちょっと危ないので、みんな家の方まで下がっていてください」


その声音に、ハルデン一家もガルドもただならぬ気配を感じ、素直に距離を取った。

全員が十分に離れたのを確認すると、ソラトは前方へ向き直る。


再び風属性の魔力が集まり、ソラトの前方に小さなつむじ風が生まれた。

先ほどよりも鋭く、速い。


ソラトは魔力を込める。

渦は太くなり、回転はさらに加速し、草や砂が巻き上がっていく。


そして――


ソラトはもう一つの魔術式を展開した。

火属性だ。


竜巻の中心に、赤い炎がぽっと灯る。

それは瞬く間に渦全体へ広がり、赤い炎の竜巻へと姿を変えた。


さらに魔力を注ぎ込むと、炎の色が変わっていく。


赤。

黄色。

そして――青。


青白い光を放つ炎は、尋常ではない温度に達していた。

空気が震え、熱が地面を歪ませる。


ソラトはその青い炎の竜巻を、ゆっくりと地面へ押し付けた。


ジュウウウウウウ――ッ!


地面が悲鳴を上げるように溶け、黒い土が液体となって流れ出す。

竜巻の上部からは溶岩が噴き上がり、熱風が周囲を揺らした。


溶けた土が空中に飛び散り、ソラトの頭上にも降り注ぐ。


だが――


ソラトは左手を上げ、即座に防御魔法を展開した。

光のベールが頭上に広がり、落ちてくる溶岩を弾き返す。


青い炎の竜巻はさらに地面を削り、

まるで小さな火山がその場に生まれたかのように、地面が赤く脈打っていた。


そして、ある程度掘り下げたところで――

ソラトは魔力を切った。


炎が消え、風が止み、熱気だけが残る。


地面には、深くえぐれた穴がぽっかりと開いていた。

縁は黒く焦げ、まだ赤い光が残っている。


遠くで見守っていたハルデン一家とガルドは、しばらく言葉を失っていた。


ソラトは深く息を吸い、散らばった溶けた土へ手を向けた。

氷属性の魔力が広がり、ジュウッと音を立てて黒いガラス質の塊が冷えていく。


足元の安全を確かめながら、ソラトは井戸の縁へ近づき、

同じように底へ向けて冷気を送り込んだ。

熱気が薄れ、穴の奥から白い蒸気がゆらゆらと立ち上る。


その様子を見て、ハルデン一家とガルドもゆっくりと近づいてきた。


全員で穴をのぞき込むと、そこは深く、暗く、底が見えなかった。


ソラトは右手を軽く上げ、灯光の魔術式を展開する。

ふわりと光の玉が生まれ、彼はそれを穴へ落とした。


光の玉はゆっくりと下降していく。

その淡い光に照らされ、穴の壁面が浮かび上がった。


――ツルツルだ。


まるで巨大なガラスの筒のように、

溶けた土が冷えて固まった壁は滑らかで、光を反射している。


光の玉はさらに落ちていく。

森に生えている木の高さほどの深さに達したとき――


底が見えた。


だが、そこに水はなかった。


ハルデンが顎に手を当てながらつぶやく。


「これは……まだ深さが足りないってことですかね」


ソラトは首を横に振る。


「深さは十分なんですけど……多分、水がしみ出せないんじゃ……」


ガルドはすぐに察したようにうなずいた。


「高温で溶かした土を急激に冷やすと、ガラス質になってしまいますからね。

ソラトくん、底の方をもう少し冷やしてくれんか」


ソラトは素直に従い、氷魔術で井戸の底をさらに冷却した。

冷気が走り、ガラス質の壁が白く曇る。


ガルドは次に、軽く手を振って指示を出す。


「じゃあ次は……軽く火であぶってごらん」


ソラトは言われるままに火属性の魔術式を展開し、

井戸の底へ向けて弱めの炎を送り込んだ。


すると――


パキッ……パキパキパキッ!


井戸の底のガラス質の層が音を立てて割れ、

ひびが走り、崩れ落ちていく。


そしてその割れ目から――


ゴボッ……!


水が、勢いよく溢れ出した。


透明な水が井戸の底を満たし、

やがて小さな泉のように湧き続ける。


ハルデンは目を見開き、

ニーナは思わず口元を押さえ、

無口なレオも歓声を上げている。


ガルドは満足げに腕を組む。


「……よし。これで本物の井戸だ」


ソラトは胸をなでおろし、ほっと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ