家族の絆と、ソラトの一言
ガルドは腕を組み、興味深そうにうなずく。
「そりゃあ、普通はそう考えるでしょうな」
ハルデンは苦笑を浮かべた。
その笑みは、どこか自嘲めいている。
「ところが上司は『あの地帯は昔から人が住めるところではない。無駄なことはするな』と言うばかりでしてね」
ニーナがそっと夫の手に触れた。
その指先の優しさが、彼がその言葉にどれほど傷ついたかを物語っていた。
「でも、どうしても気になって……私は独自に調べたんです。そして、この場所を見つけた」
ソラトは思わず椅子の背を握りしめた。
自分たちが今いるこの家、この土地が、そんな“発見”の結果だったとは知らなかった。
ハルデンは続ける。
「それを上司に報告したら、今度は『近くに川がないから無理だ』と言われました。
私が『少し遠いが川があるからその川の流れを変えるとか、森があるなら地下水脈はあるはず、それを掘れば』と言っても、今度は『川の流れを変えるのも水脈掘るのに予算がかかる』と……」
彼は肩を落とし、静かに首を振った。
「とにかく“できない理由”ばかり並べて、どうすれば“できるか”を考えようとしないんです」
ガルドは眉をひそめ、深く息を吐いた。
「役所ってのは、どこもそんなもんかもしれませんな……」
ハルデンは続けた。
「それでも私は、この地帯に村を作るメリット……そして西の採石場を開発するために必要なことを、上司に何度も話したんです」
その声には、諦めきれない情熱と、何度も跳ね返された悔しさが入り混じっていた。
言葉を重ねるたび、胸の奥に積もったものが少しずつ形を持ちはじめる。
「ですが返ってきた答えは――『余計なことはしなくていい。現状を維持すればそれでいい。お前が余計なことをすると、他の職員に負担をかけることになるんだぞ』と」
ガルドは鼻を鳴らした。
「現状維持……役所らしいと言えばらしいが」
ハルデンは静かに首を横に振った。
「確かに、現状維持は大切かもしれません。あの上司は、そういうふうに教えられてきたんだと思います」
その言葉には、怒りよりも理解があった。
責める気持ちより、むしろ“枠の中でしか動けない人間”への哀しみが滲んでいた。
「でも……それこそが、良くも悪くも、この世界が五百年間ほとんど変化しなかった原因だと私は思うのです」
ソラトの胸がざわついた。
五百年という時間は、歴史の教科書の中だけのものだと思っていた。
けれど今、ハルデンの言葉によって、その重さが急に現実のものとして迫ってくる。
ハルデンは静かに続けた。
「私は、あの上司が悪いとは思っていません。彼は彼なりに、与えられた枠の中で最善を尽くしているのでしょう。
ですが私は……この世界がより良くなる方向へ進めるのなら、止まらずに歩むべきだと思うのです」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
まるで、自分自身に誓いを立てるような響きを持っていた。
ハルデンは、胸の奥に宿していた決意を静かに言葉にした。
「それで私は……開拓庁がやらないなら、自分でやろうと決心したんです。
そしてそのことを二人に話したら――」
そのときニーナがガルドとソラトに視線を向け、ふっと微笑んだ。
「この人の話を聞いてたら、騎士だった頃の戦い方が想像つくでしょ。
私はね、その“真っ直ぐさ”が好きで結婚したの。ついていくに決まってるわ」
その声には、長年寄り添ってきた者にしか出せない温かさと誇りがあった。
彼女の言葉が、ハルデンの決意に静かな光を添える。
無口なレオも、珍しく口を開いた。
「……俺は、騎士だった親父が好きだった。
開拓庁勤めになっても、騎士の心は忘れてなかった。
だから……そんな親父を手伝いたいと思ったんだ」
短い言葉だったが、そこには少年の真っ直ぐな敬意が詰まっていた。
ハルデンは二人を見つめ、堪えきれないように目元を緩めた。
嬉しさがあふれ、瞳にはうっすらと涙が光る。
ガルドはその様子を見て、深くうなずいた。
「なるほど……そういうことでしたか。
それで、水の方はなんとかなりそうなのですか」
ハルデンは涙を拭い、気持ちを整えて答える。
「ようやく納屋も建て終わったところなので、明日から息子と二人で井戸掘りを始めるつもりです。
ただ……ご存じの通り、水脈を見つけるのは少々骨が折れるなと」
その瞬間、ソラトがハッと顔を上げた。
胸の奥で、何かが弾けたようだった。
「……水脈探しなら、なんとかなるかも」
部屋の空気が一瞬止まり、全員の視線がソラトに向く。
その視線の重さに、ソラトの心臓がどくんと跳ねた。




