欠片の輝き
朝の冷たい空気に押し上げられるように、ソラトはふっと目を覚ました。
胸の奥に残るわずかな緊張が、今日という日の始まりを告げている。
窓を開けると、二階の高さから見下ろす庭に、ガルドの姿があった。
馬車の手綱を整えるその動きは無駄がなく、まるで長い旅路の記憶が体に染みついているかのようだった。
ソラトは思う――旅慣れた人は、やっぱり準備が早い。
肩掛けカバンひとつにまとめた荷物を手に取り、階段を下りる。
台所では、母がいつものように朝食の支度をしていた。
その背中を横目に、ソラトは食卓の後ろの棚へ向かう。
地下室で見つけた木箱は、あの日からそこに置いたままだ。
“あの欠片”は一応持っていこう。
そう思って蓋を開けた瞬間、ソラトの心臓がひとつ跳ねた。
――空っぽ。
父がどこかにしまったのかもしれない。
そう考えて父の部屋へ向かおうとしたとき、台所から母が皿を手に出てきた。
「まあソラト、ずいぶん早いのね」
「あっ、母さん。この箱に入れてた欠片、なくなってるんだけど……知らない?」
母は皿を置き、エプロンで手を拭くと、ポケットに手を入れた。
「これのこと?」
取り出されたのは、革紐に吊るされたペンダント。
先端には、あの欠片が淡く光っていた。
「ポケットにしまっておくより、こっちの方がいいでしょ。
でも……ほんと、不思議な輝きよねぇ」
母の声はどこか夢見心地だった。
欠片の魔力に引き寄せられるように、指先がそっと触れる。
「欠片は加工しないで、そのまま金具で留めてるだけなんだけど……
魅了されちゃって、なかなか作業が進まなかったのよ」
うっとりとした目が、ふっと現実に戻る。
母は微笑み、ペンダントをソラトへ差し出した。
「はい、ソラト。持っていきなさい」
ソラトは受け取り、そのまま首にかける。
胸元に欠片が触れた瞬間、体の奥から何かが湧き上がるような感覚が走った。
――魔力がみなぎる。
欠片だけを手にしていたときにはなかった、はっきりとした“流れ”が体内を巡る。
これは母の作ったアクセサリーの効果なのだろうか。
「でも母さん、これ……一目につくのは、ちょっと危ないんじゃないかな」
そう言うと、母はニヤリと笑った。
ポケットから木製の小さなパーツを取り出す。
「そう思うでしょ。だから、これで隠すといいわ」
二つに分かれた木のカバーが欠片を挟み、カチリと閉じる。
光はすっかり覆い隠され、素朴なハート型の飾りに変わった。
だが、木のカバーが閉じた瞬間――
胸の奥に柔らかな膜が張ったような、守られている感覚が広がる。
やはり、母の作るアクセサリーにはただの装飾以上の力が宿っている。
ソラトはその確信を胸に、息を吸い込んだ。
「ありがとう、母さん。じゃあ……ちょっとガルドさんの手伝いしてくる!」
勢いよく玄関を飛び出すと、朝の光がまだ低く、庭の草に露がきらめいていた。
馬車のそばで作業していたガルドが、気配に気づいて顔を上げる。
「おはようございます、ガルドさん! 何か手伝えることありますか」
ソラトの声は、胸元のペンダントの温もりと同じくらい弾んでいた。




