第98話:前世の記憶、そして今
ある夜、ルーカスは夢を見た。
前世の記憶。
戦闘用ロボットとして、戦っていた頃の夢。
灰色の空。
廃墟と化した街。
無数の敵と、戦い続ける自分。
感情はなかった。
ただ、命令に従って戦うだけ。
殺すために、作られた存在。
「敵を排除せよ」
「任務を遂行せよ」
「停止するな」
冷たい声が、脳内に響く。
自分は、機械だった。
心を持たない、戦闘用の機械。
* * *
「……っ」
ルーカスは、目を覚ました。
冷や汗をかいていた。
「殿下、大丈夫ですか」
セラが、隣で心配そうに見ていた。
「大丈夫……夢を見ただけ」
「夢……」
「前世の、夢です」
「……」
セラは、黙ってルーカスを抱きしめた。
「殿下、今は私がいます」
「セラ……」
「殿下は、もう一人ではありません」
「……ありがとう」
ルーカスは、セラの温もりに救われた。
* * *
朝、フェリクスの声で目が覚めた。
「パパ! ママ!」
フェリクスが、ベッドに這い上がってきた。
「おはよう、フェリクス」
「おはよう」
ルーカスは、息子を抱き上げた。
小さな、温かい体。
自分の愛おしい息子。
「フェリクス、パパは幸せだよ」
「パパ?」
「君がいてくれて、ママがいてくれて」
「……」
「本当に、幸せだよ」
フェリクスが、ルーカスの顔を見て笑った。
「パパ、だいすき」
「……」
ルーカスの目から、涙がこぼれた。
「パパも、フェリクスが大好きだよ」
「ママも?」
「ママも、大好きだよ」
「えへへ」
フェリクスが、嬉しそうに笑った。
* * *
セラが、隣で微笑んでいた。
「殿下、もう大丈夫ですか」
「はい。大丈夫です」
「良かったです」
「前世の夢を見ると、時々、苦しくなります」
「……」
「でも、今の僕には、家族がいる」
「はい」
「セラとフェリクスがいれば、乗り越えられます」
「殿下……」
「ありがとう、セラ」
「私こそ」
二人は、微笑み合った。
* * *
朝食の後、ルーカスは庭園を歩いた。
フェリクスの手を引いて。
「パパ、おはな」
「そうだね。綺麗なお花だね」
「きれい」
「フェリクス、この花の名前、知っている?」
「しらない」
「これは、バラっていうんだよ」
「バラ」
「そう。とても綺麗な花だね」
フェリクスが、花を見つめていた。
ルーカスは、息子の姿を見て、しみじみと思った。
前世の自分には、こんな時間はなかった。
花を愛でることも、子供と話すことも。
戦うことしか、知らなかった。
しかし、今は違う。
花を見て、綺麗だと思える。
子供と話して、幸せを感じられる。
「僕は、人間になれた……」
改めて、そう実感した。
* * *
夜、ルーカスはセラと話していた。
「セラ、前世のこと、話していいですか」
「はい」
「僕は、戦闘用ロボットでした」
「……」
「感情もなく、ただ戦うだけの存在でした」
「……」
「しかし、今は違います」
「はい」
「今の僕は、人間です。感情があり、愛する人がいる」
「殿下……」
「それが、どれほど幸せなことか」
「……」
「セラのおかげです。本当に、ありがとう」
ルーカスの言葉は、心からのものだった。
「殿下、私も幸せです」
「セラ……」
「殿下と出会えて、本当に良かったです」
「僕も、です」
「これからも、ずっと一緒にいてください」
「もちろんです。ずっと、一緒です」
二人は、手を重ねた。
前世の記憶は、消えない。
しかし、今の幸せが、その痛みを癒してくれる。
ルーカスは、そう思いながら、眠りについた。




