第86話:教会との最終対話
グレゴリウス先生がルーカスの対話の申し出を教会に伝えてから、一週間が経った。
そして、教会から返答があった。
「殿下、大司教からの手紙です」
使者が、手紙を持ってきた。
ルーカスは、緊張しながら手紙を開いた。
『第三王子殿下へ
殿下の対話の申し出を、受け入れます。
王宮にて、正式な対話の場を設けたいと思います。
日程は、来週の週末を希望します。
教会からは、私と数名の神官が出席します。
殿下には、公正な対話を期待します。
大司教より』
「対話が、実現する……」
ルーカスは、胸が高鳴った。
* * *
対話の日がやってきた。
場所は、王宮の大会議室だった。
出席者は、以下の通りだった。
王家側:国王フリードリヒ二世、第一王子アルベルト、第二王子ヴィクトル、そしてルーカス。
教会側:大司教と、三名の高位神官。
傍聴として、主要な貴族たちも同席していた。
「では、対話を始めましょう」
国王が、宣言した。
* * *
「大司教猊下、改めて対話の機会をいただき、感謝いたします」
ルーカスが、礼儀正しく挨拶した。
「殿下、こちらこそ」
大司教が、頷いた。
その表情は、以前よりも柔らかかった。
「では、本題に入りましょう」
アルベルトが、進行役を務めた。
「殿下は、教会から『禁忌』と認定されています。この認定について、どのようにお考えですか」
「私は、殿下を『禁忌』とは考えていません」
ルーカスが、はっきりと言った。
「私の体は、確かに普通とは異なります。しかし、それは私の罪ではありません」
「……」
「私は、この体で生まれました。自分の意志で、そうなったわけではありません」
ルーカスの言葉は、誠実だった。
* * *
「殿下のお言葉は、理解しています」
大司教が、ゆっくりと言った。
「しかし、教会には教会の立場があります」
「どのような立場でしょうか」
「『禁忌』を認めることは、神の教えに反することです」
「神の教え……」
「人間は、神に与えられた体で生きるべきです。殿下の体は、その教えに反しています」
大司教の言葉は、従来の主張と同じだった。
しかし、ルーカスは諦めなかった。
「大司教猊下、一つお聞きしてもいいですか」
「何でしょう」
「神は、何を望んでいるのでしょうか」
「神は……」
「人々が幸せに暮らすことを、望んでいるのではないですか」
「……」
「私を排除することで、誰が幸せになりますか」
ルーカスの問いに、大司教は黙った。
* * *
「私は、国境で戦いました。多くの人を、守りました」
「それは、承知しています」
「私の力は、人々を守るために使われました」
「……」
「それでも、私は排除されるべきですか」
「殿下……」
「私は、人間として生きたいだけです。みんなと同じように、笑って、泣いて、愛して……」
ルーカスの声が、少し震えた。
「それを、認めてもらえませんか」
会議室が、静まり返った。
大司教は、目を閉じていた。
何かを、考えているようだった。
* * *
長い沈黙の後、大司教が口を開いた。
「殿下……」
「はい」
「私は、長年、教会の教えを守ってきました」
「……」
「しかし、殿下と出会い、考えが変わりつつあります」
「大司教猊下……」
「殿下は、『禁忌』ではありません」
大司教の言葉に、会議室がざわめいた。
「殿下は、心を持った人間です。国を守り、人を愛し、平和を望む人間です」
「……」
「そのような方を、『禁忌』と呼ぶことは、神の教えに反するかもしれません」
大司教が、ゆっくりと立ち上がった。
「私は、教会を代表して、殿下に謝罪いたします」
「大司教猊下……」
「殿下を苦しめてきたこと、深くお詫び申し上げます」
大司教が、深く頭を下げた。
* * *
会議室が、どよめいた。
大司教が、謝罪した。
それは、歴史的な瞬間だった。
「大司教猊下、顔を上げてください」
ルーカスが、静かに言った。
「殿下……」
「謝罪は、受け入れます。そして、感謝します」
「感謝……」
「はい。対話に応じてくださったこと、考えを改めてくださったこと。感謝します」
ルーカスの言葉は、温かかった。
「殿下は、本当に優しい方ですな」
「いいえ。ただ、争いを終わらせたいだけです」
「……」
「これからは、共に歩んでいけませんか」
「共に……」
「敵としてではなく、協力者として」
ルーカスが、手を差し出した。
大司教は、その手を見つめていた。
そして、ゆっくりと手を握った。
「殿下、これからよろしくお願いいたします」
「はい。こちらこそ」
二人は、固く握手を交わした。
* * *
国王フリードリヒが、立ち上がった。
「本日、歴史的な和解が成立した」
フリードリヒの声が、会議室に響いた。
「教会と王家は、第三王子ルーカスを『人間』として認める」
「……」
「『禁忌』の認定は、本日をもって撤回される」
貴族たちから、拍手が起きた。
「ルーカス、よくやった」
フリードリヒが、ルーカスに微笑みかけた。
「父上……ありがとうございます」
ルーカスの目から、涙がこぼれた。
長い戦いが、終わった。
「禁忌」から「人間」へ。
ルーカスの願いが、ついに叶った。




