第80話:第四部完結「派閥戦の終わりと、新たな始まり」
グレゴリウス先生の赴任から、一ヶ月が経った。
ルーカスは、警戒しながらも、普通の学院生活を送っていた。
しかし、その日、事態は動いた。
「殿下、大変です」
レオナルドが、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「どうしましたか」
「グレゴリウス先生が、殿下を呼んでいます」
「僕を……」
「放課後、教室に来るようにと」
ルーカスは、少し緊張した。
「分かりました。行きます」
「私も、一緒に行きます」
セラが、即座に言った。
「ありがとう、セラ」
二人は、グレゴリウス先生の教室に向かった。
* * *
教室に入ると、グレゴリウス先生が待っていた。
他に生徒はいなかった。
「殿下、来てくださったのですね」
「先生がお呼びでしたから」
「ヴェルディ殿も一緒ですか」
「はい。何か、問題がありますか」
「いいえ。むしろ、好都合です」
グレゴリウス先生が、微笑んだ。
しかし、その笑みには、冷たさがあった。
* * *
「殿下、単刀直入に言います」
「はい」
「教会は、殿下を『禁忌』として認定しています」
「知っています」
「大司教猊下は、殿下との対話を選びました。しかし、教会の全員がそれに従っているわけではありません」
「……」
「私は、殿下を排除すべきだと考えています」
グレゴリウス先生の言葉は、冷酷だった。
「なぜ、それを僕に言うのですか」
「警告です」
「警告……」
「今のうちに、自ら身を引いてください。そうすれば、命だけは助けます」
「身を引く……とは」
「王位継承権を放棄し、教会の管理下に入ることです」
グレゴリウス先生の要求は、受け入れられるものではなかった。
* * *
「断ります」
ルーカスは、はっきりと言った。
「殿下……」
「僕は、自分の意志で生きます。誰かの管理下には、入りません」
「それは、賢明な判断ではありませんな」
「賢明かどうかは分かりません。しかし、これが僕の答えです」
ルーカスの目は、真剣だった。
グレゴリウス先生は、少し目を細めた。
「そうですか……残念です」
「脅しには、屈しません」
「脅しではありません。事実を述べているだけです」
「……」
「殿下が従わないなら、我々は行動を起こします」
グレゴリウス先生が、一歩前に出た。
セラが、即座にルーカスの前に出た。
「殿下に近づくな」
「ヴェルディ殿、邪魔をしないでいただきたい」
「殿下を守ることが、私の役目です」
「……」
二人の間に、緊張が走った。
* * *
そのとき、教室のドアが開いた。
「そこまでだ」
声がした。
振り返ると、エリアスが立っていた。
「ブレンナー殿……」
「グレゴリウス先生、これ以上はやめてください」
「エリアス……お前は、教会派のはずだ」
「かつてはそうでした。しかし、今は違います」
エリアスが、ルーカスとセラの傍に立った。
「俺は、ルーカスの味方です」
「裏切り者め……」
「裏切りではありません。正しいと思うことをしているだけです」
エリアスの目は、真剣だった。
* * *
さらに、ドアからレオナルドが現れた。
「私も、殿下の味方です」
「レオナルド……」
「クラウス殿も、来ています」
窓から、クラウスが顔を出した。
「ルーカス、大丈夫か」
「クラウス……」
ルーカスは、仲間たちの姿に、胸が熱くなった。
「グレゴリウス先生、殿下には、味方がたくさんいます」
レオナルドが、冷静に言った。
「ここで何かしても、無駄です」
「……」
グレゴリウス先生は、周囲を見回した。
形勢は、不利だった。
* * *
「……今日のところは、引きましょう」
グレゴリウス先生が、後ろに下がった。
「しかし、これで終わりではありません」
「分かっています」
「殿下、いつか必ず、教会の裁きを受けることになります」
「それは、あなたが決めることではありません」
ルーカスは、毅然とした態度で言った。
「僕は、人間として生きます。誰にも、それを止めることはできません」
「……」
グレゴリウス先生は、黙って教室を出ていった。
* * *
先生が去った後、ルーカスは仲間たちに向き直った。
「みんな、ありがとう」
「殿下、大丈夫でしたか」
「はい。みんなのおかげです」
「俺たちは、仲間だ。当然のことをしただけだ」
エリアスが、そう言った。
「ルーカス、これからも何かあったら、頼れよ」
クラウスが、窓枠に腰掛けながら言った。
「私も、殿下をお守りします」
セラが、ルーカスの手を握った。
「みんな……」
ルーカスの目に、涙が浮かんだ。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
「殿下、泣かないでください」
「うん……」
ルーカスは、涙を拭いた。
仲間がいる。
味方がいる。
一人では、ない。
それが、どれほど心強いことか。
* * *
その夜、ルーカスはアルベルトに手紙を書いた。
『兄上へ
今日、グレゴリウス先生から直接、警告を受けました。
教会の管理下に入れ、と。
断りました。
友人たちが、助けてくれました。
彼らは、僕の味方でいてくれます。
教会派との対立は、まだ続くでしょう。
しかし、僕は諦めません。
人間として生きるために、戦い続けます。
ルーカスより』
返事は、すぐに届いた。
『ルーカスへ
よく頑張った。
お前の決断を、誇りに思う。
友人たちにも、感謝しろ。彼らは、お前の宝だ。
教会派との対立は、私たちも対処する。
お前は、学院で学び続けろ。
そして、仲間を大切にしろ。
我々は、いつでもお前の味方だ。
アルベルトより』
兄の言葉に、ルーカスは救われた。
* * *
ドアをノックする音がした。
開けると、セラが立っていた。
「殿下、今日は、お疲れ様でした」
「セラも」
「入っても、いいですか」
「もちろん」
セラが、部屋に入ってきた。
「殿下、今日のこと、怖かったですか」
「少し。でも、セラやみんながいてくれたから、大丈夫でした」
「良かったです」
セラが、微笑んだ。
「殿下、私は、殿下の傍にいます」
「ありがとう」
「これからも、何があっても」
「……」
「私たちは、一緒です」
セラが、ルーカスの手を取った。
「はい。一緒です」
二人は、手を握り合った。
* * *
派閥戦は、一つの区切りを迎えた。
教会派との対立は、まだ続いている。
しかし、ルーカスには味方がいる。
セラ。
エリアス。
レオナルド。
クラウス。
そして、王宮にいる家族たち。
彼らと一緒に、困難を乗り越えていく。
人間として生きるために。
第四部「宮廷・派閥戦編」は、ここで終わる。
しかし、物語はまだ続く。
最終章へ向けて、ルーカスの戦いは続いていく。
彼が選ぶ未来は、どのようなものになるのか。
それは、次の章で明らかになる。
* * *
夜空を見上げながら、ルーカスは考えていた。
前世では、戦闘用ロボットだった。
感情もなく、ただ戦うだけの存在だった。
しかし、今は違う。
人間として、生きている。
感情を持ち、人を愛し、仲間を大切にしている。
「僕は、人間になれた……」
小さく呟いた。
まだ、完全ではない。
教会に認められていない。
戦いは、続いている。
しかし、心は人間だ。
それだけは、確かだった。
「セラ、ありがとう」
「殿下……」
「みんな、ありがとう」
星空の下、ルーカスは感謝の言葉を呟いた。
第四部、完。
次章、最終章「選択と決断」へ続く。




