第76話:束の間の平和、学院での日常
大司教との会談から、しばらく経った。
暗殺者は、来なくなった。
大司教が、約束を守ってくれたようだ。
ルーカスは、久しぶりに平和な日々を送っていた。
学院での授業、図書館での勉強、友人との会話。
普通の学院生活。
それが、とても嬉しかった。
* * *
「殿下、最近は平和ですね」
セラが、昼食を食べながら言った。
「はい。暗殺者も来ないし、教会派も静かです」
「大司教猊下との会談が、効いたのでしょうか」
「そうだと思います」
「良かったですね」
セラが、微笑んだ。
「でも、油断はできません」
「分かっています」
「教会の中には、殿下を敵視する者もいます」
「はい。でも、今は平和を楽しみましょう」
「……そうですね」
二人は、顔を見合わせて微笑んだ。
* * *
午後の授業は、魔法学だった。
マーガレット先生が、教壇に立っていた。
「今日は、応用魔法について学びます」
先生が、黒板に図を描いた。
「応用魔法とは、基礎魔法を組み合わせて、より複雑な効果を生み出すものです」
「例えば、火と風を組み合わせると……」
先生が、杖を振った。
火の玉が、螺旋を描いて飛んでいった。
「このように、炎の旋風を生み出せます」
「おお……」
生徒たちが、感嘆の声を上げた。
* * *
授業の後、ルーカスはセラと一緒に図書館に向かった。
「殿下、今日の授業、興味深かったですね」
「はい。応用魔法は、奥が深いです」
「殿下も、練習されるのですか」
「少しは。でも、僕の魔力は、あまり大きくないですから」
「殿下には、別の強みがありますよ」
「別の強み……」
「はい。感知能力と、戦闘能力です」
「……」
ルーカスは、少し複雑な表情をした。
「どうされましたか」
「いえ……戦闘能力は、あまり使いたくないなと思って」
「殿下……」
「戦うことは、嫌いではありません。でも、できれば平和に暮らしたいです」
「……分かります」
セラが、頷いた。
「殿下は、優しい方ですね」
「優しい……かどうかは分かりません」
「私は、そう思います」
セラが、微笑んだ。
* * *
図書館で勉強していると、エリアスがやってきた。
「ルーカス、ヴェルディ殿、ここにいたか」
「エリアス殿、どうしましたか」
「特に用事はない。ただ、一緒に勉強しようと思って」
「もちろん、歓迎します」
エリアスが、席に座った。
三人で、勉強を始めた。
「エリアス殿、この問題、分かりますか」
「どれ……ああ、これは……」
エリアスが、問題を解説し始めた。
ルーカスは、その光景を見て、感慨深く思った。
かつての敵が、今は友人として一緒に勉強している。
人は、変われるのだ。
* * *
「ルーカス、最近は平和だな」
エリアスが、勉強の合間に言った。
「はい。大司教猊下との会談後、暗殺者は来なくなりました」
「そうか……」
「エリアス殿のおかげでもあります」
「俺の……」
「教会派の中から、理解者が現れたことは、大きかったです」
「……」
エリアスが、少し照れたような顔をした。
「俺は、大したことはしていない」
「いいえ。自分で考えて、行動を変えることは、勇気がいることです」
「ルーカス……」
「僕は、エリアス殿を尊敬しています」
ルーカスの言葉に、エリアスは目を伏せた。
「……ありがとう」
「こちらこそ」
二人は、微笑み合った。
* * *
夕方、ルーカスとセラは寮に戻った。
「殿下、今日は良い日でしたね」
「はい。平和な一日でした」
「こんな日が、続くといいですね」
「そうですね」
二人は、手を繋いで歩いた。
「殿下、明日は何をしますか」
「特に予定はありません。セラは」
「私も、特には……」
「では、一緒に過ごしましょうか」
「はい。喜んで」
セラが、嬉しそうに微笑んだ。
* * *
その夜、ルーカスは自分の部屋で、考えていた。
平和な日々。
それは、とても貴重なものだった。
前世では、戦いの連続だった。
休む暇もなく、戦い続けていた。
しかし、今は違う。
平和な日々を、送ることができる。
「人間として、生きている……」
小さく呟いた。
友人と勉強する。
大切な人と過ごす。
普通の日常を、楽しむ。
それが、どれほど幸せなことか。
今、実感していた。
* * *
ドアをノックする音がした。
開けると、セラが立っていた。
「殿下、少しお時間をいただけますか」
「もちろんです。入ってください」
セラが、部屋に入ってきた。
「どうしましたか」
「特に用事はないのですが……殿下と一緒にいたくて」
「……」
ルーカスは、微笑んだ。
「僕も、セラと一緒にいたいです」
「殿下……」
「一緒に、お茶でも飲みましょうか」
「はい」
二人は、テーブルに座った。
ルーカスが、お茶を淹れた。
温かい香りが、部屋に広がった。
「殿下、お茶を淹れるの、上手になりましたね」
「セラに教えてもらいましたから」
「ふふ、私は、教えただけです」
「教えてくれる人がいなければ、できませんでしたよ」
「殿下……」
セラが、照れたように微笑んだ。
* * *
「殿下、将来のことを考えることがありますか」
セラが、お茶を飲みながら聞いた。
「将来……」
「はい。殿下は、どんな未来を思い描いていますか」
「……」
ルーカスは、少し考えた。
「穏やかな未来を、思い描いています」
「穏やかな……」
「はい。争いのない、平和な暮らし」
「……」
「セラと一緒に、静かに暮らしたいです」
「殿下……」
セラの目に、涙が浮かんだ。
「私も、殿下と一緒に暮らしたいです」
「では、叶えましょう」
「はい……」
「僕たちの、未来を」
二人は、手を重ねた。
平和な日々。
それは、未来への希望だった。
今の幸せを、大切にする。
そして、未来の幸せを、掴み取る。
その決意を胸に、二人は夜を過ごした。
* * *
翌日も、平和な一日だった。
その次の日も。
そのまた次の日も。
ルーカスは、この平和が永遠に続けばいいと思った。
しかし、心のどこかで分かっていた。
嵐の前の静けさかもしれない、と。
教会派は、まだ諦めていない。
大司教は暗殺を止めたが、教会全体ではない。
いつか、また争いが始まるかもしれない。
しかし、今は平和を楽しもう。
大切な人との時間を、大切にしよう。
ルーカスは、そう決めた。
そして、セラの手を握った。
この温かさを、忘れないために。




