第75話:ルーカスの決断、教会との直接対話
度重なる暗殺未遂。
ルーカスは、このままでは埒が明かないと考えていた。
「このまま、受け身でいてもダメだ……」
小さく呟いた。
刺客が来るたびに、防ぐ。
それを繰り返しても、状況は変わらない。
何か、別のアプローチが必要だった。
* * *
「殿下、何を考えていらっしゃいますか」
セラが、声をかけてきた。
「セラ、僕は教会と直接話したいと思っています」
「直接……」
「はい。大司教に、会いたいのです」
「殿下、それは危険です」
セラの顔が、険しくなった。
「教会は、殿下を排除しようとしています。直接会えば、何をされるか分かりません」
「分かっています。でも、このままでは何も変わりません」
「……」
「僕は、自分の言葉で、教会と話したいのです」
ルーカスの目は、真剣だった。
* * *
セラは、しばらく黙っていた。
そして、ため息をついた。
「殿下が決めたなら、私は従います」
「セラ……」
「でも、一人では行かせません。私も、一緒に行きます」
「もちろんです。セラがいなければ、不安です」
「……」
セラが、微笑んだ。
「殿下は、本当に無茶をしますね」
「すみません」
「でも、それが殿下らしいです」
「……」
「私は、そんな殿下を、支えたいと思います」
「ありがとう、セラ」
二人は、顔を見合わせて頷いた。
* * *
ルーカスは、アルベルトに手紙を書いた。
『兄上へ
僕は、大司教と直接会いたいと考えています。
このまま受け身でいても、状況は変わりません。
自分の言葉で、教会と話したいのです。
危険は承知しています。
しかし、やってみる価値はあると思います。
ご意見をお聞かせください。
ルーカスより』
返事は、すぐに届いた。
『ルーカスへ
お前の決断を、尊重する。
しかし、一つ条件がある。
大司教との会談は、王宮で行うこと。
教会の領域に行くのは、危険すぎる。
王宮なら、我々が守れる。
大司教には、私から連絡を取る。
会談の日程が決まったら、知らせる。
アルベルトより』
ルーカスは、兄の配慮に感謝した。
王宮での会談なら、安全だ。
* * *
数日後、会談の日程が決まった。
大司教が、王宮での会談に応じたのだ。
「殿下、準備はよろしいですか」
セラが、声をかけてきた。
「はい。少し緊張していますが」
「大丈夫です。私が傍にいます」
「ありがとう、セラ」
二人は、王宮に向かった。
* * *
会談の間には、すでに大司教が待っていた。
白い法衣を着た、老人だった。
厳格な顔つき。
しかし、どこか冷たさも感じられた。
「殿下、お会いできて光栄です」
大司教が、穏やかに言った。
しかし、その目は鋭かった。
「大司教猊下、お会いできて光栄です」
ルーカスも、礼儀正しく応じた。
「どうぞ、お座りください」
二人は、向かい合って座った。
セラは、ルーカスの後ろに控えていた。
* * *
「殿下、今日はどのようなご用件でしょうか」
「単刀直入に申します」
「はい」
「なぜ、僕を排除しようとするのですか」
「……」
大司教の表情が、少し変わった。
「排除とは、心外ですな」
「教会派は、禁忌排除法を提出しました。暗殺者も送ってきました」
「それは、証拠がありませんな」
「証拠がなくても、分かっています」
ルーカスの目は、真剣だった。
「僕は、なぜ『禁忌』とされているのですか」
「……」
「僕は、何も悪いことをしていません。ただ、この体で生まれただけです」
「その体が、問題なのです」
大司教が、ゆっくりと言った。
* * *
「殿下の体は、神の摂理に反しています」
「神の摂理……」
「はい。人間は、神に与えられた体で生きるべきです。しかし、殿下の体は……」
「改変されている、と」
「はい。それは、神への冒涜です」
大司教の言葉は、冷たかった。
「しかし、僕は自分でそうしたわけではありません」
「分かっています」
「では、なぜ……」
「結果が同じだからです」
「……」
「殿下が意図したかどうかは、関係ありません。禁忌は、禁忌なのです」
大司教の論理は、冷酷だった。
* * *
ルーカスは、深呼吸をした。
感情的になってはいけない。
冷静に、話を進める。
「大司教猊下、一つ聞いてもいいですか」
「何でしょう」
「僕が、人々を傷つけましたか」
「いいえ」
「僕が、悪事を働きましたか」
「いいえ」
「では、僕を排除する理由は、何ですか」
「……」
「僕は、ただ生きているだけです。それが、罪なのですか」
ルーカスの声は、静かだが、強かった。
大司教は、黙っていた。
* * *
「殿下、教会には教会の立場があります」
大司教が、ゆっくりと言った。
「立場……」
「禁忌を認めれば、秩序が乱れます」
「本当にそうでしょうか」
「……」
「僕は、普通に生きています。学院で学び、友人を作り、大切な人を守っています」
「……」
「それのどこが、秩序を乱すのですか」
「殿下……」
「僕は、人間として生きたいだけです。それを、認めてもらえませんか」
ルーカスの言葉は、切実だった。
大司教は、しばらく黙っていた。
そして、ため息をついた。
* * *
「殿下、私にも立場があります」
「分かっています」
「教会の中にも、様々な意見があります」
「……」
「殿下を排除すべきだという声は、根強い」
「それでも、僕は対話を求めます」
「……」
「暴力では、何も解決しません。対話でしか、分かり合えないと思います」
ルーカスの言葉に、大司教は目を細めた。
「殿下は、賢い方ですな」
「……」
「そして、勇気がある」
「勇気……」
「私に会いに来るなど、普通はできません」
「僕は、逃げたくなかったのです」
「……」
大司教が、少し微笑んだ。
「分かりました、殿下」
「……」
「私が約束できることは、限られています。しかし、一つだけ」
「何でしょうか」
「これ以上の暗殺は、止めさせましょう」
「本当ですか」
「少なくとも、教会の公式な命令としては、出しません」
「ありがとうございます」
ルーカスは、深く頭を下げた。
* * *
「ただし、殿下」
「はい」
「これは、私個人の判断です。教会全体の意見ではありません」
「分かっています」
「教会の中には、殿下を敵視する者もいます。彼らが、勝手に動く可能性はあります」
「それでも、構いません」
「……」
「大司教猊下が、暗殺を止めてくださるだけで、十分です」
「殿下……」
大司教は、ルーカスをじっと見つめた。
「殿下は、本当に不思議な方ですな」
「不思議……」
「禁忌でありながら、こうして対話を求める。普通なら、恐れて逃げるか、敵対するかです」
「僕は、人間として生きたいのです」
「……」
「敵を作るのではなく、理解を求めたいのです」
「……分かりました」
大司教が、立ち上がった。
「今日は、良い対話でした。殿下と話せて、良かったです」
「ありがとうございます」
「また、機会があれば、お話ししましょう」
「はい」
二人は、握手を交わした。
* * *
会談が終わった後、ルーカスとセラは廊下を歩いていた。
「殿下、お疲れ様でした」
「ありがとう、セラ」
「うまくいきましたね」
「完全ではありませんが、少しは進歩があったと思います」
「はい。暗殺を止めてくださると……」
「約束してくれました。でも、油断はできません」
「分かっています」
セラが、頷いた。
「でも、殿下、すごかったです」
「そうですか」
「はい。大司教猊下と、堂々と渡り合っていました」
「緊張していましたよ」
「でも、それを見せませんでした」
「……」
「私は、殿下を誇りに思います」
セラの言葉に、ルーカスの胸が温かくなった。
「ありがとう、セラ。セラがいてくれたから、頑張れました」
「私は、傍にいただけです」
「傍にいてくれることが、大切なのです」
二人は、微笑み合った。
対話は、始まったばかり。
しかし、一歩前進した。
これからも、対話を続ける。
人間として認められるために。
ルーカスは、そう決意しながら、王宮を後にした。




