第71話:エリアスの変化、かつての敵との和解
議会での攻防から、数週間が経った。
学院は、平穏な日々を取り戻していた。
少なくとも、表面上は。
ある日の昼休み、ルーカスは図書館にいた。
セラと一緒に、勉強をしていた。
「殿下、この問題が分かりません」
「どれですか。ああ、これは……」
ルーカスが、問題を解説し始めた。
そのとき、誰かが近づいてきた。
見上げると、エリアスが立っていた。
「……」
ルーカスとセラは、身構えた。
エリアスは、教会派の一員だ。
何を仕掛けてくるか分からない。
* * *
「話がある」
エリアスが、静かに言った。
その声には、以前のような敵意がなかった。
「……何の話ですか」
「二人だけで、話したい」
「断ります。セラを外すつもりはありません」
「……分かった。なら、三人で話そう」
エリアスが、向かいの席に座った。
ルーカスは、警戒しながらも、話を聞くことにした。
「何の話ですか」
「謝りたい」
「……え?」
「俺は、お前に酷いことをした。謝りたい」
エリアスの言葉に、ルーカスは驚いた。
* * *
「どういうことですか」
「そのままの意味だ。俺は、お前を『禁忌』と呼び、排除しようとした」
「……」
「しかし、考えが変わった」
「変わった……?」
「ああ。お前と戦って、お前を見て、考えが変わった」
エリアスの顔は、真剣だった。
「お前は、俺が思っていたような存在ではなかった」
「どういう意味ですか」
「『禁忌』は、危険な存在だと教えられてきた。人間ではない、邪悪な存在だと」
「……」
「しかし、お前は違った。お前は、普通の人間と変わらなかった」
「……」
「いや、普通の人間よりも、優しかった」
エリアスが、苦しそうな顔をした。
「俺は、間違っていた」
「エリアス殿……」
「だから、謝りたい。許してくれとは言わない。ただ、謝りたかった」
エリアスが、頭を下げた。
* * *
ルーカスは、言葉を失っていた。
エリアスが、謝罪してきた。
これは、予想していなかった展開だった。
「エリアス殿、顔を上げてください」
「……」
「あなたの気持ちは、分かりました」
エリアスが、ゆっくりと顔を上げた。
「僕は、あなたを恨んでいません」
「……本当か」
「はい。あなたは、教えられた通りに行動しただけです」
「しかし、俺は……」
「確かに、辛いこともありました。でも、あなただけが悪いわけではありません」
ルーカスの言葉に、エリアスの目が潤んだ。
「お前は……本当に優しいな」
「優しいかどうかは分かりません。ただ、恨んでも何も変わらないと思うだけです」
「……」
「それに、僕も完璧ではありません。間違いを認められるあなたは、立派だと思います」
ルーカスが、微笑んだ。
* * *
セラは、黙って二人のやり取りを見ていた。
エリアスの変化に、驚いていた。
「エリアス殿、一つ聞いてもいいですか」
セラが、声をかけた。
「何だ」
「なぜ、考えが変わったのですか」
「……」
エリアスが、少し考えてから答えた。
「夏休みに、実家に帰った」
「はい」
「父から、『禁忌排除法』の話を聞いた」
「……」
「その内容を聞いて、違和感を感じた」
「違和感……」
「『禁忌』を排除するための法律。しかし、その対象は、ルーカス一人だ」
「……」
「つまり、ルーカスを排除するためだけの法律だった」
エリアスの声が、苦しそうになった。
「それは、正義ではない。ただの、排除だ」
「……」
「俺は、教会の教えを信じてきた。しかし、これは違うと思った」
「エリアス殿……」
「お前を『禁忌』として排除することが、本当に正しいのか。分からなくなった」
エリアスが、頭を抱えた。
* * *
「俺は、混乱している」
エリアスが、正直に言った。
「教会の教えは、俺の全てだった。しかし、今は……」
「……」
「お前と向き合って、考えが揺らいでいる」
「それは、悪いことではないと思います」
ルーカスが、静かに言った。
「疑問を持つことは、大切です」
「大切……」
「はい。盲目的に信じるのではなく、自分で考えることが」
「……」
「エリアス殿、あなたは今、自分で考えようとしています。それは、素晴らしいことです」
ルーカスの言葉に、エリアスは少し救われたような顔をした。
「ルーカス……」
「僕は、あなたの敵ではありません」
「……」
「もし、よければ、これから友人として付き合いませんか」
「友人……」
「はい。過去は、水に流しましょう」
ルーカスが、手を差し出した。
* * *
エリアスは、差し出された手を見つめていた。
迷いが、顔に現れていた。
「俺は……お前に酷いことをした」
「知っています」
「許してくれるのか」
「許す、というよりも、受け入れます」
「……」
「人は、変われます。あなたは、今、変わろうとしています」
「……」
「僕は、その変化を信じたい」
ルーカスの目は、真剣だった。
エリアスは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと手を伸ばした。
二人の手が、握り合った。
「ありがとう、ルーカス」
「いいえ。これから、よろしくお願いします」
二人は、初めて友人として握手を交わした。
* * *
セラは、その光景を見て、胸が熱くなった。
「殿下……」
「セラも、エリアス殿と仲良くしてあげてください」
「……はい」
セラも、エリアスに手を差し出した。
「ヴェルディ殿……」
「私も、過去のことは水に流します。これから、よろしくお願いします」
「……ありがとう」
エリアスが、セラの手を握った。
三人は、新しい関係を築き始めた。
かつての敵が、味方になる。
それは、ルーカスにとって、大きな一歩だった。
* * *
その日の夜、ルーカスはセラと話していた。
「殿下、今日のこと、驚きました」
「僕もです」
「エリアス殿が、謝罪してくるなんて……」
「人は、変われるのですね」
「はい……」
セラが、考え込んでいた。
「どうしましたか」
「いえ……殿下は、本当に優しいなと思って」
「優しい……」
「はい。私なら、簡単に許せないと思います」
「……」
「でも、殿下は許しました。それが、殿下らしいなと思います」
「許したというよりは、前を向きたかったのです」
「前を……」
「過去に縛られていても、何も変わりません。だったら、前を向いた方がいい」
ルーカスが、窓の外を見た。
「僕は、人間として生きたいのです。そのためには、敵を減らして、味方を増やす必要があります」
「なるほど……」
「エリアス殿が味方になってくれれば、教会派の情報も入るかもしれません」
「戦略的な考えも、あったのですね」
「少しだけ」
ルーカスが、微笑んだ。
「でも、それだけじゃないです。純粋に、彼と友人になりたいと思いました」
「殿下……」
「彼は、悪い人ではないと思います。ただ、教えられたことを信じていただけです」
「……」
「自分で考えて、変わろうとしている。それは、尊敬できることです」
ルーカスの言葉に、セラは頷いた。
「殿下は、人を見る目がありますね」
「そうですか」
「はい。私は、殿下を尊敬します」
「ありがとう、セラ」
二人は、微笑み合った。
* * *
翌日から、エリアスは少しずつ変わり始めた。
ルーカスたちと、一緒に昼食を取るようになった。
最初は、ぎこちなかった。
しかし、徐々に打ち解けていった。
「ルーカス、今日の授業、分かったか」
「はい。エリアス殿は」
「……あまり」
「良ければ、一緒に勉強しませんか」
「いいのか」
「もちろんです」
三人で、図書館で勉強するようになった。
周囲は、その変化に驚いていた。
かつて対立していた二人が、一緒にいる。
しかし、誰も否定的なことは言わなかった。
「殿下とブレンナー殿、和解したのですね」
「良いことだと思います」
好意的な声が、多かった。
* * *
エリアスの変化は、教会派にとっては問題だった。
「エリアス、どういうつもりだ」
教会派の生徒が、声をかけてきた。
「何のことだ」
「禁忌と仲良くしているだろう」
「……」
「お前は、教会派だ。禁忌の味方をするな」
「俺は、自分で考えて行動している」
「何だと」
「ルーカスは、禁忌ではない。少なくとも、俺はそう思う」
エリアスの言葉に、教会派の生徒は顔を歪めた。
「お前、裏切るのか」
「裏切りではない。正しいと思うことをしているだけだ」
「……」
「お前たちも、自分で考えてみろ。ルーカスが、本当に排除すべき存在か」
エリアスは、そう言って立ち去った。
教会派の生徒は、黙って見送るしかなかった。
* * *
エリアスの変化は、ルーカスにとって大きな意味があった。
教会派の中から、理解者が現れた。
それは、希望の光だった。
「殿下、エリアス殿のこと、どう思いますか」
「勇気がある人だと思います」
「勇気……」
「自分の信念を曲げて、新しい道を選ぶ。それは、簡単なことではありません」
「……確かに」
「僕は、彼を応援したいです」
「私も、です」
セラが、頷いた。
かつての敵が、味方になった。
それは、ルーカスの世界を、少し明るくしてくれた。
戦いは、まだ続く。
しかし、希望もある。
ルーカスは、そう信じながら、前に進んだ。




