第63話:第一王子アルベルトとの対話
園遊会から数日後。
ルーカスは、アルベルトの私室に呼ばれた。
「兄上、お呼びですか」
「ああ、入ってくれ」
アルベルトの部屋は、落ち着いた雰囲気だった。
本棚には、政治や歴史の本が並んでいた。
机の上には、書類が山積みになっていた。
「忙しそうですね」
「王太子の仕事は、終わりがないのだ」
アルベルトは、苦笑しながらルーカスを椅子に招いた。
* * *
「ルーカス、園遊会はどうだった」
「色々な人に会いました。クレイトン侯爵にも」
「クレイトン侯爵か。どんな印象だった」
「穏やかな方でした。王家への忠誠が、深いようです」
「そうだな。彼は、信頼できる人物だ」
アルベルトが、頷いた。
「他には誰と話した」
「ヴァレンシア公爵夫人と、少しだけ」
「母上の実家だな。夫人はどうだった」
「お母上のことを、とても心配されていました」
「そうか……」
アルベルトの表情が、少し暗くなった。
母である王妃は、病気で臥せっていた。
長年の持病で、最近は特に調子が悪いらしい。
「兄上、お母上のことは……」
「医師たちが、全力を尽くしている。我々にできることは、祈ることだけだ」
「……」
ルーカスは、黙って頷いた。
* * *
「ルーカス、今日呼んだのは、別の話がある」
「何でしょうか」
「お前の将来について、だ」
「僕の将来……」
アルベルトが、真剣な表情になった。
「お前は、第三王子だ。王位継承権は低い。しかし、それは逆に言えば、自由度が高いということでもある」
「自由度……」
「私は、王太子として、多くの制約の中で生きている。しかし、お前は違う。お前には、自分の道を選ぶ余地がある」
「自分の道……」
「お前は、何になりたいのだ」
その質問に、ルーカスは少し考えた。
「僕は、人間として生きたいです」
「人間として……」
「はい。普通に、誰かを愛し、誰かに愛され、幸せに生きたいです」
「……」
アルベルトは、じっとルーカスを見つめた。
「それは、素晴らしい願いだ」
「兄上……」
「しかし、お前は王族だ。完全に『普通』になることは、難しいかもしれない」
「分かっています」
「それでも、その願いを叶えようとするのか」
「はい」
ルーカスの目は、真剣だった。
アルベルトは、少し微笑んだ。
「お前は、本当にまっすぐだな」
「そうですか……」
「それが、お前の強みだ。大切にしろ」
「はい」
* * *
「ルーカス、私からお前に、一つ約束をしよう」
「約束……」
「私が王になったとき、お前を守る」
「兄上……」
「教会がどう言おうと、お前は私の弟だ。お前を排除させるつもりはない」
「……」
ルーカスの目に、涙が浮かんだ。
「ありがとうございます、兄上」
「礼を言うのは早い。まだ、私は王ではない」
「でも、そう言ってくれたことが、嬉しいです」
「……」
アルベルトが、ルーカスの肩を叩いた。
「お前は、良い弟だ。私は、お前を誇りに思っている」
「兄上……」
「これからも、自分を信じて進め。困ったときは、私を頼れ」
「はい」
二人は、固く握手を交わした。
* * *
アルベルトの部屋を出た後、ルーカスは廊下を歩いていた。
兄との対話で、心が軽くなっていた。
家族が、味方でいてくれる。
それは、何より心強いことだった。
「殿下」
声をかけられて、振り返った。
ヴィクトルが、立っていた。
「ヴィクトル兄上」
「アルベルトと話していたのか」
「はい」
「どんな話を」
「僕の将来について、です」
「ふん」
ヴィクトルが、少し笑った。
「アルベルトは、真面目だな」
「兄上のことを、頼りにしています」
「俺も、お前を守るつもりだ」
「え……」
「アルベルトだけに任せておくのは、癪だからな」
ヴィクトルが、にやりと笑った。
口は悪いが、彼なりの愛情表現だろう。
「ありがとうございます、兄上」
「礼はいらん。お前は、俺の弟だ。それだけだ」
「……はい」
ルーカスは、二人の兄に恵まれたことを、改めて感謝した。
* * *
その夜、ルーカスはセラに手紙を書いた。
『セラへ
今日は、アルベルト兄上と長い話をしました。
兄上は、僕を守ると約束してくれました。
ヴィクトル兄上も、同じことを言ってくれました。
家族が味方でいてくれることが、とても嬉しいです。
セラも、僕の大切な家族のような存在です。
早く会いたいです。
夏休みが終わるのが、待ち遠しいです。
ルーカスより』
手紙を封じながら、ルーカスは窓の外を見た。
夜空には、星が輝いていた。
同じ空の下で、セラも星を見ているだろうか。
そう思うと、少し心が温かくなった。
「セラ……」
彼女の名前を呟いた。
会えない時間が、長く感じられた。
でも、あと少し。
夏休みが終われば、また一緒にいられる。
その日を楽しみに、ルーカスは眠りについた。
* * *
翌日、父王から呼び出しがあった。
「ルーカス、来てくれ」
「はい、父上」
謁見の間ではなく、父王の私室だった。
珍しいことだ。
「座りなさい」
父王の表情は、穏やかだった。
「アルベルトから聞いた。お前と話をしたそうだな」
「はい」
「お前の将来について、話したそうだな」
「はい」
「私も、お前の将来について、考えている」
「父上……」
父王が、じっとルーカスを見つめた。
「お前は、何になりたい」
「人間として、幸せに生きたいです」
「具体的には」
「セラと一緒に、穏やかに暮らしたいです」
「セラフィーナ・ヴェルディか」
「はい」
父王が、少し微笑んだ。
「お前は、彼女を愛しているのだな」
「はい。愛しています」
「彼女も、お前を愛しているのか」
「はい。そう言ってくれています」
「そうか」
父王は、しばらく黙っていた。
そして、口を開いた。
「ルーカス、いつか、彼女との婚約を認めよう」
「え……」
「お前が望むなら、正式に婚約を許可する」
「父上……」
ルーカスは、言葉を失った。
予想外の言葉だった。
「今すぐではない。お前たちがもう少し成長してからだ。しかし、覚えておけ。私は、お前の幸せを願っている」
「ありがとうございます、父上……」
ルーカスの目から、涙がこぼれた。
父王は、優しく微笑んでいた。




