第62話:派閥の紹介(王家派・貴族派・教会派)
モンテス公爵との面会から数日後。
ルーカスは、宮廷の政治について、より深く学んでいた。
アルベルト兄が、教師役を買って出てくれたのだ。
「ルーカス、今日は派閥について、詳しく教えよう」
「お願いします、兄上」
二人は、アルベルトの書斎で向かい合っていた。
机の上には、王国の政治構造を示す図が広げられていた。
* * *
「まず、王家派について説明しよう」
アルベルトが、図を指さした。
「王家派は、その名の通り、王家を支持する派閥だ。中心となっているのは、王家に近い貴族や、王家から恩恵を受けている家々だ」
「王家に近い貴族……」
「例えば、王妃の実家であるヴァレンシア公爵家。そして、代々王家に仕えてきたクレイトン侯爵家などが、主要メンバーだ」
「なるほど」
「王家派の目的は、王家の権力を維持し、強化することだ。当然、我々王族は、この派閥と協力関係にある」
アルベルトの説明は、分かりやすかった。
「ただし、王家派にも問題がある」
「問題……」
「彼らは、王家の利益を第一に考える。しかし、それが必ずしも国民の利益と一致するわけではない」
「……」
「政治とは、複雑なものだ。単純に味方と敵に分けられるものではない」
アルベルトの言葉には、経験に基づく重みがあった。
* * *
「次に、貴族派だ」
アルベルトが、図の別の部分を指さした。
「貴族派は、有力貴族たちを中心とした派閥だ。彼らは、貴族の権利と利益を守ることを目的としている」
「貴族の権利……」
「はい。王家の権力が強くなりすぎると、貴族の立場が弱くなる。それを防ぐために、彼らは結束している」
「モンテス公爵も、貴族派ですか」
「そうだ。モンテス公爵は、貴族派の有力者の一人だ」
「では、なぜ僕の味方になると……」
「それは、彼なりの計算があるのだろう」
アルベルトが、少し微笑んだ。
「貴族派は、教会派と対立している。教会の影響力が強くなることを、警戒しているのだ」
「教会と……」
「お前は、教会に敵視されている。つまり、お前を支持することは、教会派に対抗することになる」
「なるほど……」
「モンテス公爵は、お前を利用しようとしているのかもしれない。しかし、それでも味方がいないよりはましだ」
アルベルトの言葉は、冷静だった。
政治の世界では、純粋な善意だけでは動かない。
それを、ルーカスは理解し始めていた。
* * *
「最後に、教会派だ」
アルベルトの表情が、少し厳しくなった。
「教会派は、教会の影響力拡大を目指す派閥だ。教会に近い貴族や、教会から恩恵を受けている者たちで構成されている」
「教会の影響力……」
「はい。教会は、宗教的な権威を持っている。その権威を利用して、政治にも影響を与えようとしている」
「……」
「教会派の中心人物は、ブレンナー伯爵だ」
「ブレンナー……」
その名前に、ルーカスは反応した。
エリアス・ブレンナー。
学院で自分を監視している、異端審問官だ。
「エリアス・ブレンナーは、ブレンナー伯爵の息子だ」
「息子……」
「はい。彼は、教会と家族の両方から、お前を監視するよう命じられている」
「……」
「教会派にとって、お前は目障りな存在だ。『禁忌』を排除することは、彼らの大義名分になる」
アルベルトの言葉は、重かった。
「ルーカス、教会派には気をつけろ。彼らは、手段を選ばない」
「分かりました」
ルーカスは、真剣に頷いた。
* * *
「兄上、一つ聞いてもいいですか」
「何だ」
「僕は、どの派閥に属するべきでしょうか」
アルベルトは、少し考えた。
「お前は、王族だ。基本的には、王家派に属することになる」
「でも、それだけでは……」
「そうだな。お前の立場は、複雑だ」
「……」
「私の考えでは、お前は特定の派閥に深入りしない方がいい」
「深入りしない……」
「はい。王家派として振る舞いながら、貴族派とも友好関係を保つ。そして、教会派とは距離を置く」
「バランスを取る、ということですか」
「そうだ。政治とは、バランスの芸術だ」
アルベルトが、微笑んだ。
「お前は、まだ若い。今すぐ政治の中心に立つ必要はない。まずは、学び、観察し、人脈を作れ」
「分かりました」
「そして、いざというときに、味方が助けてくれるような関係を築くのだ」
「はい」
ルーカスは、兄の言葉を心に刻んだ。
* * *
その夜、ルーカスはセラからの手紙を受け取った。
『ルーカスへ
お手紙、ありがとうございます。
王宮での生活、大変そうですね。
政治のことは、難しいですが、殿下なら大丈夫です。
私は、ヴェルディ領で元気にしています。
領地の人たちと、剣の稽古をしたりしています。
殿下のことを、毎日想っています。
早く会いたいです。
くれぐれも、気をつけてください。
セラより』
手紙を読んで、ルーカスの顔がほころんだ。
セラも、元気にしているようだ。
それが、何より嬉しかった。
「セラ、僕も会いたいよ……」
小さく呟いた。
* * *
翌日、ルーカスは王宮の社交場に出席することになった。
夏の恒例行事である、王宮の園遊会だ。
「殿下、お気をつけて」
侍従が、注意を促した。
「園遊会には、各派閥の有力者が集まります。発言には、十分ご注意ください」
「分かりました」
ルーカスは、正装して園遊会に向かった。
王宮の庭園は、華やかに飾り付けられていた。
貴族たちが、あちこちで談笑していた。
音楽が、静かに流れていた。
「ルーカス殿下、お久しぶりです」
声をかけられて、振り返った。
若い貴族の男性だった。
「私は、クレイトン侯爵家のエドワードです。殿下のことは、兄から聞いています」
「クレイトン侯爵家……王家派の」
「はい。我が家は、代々王家に仕えております」
エドワードは、にこやかに微笑んだ。
友好的な態度だった。
「殿下、よろしければ、私の父をご紹介しましょうか」
「クレイトン侯爵を……」
「はい。父も、殿下にお会いしたいと申しておりました」
「分かりました。お願いします」
ルーカスは、エドワードに案内されて、クレイトン侯爵の元に向かった。
派閥の有力者との面会。
政治の世界に、一歩足を踏み入れた。
これが、宮廷での戦いの始まりだった。




