第57話:セラとの関係が周囲に知れ渡る
エリアスの監視が始まって、一週間が経った。
ルーカスは、慎重に生活を続けていた。
力を使わず、普通の学院生として過ごす。
それだけを、心がけていた。
しかし、別の問題が浮上してきた。
「殿下、聞きましたか」
レオナルドが、声をかけてきた。
「何をですか」
「殿下とヴェルディ殿のこと、噂になっていますよ」
「噂……」
「はい。二人が恋人同士だと」
ルーカスは、少し驚いた。
噂が、広まっているのか。
* * *
「恋人同士……」
「はい。外交実習で、二人がいつも一緒にいたことが、話題になっているようです」
「それは、事実ですが……」
「事実なのですか」
「いえ、一緒にいたことは事実です。恋人かどうかは……分かりません」
「分からない……?」
レオナルドが、首を傾げた。
「殿下は、ヴェルディ殿のことが好きなのですか」
「好きです」
「では、恋人では」
「恋人が何なのか、まだよく分かりません」
「……」
レオナルドは、少し呆れたような顔をした。
「殿下は、本当に天然ですね」
「天然……」
「まあ、いいでしょう。でも、噂は広まっています。気をつけてください」
「気をつける……何をですか」
「周囲の目です。王子と騎士科の女子生徒の恋愛は、注目されます」
「なるほど……」
ルーカスは、少し考え込んだ。
* * *
昼食の時間、食堂でセラと一緒にいると、周囲の視線を感じた。
「殿下、見られていますね」
「はい。分かります」
「噂のせいでしょうか」
「多分、そうです」
二人は、少し気まずそうに食事をした。
「殿下、私たちの関係は……」
「セラは、僕の大切な人です。それは、変わりません」
「殿下……」
「周囲がどう思おうと、関係ありません」
「でも、殿下のお立場が……」
「立場……」
「殿下は、王子です。私は、ただの騎士科の生徒です」
「それが、何か問題ですか」
「身分が違います……」
セラの声は、少し沈んでいた。
ルーカスは、彼女の手を取った。
「セラ、身分なんて関係ありません」
「殿下……」
「僕は、セラのことが好きです。それだけが、大切です」
「……」
セラの目に、涙が浮かんだ。
周囲の視線が、さらに強くなった。
* * *
午後の授業が終わった後、ルーカスは一人で廊下を歩いていた。
すると、何人かの女子生徒が、道を塞いできた。
「殿下、少しお話があります」
「何でしょうか」
「殿下とヴェルディさんのこと、本当ですか」
「本当……とは」
「お付き合いされているのですか」
女子生徒たちの目は、好奇心に満ちていた。
しかし、どこか敵意のようなものも感じた。
「答える必要がありますか」
「私たちは、殿下のことを……」
「すみません。急いでいますので」
ルーカスは、女子生徒たちを避けて、立ち去った。
背後から、不満そうな声が聞こえた。
* * *
その夜、セラがルーカスの部屋を訪ねてきた。
「殿下、お話があります」
「何ですか」
「私のこと、迷惑になっていませんか」
「迷惑……?」
「私といることで、殿下が色々と言われているようです」
「言われている……」
「『身分違いだ』とか、『ヴェルディ家は没落貴族だ』とか」
「そんなこと……」
「本当のことです」
セラの顔は、悲しそうだった。
「殿下、私は……殿下の足手まといになりたくないのです」
「足手まとい……」
「私と一緒にいることで、殿下の評判が下がるなら、私は……」
「セラ」
ルーカスが、セラの言葉を遮った。
「僕は、セラと一緒にいたいです」
「殿下……」
「周囲が何と言おうと、関係ありません。僕は、セラのことが好きです」
「でも……」
「セラは、僕の一番大切な人です。それを、変えるつもりはありません」
ルーカスの目は、真剣だった。
セラは、その目を見つめた。
「殿下、私も……殿下のことが好きです」
「セラ……」
「でも、殿下のためを思うと、離れた方がいいのではないかと……」
「離れない」
「え……」
「僕は、セラから離れません。セラも、僕から離れないでください」
「殿下……」
セラの目から、涙がこぼれた。
ルーカスは、その涙を拭った。
* * *
「セラ、一つ聞いてもいいですか」
「何ですか」
「僕たちは、恋人ですか」
「え……」
「レオナルドに聞かれたのですが、分からなくて」
「……」
セラの顔が、真っ赤になった。
「殿下、それは……」
「恋人とは、何ですか」
「お互いを好きな二人が、付き合うことです」
「付き合う……」
「一緒にいて、一緒に時間を過ごして、お互いを大切にする関係です」
「それなら、僕たちは恋人ですね」
「え……」
「僕は、セラのことが好きです。セラも、僕のことが好きと言いました。一緒にいたいと思っています」
「殿下……」
「だから、恋人ですよね」
ルーカスの言葉は、純粋だった。
セラは、少し笑った。
「殿下は、本当にまっすぐですね」
「変ですか」
「いいえ。素敵です」
「では、恋人ということで、いいですか」
「……はい」
セラが、小さく頷いた。
ルーカスの顔が、嬉しそうに輝いた。
「ありがとう、セラ」
「お礼を言うのは、私の方です」
「なぜですか」
「殿下が、私を選んでくれたからです」
「選んだ……? セラしかいませんでしたよ」
「……」
セラは、また涙ぐんだ。
しかし、その涙は、幸せな涙だった。
* * *
翌日、ルーカスとセラは、いつも通り一緒に登校した。
周囲の視線は、相変わらず集まっていた。
「殿下、見られていますね」
「気にしないことにしました」
「……私も、そうします」
二人は、顔を見合わせて、微笑んだ。
「殿下、ヴェルディ殿、おはようございます」
レオナルドが、声をかけてきた。
「おはよう、レオナルド」
「おはようございます」
「二人とも、今日も仲がいいですね」
「当然です」
「殿下、昨日聞いたこと、答えが出ましたか」
「はい。僕たちは、恋人です」
ルーカスが、堂々と言った。
周囲の生徒たちが、どよめいた。
「殿下……!」
セラの顔が、真っ赤になった。
「公言してしまいましたね」
「問題ありますか」
「いえ……でも……」
「隠す必要はないと思いました」
「……」
レオナルドが、大笑いした。
「殿下、最高です! 堂々としていて、かっこいい!」
「そうですか」
「はい! これで、変な噂は消えるでしょう」
「変な噂……」
「二人の関係が曖昧だから、色々と言われていたのです。公式に恋人だと分かれば、余計なことを言う人も減りますよ」
「なるほど」
ルーカスは、納得した。
* * *
その日の夕方、エリアスがルーカスに声をかけてきた。
「殿下、聞きましたよ」
「何をですか」
「ヴェルディ殿と、正式にお付き合いされているとか」
「はい。そうです」
「王子と、没落貴族の娘……興味深いですね」
「何が言いたいのですか」
「いいえ、何も。ただ、殿下の判断を、興味深く見ています」
エリアスの目には、何か探るような色があった。
「彼女は、殿下の弱点になりませんか」
「弱点……」
「殿下は、彼女を守るために、力を使うかもしれない。そう考えると、彼女の存在は、リスクですね」
「……」
「もちろん、私は何も言いません。ただ、観察しているだけです」
エリアスは、にやりと笑って、去っていった。
ルーカスは、その背中を見送った。
彼の言葉には、何か不穏なものがあった。
セラを、利用しようとしているのだろうか。
* * *
その夜、ルーカスは考えていた。
セラとの関係が、公になった。
それは、良いことだ。
隠す必要がなくなった。
しかし、エリアスの言葉が気になった。
セラが、弱点になる。
彼女を守るために、力を使わなければならない状況が、来るかもしれない。
「セラを、危険に晒すわけにはいかない……」
小さく呟いた。
セラは、自分を守ろうとしている。
自分も、セラを守りたい。
しかし、それが口実になるかもしれない。
「考えすぎか……」
ため息をついた。
今は、目の前のことに集中しよう。
セラと一緒に、日常を過ごす。
それが、一番大切なことだ。
ルーカスは、そう自分に言い聞かせながら、眠りについた。




