第53話:セラの覚悟「私が殿下を守る」
帰国の日。
外交実習は、ついに終わりを迎えた。
参加者たちは、エルザリア王国を後にした。
馬車が、国境に向かって進んでいく。
窓の外には、見慣れた景色が広がり始めていた。
「ようやく、帰れますね」
セラが、小声で言った。
「はい。長い二週間でした」
「色々なことがありましたね」
「はい。本当に、色々なことが」
二人は、顔を見合わせた。
* * *
馬車の中は、静かだった。
他の参加者たちは、疲れて眠っていた。
ルーカスとセラだけが、起きていた。
「殿下」
「はい」
「昨日のこと、考えていますか」
「……少しだけ」
「皆さん、殿下のことを怖がっていませんでしたよ」
「そうですか……」
「はい。むしろ、感謝していました。殿下が守ってくれたから、無事だったと」
「……」
ルーカスは、窓の外を見つめた。
「でも、あの姿を見た人は、何を思うでしょうか」
「殿下……」
「普通の人間には、あんな姿にはなれません。僕が『禁忌』だと、分かったはずです」
「……」
セラは、黙っていた。
ルーカスの言葉は、正しかった。
「これから、どうなるか分かりません。教会に報告されるかもしれません」
「その可能性は、あります」
「そうしたら、また監査が……」
「殿下」
セラが、ルーカスの手を取った。
「何があっても、私は殿下の味方です」
「セラ……」
「約束しましたよね。ずっと傍にいると」
「はい」
「その約束を、守ります」
セラの目には、強い決意があった。
ルーカスは、その目を見つめた。
* * *
国境を越えた。
故国の土を、踏んだ。
見慣れた景色が、広がっていた。
「帰ってきましたね」
「はい」
「殿下、お疲れ様でした」
「セラも、お疲れ様でした」
二人は、微笑み合った。
馬車は、王都に向かって進んでいった。
* * *
学院に到着した。
参加者たちは、それぞれの寮に戻っていった。
「殿下、また明日」
「はい、また明日」
ルーカスとセラは、別れた。
それぞれの部屋に戻る。
ルーカスは、自分の部屋に入った。
久しぶりの自室だった。
何も変わっていなかった。
「帰ってきた……」
小さく呟いた。
ベッドに腰を下ろす。
疲れが、どっと出てきた。
「色々なことがあった……」
エルザリア王国での日々を、思い返した。
クラウスとの友情。
遺跡での発見。
アリシア王女との出会い。
セラとの星空の夜。
テロリストとの戦い。
そして、戦闘形態の覚醒。
あれは、抑えられなかった。
皆を守るためには、力を使うしかなかった。
後悔はしていない。
でも、これからどうなるか、分からない。
「明日から、また始まる……」
新しい日々が、始まる。
どんな困難が待っているか、分からない。
でも、セラがいる。
それだけで、頑張れる。
* * *
一方、セラは自分の部屋で考えていた。
ルーカスのことを。
彼の抱える秘密を。
彼の背負う運命を。
「殿下……」
小さく呟いた。
昨日の戦いで、彼の本当の力を見た。
人間離れした動き。
金属光を帯びた皮膚。
青白く光る目。
それは、「禁忌」と呼ばれるものだった。
教会が恐れ、排除しようとするもの。
しかし、セラは怖くなかった。
むしろ、ルーカスを守りたいと思った。
「私が、殿下を守る……」
その決意が、胸の中に芽生えていた。
* * *
翌日、セラはマーガレット先生の研究室を訪ねた。
「先生、お時間をいただけますか」
「セラフィーナさん。どうしましたか」
マーガレット先生は、穏やかな笑顔で迎えてくれた。
「殿下のことで、相談があります」
「殿下のこと……」
マーガレット先生の表情が、少し真剣になった。
「外交実習で、何かあったのですか」
「はい。殿下が……力を見せてしまいました」
「力……」
「戦闘形態の、片鱗を」
「……」
マーガレット先生は、黙って聞いていた。
セラは、昨日の出来事を詳しく話した。
* * *
「なるほど……」
話を聞き終えて、マーガレット先生は深くため息をついた。
「大変な状況でしたね」
「はい。でも、殿下は皆を守りました」
「それは、素晴らしいことです。しかし……」
「教会に知られるかもしれない、ですよね」
「そうです。参加者の中に、教会と繋がりのある人がいるかもしれません」
「……」
セラは、唇を噛んだ。
「先生、私は殿下を守りたいのです」
「守る……」
「はい。殿下が何であっても、私は殿下の味方でいたいのです」
「……」
マーガレット先生は、セラをじっと見つめた。
その目には、優しさがあった。
「セラフィーナさん、あなたの気持ちは分かります」
「先生……」
「しかし、殿下を守るためには、あなた自身も強くならなければなりません」
「強く……」
「はい。剣の腕だけでなく、政治的な力も必要です」
「政治的な力……」
「教会と戦うためには、味方を増やす必要があります。殿下を支持してくれる人を、集めなければなりません」
セラは、その言葉を噛み締めた。
「どうすれば、いいのでしょうか」
「まずは、学院での地位を固めることです。優秀な成績を収め、人望を得ること」
「はい」
「そして、殿下の良い面を、多くの人に知ってもらうこと」
「良い面……」
「殿下が、優しくて、正しいことをする人だということを。『禁忌』という偏見を、打ち破るために」
「分かりました」
セラは、力強く頷いた。
* * *
研究室を出た後、セラは決意を新たにしていた。
殿下を守る。
そのために、自分も強くなる。
剣の腕を磨き、人望を得る。
そして、殿下を支持してくれる人を、増やしていく。
「私にできることを、全部やる」
小さく呟いた。
ルーカスは、自分を「禁忌」として見られることを恐れている。
教会の監視を、恐れている。
でも、一人で抱え込ませない。
自分が、傍にいる。
「殿下、私が守りますから」
その言葉を、胸に刻んだ。
* * *
午後、セラはルーカスの部屋を訪ねた。
「殿下、入っていいですか」
「セラ、どうぞ」
ルーカスが、ドアを開けてくれた。
「今日は、どうしていましたか」
「休んでいました。少し、疲れていたので」
「そうですか。ゆっくり休めましたか」
「はい。おかげさまで」
二人は、部屋の椅子に座った。
「殿下、一つ、お話があります」
「何ですか」
セラは、真剣な表情になった。
「私は、殿下を守りたいと思っています」
「守る……」
「はい。殿下が何であっても、私は殿下の味方です。それを、改めてお伝えしたくて」
「セラ……」
「これから、何があるか分かりません。教会の監視が、さらに厳しくなるかもしれません。でも、私は逃げません」
「……」
「殿下と一緒に、乗り越えていきます」
セラの目には、強い決意があった。
ルーカスは、その目を見つめた。
「セラ、ありがとう」
「お礼を言われることではありません」
「でも、ありがとう。セラがいてくれて、本当に心強いです」
「殿下……」
セラの顔が、少し赤くなった。
「私も、殿下を守ります」
「え……」
「セラを、傷つける者からは、全力で守ります」
「殿下……」
「だから、お互いを守り合いましょう」
「……はい」
二人は、手を握り合った。
* * *
「殿下、一つ聞いてもいいですか」
「何ですか」
「殿下は、将来、どうなりたいですか」
「将来……」
ルーカスは、少し考えた。
「人間として、生きたいです」
「人間として……」
「はい。普通に、誰かを愛し、誰かに愛され、幸せに生きたいです」
「……」
「『禁忌』として恐れられるのではなく、一人の人間として認められたいです」
ルーカスの言葉には、切実な願いがこめられていた。
「殿下、その願いは、叶えられると思います」
「本当ですか」
「はい。殿下は、すでに多くの人に愛されています」
「愛されて……」
「私も、殿下のことが好きです」
「セラ……」
「これからも、たくさんの人が、殿下を好きになると思います。だから、諦めないでください」
セラの言葉に、ルーカスの目に涙が浮かんだ。
「ありがとう、セラ」
「お礼は、いりません」
「でも、言わせてください。ありがとう」
「……はい」
二人は、お互いを見つめ合った。
* * *
その夜、セラは自分の部屋で、日記を書いていた。
『今日、殿下に決意を伝えた。
殿下を守ると。
何があっても、殿下の味方でいると。
殿下は、泣いていた。
嬉しそうに、泣いていた。
その涙を見て、私も胸が熱くなった。
殿下は、一人で戦ってきた。
前世から、ずっと。
でも、もう一人じゃない。
私がいる。
これからは、一緒に戦う。
殿下の夢を、叶えるために。
人間として生きるという、殿下の夢を。
私が、支える。
私が、守る。
それが、私の使命だ。
そして、私の願いだ。』
日記を書き終えて、セラはペンを置いた。
窓の外には、星空が広がっていた。
「殿下……」
小さく呟いた。
彼のことを、想った。
明日から、また日常が始まる。
授業、訓練、課題。
しかし、以前とは違う。
自分には、目標がある。
殿下を守るという、目標が。
「頑張ろう」
その言葉を胸に、セラは眠りについた。
明日への希望を、抱きながら。




