第49話:王女アリシアのアプローチ(嫉妬イベント)
外交実習の十一日目。
今日は、王宮での茶会が予定されていた。
エルザリア王国の王女、アリシアが主催するものだ。
「殿下、お支度はよろしいですか」
セラが、ルーカスの部屋に声をかけた。
「はい。準備はできています」
ルーカスは、正装に着替えていた。
青い上着に、白いシャツ。
髪も、きちんと整えている。
「立派ですね」
「ありがとうございます。セラも、素敵です」
セラは、淡いピンクのドレスを着ていた。
普段の騎士姿とは違う、女性らしい装いだった。
彼女の顔が、少し赤くなった。
「ありがとうございます……」
「では、行きましょう」
二人は、王宮に向かった。
* * *
王宮の庭園は、美しく整えられていた。
噴水の周りに、テーブルとイスが並んでいた。
白いテーブルクロスに、銀の食器。
花が、あちこちに飾られていた。
「ルーカス殿下、いらっしゃいませ」
アリシア王女が、にこやかに迎えてくれた。
今日の彼女は、水色のドレスを着ていた。
銀色の髪に、青い瞳。
本当に美しい女性だった。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。殿下にお会いできて、嬉しいですわ」
アリシアが、ルーカスの隣に立った。
その距離が、少し近かった。
「さあ、どうぞお座りください」
アリシアは、ルーカスを自分の隣の席に案内した。
セラは、少し離れた席に案内された。
「あの……」
セラが、何か言いかけた。
しかし、アリシアに遮られた。
「ヴェルディ殿は、あちらの席でどうぞ。殿下とは、私がお話しますから」
「……はい」
セラは、不満そうな顔をしながら、指定された席に座った。
ルーカスは、セラの方を見た。
彼女の表情が、硬かった。
* * *
茶会が始まった。
美味しいお茶と、お菓子が振る舞われた。
参加者たちは、楽しそうに会話をしていた。
しかし、アリシアの注目は、ルーカスだけに向けられていた。
「殿下、遺跡での活躍、聞きましたわ」
「活躍……」
「魔物を倒されたとか。すごいですわね」
「いえ、大したことはありません」
「ご謙遜を。殿下は、本当に強い方なのですね」
アリシアが、身を乗り出した。
彼女の顔が、ルーカスに近づいた。
「私、強い方が好きですの」
「そうですか……」
「ええ。殿下のような方は、初めてですわ」
アリシアの目が、熱を帯びていた。
ルーカスは、少し困惑した。
離れた席で、セラがその様子を見ていた。
彼女の顔は、険しかった。
手に持ったカップが、少し震えていた。
* * *
茶会の途中、アリシアがルーカスを散歩に誘った。
「殿下、庭園を歩きませんか」
「え……」
「二人きりで、お話ししたいのです」
「しかし、他の参加者が……」
「大丈夫ですわ。少しの間だけですから」
アリシアは、ルーカスの腕を取った。
そのまま、庭園の奥に歩き出した。
「殿下……!」
セラが、立ち上がろうとした。
しかし、他の参加者たちに囲まれて、すぐには動けなかった。
* * *
庭園の奥には、美しいバラ園があった。
赤、白、ピンクのバラが、咲き誇っていた。
「きれいですわね」
「はい。素晴らしいです」
ルーカスは、バラを見つめた。
しかし、心は落ち着かなかった。
セラの表情が、気になっていた。
「殿下、一つお聞きしてもいいですか」
「何でしょうか」
「殿下は、ヴェルディ殿と、どのようなご関係なのですか」
「関係……」
「お付き合いされているのですか」
「お付き合い……」
ルーカスは、その言葉の意味を考えた。
お付き合いとは、恋人関係のことだろう。
「分かりません」
「分からない……?」
「セラは、大切な人です。でも、恋人なのかどうかは、分かりません」
「まあ……」
アリシアが、くすくすと笑った。
「殿下は、本当に正直な方ですわね」
「正直……」
「ええ。普通は、そんなこと言いませんわ」
「そうですか……」
「その純粋さが、素敵だと思います」
アリシアが、ルーカスに一歩近づいた。
「私、殿下が好きですの」
「好き……」
「はい。お会いしたときから、気になっていました」
「……」
「殿下、私と交際してくださいませんか」
アリシアの目が、真剣だった。
ルーカスは、その言葉に困惑した。
交際。
恋人になるということだ。
しかし、自分はアリシアに恋愛感情を持っていない。
それを、どう伝えればいいのだろうか。
「すみません。僕には、まだ分かりません」
「分からない……」
「恋愛が、何なのか。まだ、理解できていません」
「……」
「だから、お答えすることができません」
ルーカスは、正直に言った。
アリシアは、少し驚いた顔をした。
「殿下は、恋愛をしたことがないのですか」
「はい。ありません」
「そうですか……」
アリシアは、少し考えた。
そして、微笑んだ。
「では、私が教えて差し上げますわ」
「え……」
「恋愛とは何か。私が、殿下に教えます」
「それは……」
「嫌ですか」
「いえ、嫌ではありませんが……」
「では、決まりですわね」
アリシアが、にっこりと笑った。
ルーカスは、何か違う方向に話が進んでいるような気がした。
* * *
二人がバラ園から戻ると、セラが待っていた。
彼女の表情は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
「殿下、お帰りですか」
「はい。すみません、待たせてしまって」
「いいえ。王女殿下とのお話は、楽しかったですか」
「え、ええ……」
セラの声には、棘があった。
ルーカスは、彼女の様子に気づいた。
「セラ、どうしましたか」
「何もありません」
「でも、表情が……」
「気のせいです」
セラは、そっぽを向いた。
ルーカスは、困惑した。
「ヴェルディ殿、嫉妬ですの?」
アリシアが、にこにこと言った。
「嫉妬……! していません!」
「あら、そうですか。顔が赤いですわよ」
「赤く……ありません!」
セラの顔が、さらに赤くなった。
明らかに、動揺していた。
「嫉妬……」
ルーカスは、その言葉を反芻した。
セラが嫉妬している?
それは、どういう意味だろうか。
* * *
茶会が終わり、ルーカスとセラは貴賓館に戻った。
帰りの馬車の中、セラは黙っていた。
「セラ、怒っていますか」
「怒っていません」
「でも、いつもと違います」
「気のせいです」
「セラ……」
ルーカスは、セラの手を取った。
セラが、びくっとした。
「正直に、教えてください。何が、気になっているのですか」
「……」
セラは、しばらく黙っていた。
そして、小さな声で言った。
「王女殿下と、何を話していたのですか」
「バラ園で、ですか」
「はい」
「恋愛について、聞かれました」
「恋愛……」
「王女殿下は、僕のことが好きだと言っていました」
「……」
セラの顔が、青くなった。
「交際を申し込まれました」
「……っ」
「断りました。まだ、恋愛が分からないと」
「断った……」
「はい」
セラの表情が、少し和らいだ。
しかし、まだ複雑そうだった。
「殿下は、王女殿下のことを、どう思っているのですか」
「どう……」
「好きですか」
「好き……」
ルーカスは、考えた。
アリシアは、美しい人だ。
しかし、好きかどうかと聞かれると、分からない。
「分かりません」
「分からない……」
「恋愛の好きが、どういう感情なのか、分からないのです」
「……」
セラは、黙っていた。
その目には、何か複雑な感情が浮かんでいた。
「セラは、分かりますか」
「え……」
「恋愛の好きとは、どういう感情ですか」
「それは……」
セラの顔が、真っ赤になった。
言葉を探しているようだった。
「誰かのことを、ずっと考えてしまうこと……です」
「ずっと考える……」
「その人と一緒にいたい、その人の役に立ちたい、その人が他の人と仲良くしていると胸が苦しくなる……そういう感情です」
「胸が苦しくなる……」
ルーカスは、その言葉を噛み締めた。
誰かのことを、ずっと考える。
一緒にいたい。
役に立ちたい。
それは、自分がセラに対して感じていることに、似ている気がした。
「セラ」
「はい」
「僕は、セラのことを、ずっと考えています」
「え……」
「セラと一緒にいたいと思います。セラの役に立ちたいと思います」
「殿下……」
「これは、恋愛の好きですか」
セラの目が、大きくなった。
心臓が、速く打っていた。
「殿下、それは……」
「分からないのです。だから、教えてください」
「私には……答えられません」
「なぜですか」
「なぜなら……」
セラは、言葉を詰まらせた。
顔が、真っ赤だった。
「なぜなら、私も……殿下のことを、そう思っているからです」
「セラも……」
「はい。だから、客観的に、答えられないのです」
「……」
二人は、お互いを見つめた。
馬車の中は、静かだった。
「セラ」
「はい」
「僕たちの関係は、何ですか」
「分かりません。でも……大切だということは、分かります」
「大切……」
「はい。殿下は、私にとって、大切な人です」
「僕にとっても、セラは大切な人です」
二人は、手を握り合った。
* * *
貴賓館に戻った後、ルーカスは一人で考えていた。
恋愛とは何か。
セラの説明を聞いて、少し分かった気がした。
誰かのことを、ずっと考える。
一緒にいたい。
役に立ちたい。
他の人と仲良くしていると、胸が苦しくなる。
自分は、セラに対して、そういう感情を持っている。
それが、恋愛の好きなのかもしれない。
そして、セラも、同じ感情を持っていると言っていた。
それは、どういうことだろうか。
「人間の感情は、本当に複雑だ……」
小さく呟いた。
前世には、こんな感情はなかった。
ただ、任務を遂行するだけだった。
しかし、今は違う。
感情がある。
誰かを大切に思う気持ちがある。
それが、人間として生きるということなのだろう。
「セラ……」
彼女の名前を、呟いた。
胸が、温かくなった。
これが、恋愛なのかもしれない。
まだ、よく分からない。
でも、少しずつ分かっていきたい。
セラと一緒に。
ルーカスは、そう思いながら、窓の外を見つめていた。




