第47話:魔物との遭遇、遺跡で戦闘
外交実習の九日目。
昨日の遺跡探索から、一日が経った。
今日も、遺跡の調査が続いていた。
「昨日の崩落で、新しい区域が露出しました」
学者が、説明した。
「今日は、その区域を調査します」
「危険ではないのですか」
「構造の安全は確認しました。大丈夫です」
参加者たちは、再び遺跡に向かった。
* * *
新しく露出した区域は、遺跡の地下深くにあった。
長い階段を降りていく。
空気が、だんだんと冷たくなっていく。
「ここは、今まで誰も入ったことがない場所です」
学者が、興奮気味に言った。
「貴重な発見があるかもしれません」
参加者たちは、慎重に進んでいった。
松明の明かりが、暗闇を照らしていた。
「殿下、何か感じますか」
セラが、小声で聞いた。
「少しだけ。昨日と同じような感覚があります」
「気をつけてください」
「はい」
ルーカスは、周囲に警戒しながら進んでいった。
* * *
地下の区域には、大きな空間があった。
天井が高く、広い部屋だった。
壁には、無数の彫刻が施されていた。
「すごい……」
参加者たちが、感嘆の声を上げた。
これほどの規模の部屋が、地下に隠されていたとは。
「ここは、何のための部屋でしょうか」
「まだ分かりません。調査が必要です」
学者たちが、部屋の調査を始めた。
参加者たちも、散らばって見学を始めた。
ルーカスは、部屋の奥に目を向けた。
そこに、大きな扉があった。
石で作られた、巨大な扉だ。
「あの扉は……」
「開けてはいけません」
学者が、注意した。
「あの扉の先は、まだ調査されていません。何があるか分かりません」
「分かりました」
ルーカスは、扉から目を離した。
しかし、何かを感じていた。
あの扉の向こうに、何かがいる。
* * *
調査が進んでいると、異変が起きた。
部屋の空気が、急に変わった。
重く、冷たく、そして……危険な気配。
「何だ……?」
「何かが来る……」
参加者たちが、不安そうに顔を見合わせた。
ゴゴゴゴ……。
あの石の扉が、動き始めた。
内側から、何かが押している。
「全員、下がれ!」
引率の教官が、叫んだ。
参加者たちが、扉から離れた。
バキッ!
扉が、砕けた。
そこから、何かが現れた。
大きな、獣のような姿。
しかし、普通の獣ではなかった。
体は黒く、目は赤く光っていた。
口からは、紫色の霧が漏れていた。
「魔物だ……!」
誰かが、悲鳴を上げた。
魔物。
この世界に存在する、危険な生き物だ。
人間を襲い、殺す。
「ガアアアアッ!」
魔物が、咆哮した。
その声が、部屋全体に響いた。
参加者たちが、恐怖で動けなくなっていた。
「逃げろ! 全員、退却だ!」
教官が、指示を出した。
しかし、魔物は速かった。
一瞬で、出口を塞ぐ位置に移動した。
「くそ……!」
教官が、剣を抜いた。
しかし、その剣は、魔物に比べてあまりにも小さかった。
* * *
ルーカスは、状況を把握した。
魔物は、かなり強い。
教官や学者では、対処できない。
参加者たちは、戦闘経験が少ない。
自分が、戦うしかない。
「セラ、参加者たちを守ってください」
「殿下……!」
「大丈夫です。僕が、時間を稼ぎます」
「でも……!」
「お願いします」
ルーカスの目は、真剣だった。
セラは、唇を噛んで、頷いた。
「分かりました。でも、無茶は……」
「しません」
ルーカスは、魔物に向かって歩き出した。
* * *
魔物が、ルーカスに気づいた。
赤い目が、彼を見据えた。
威嚇するように、唸り声を上げた。
「ガルルル……」
「僕が相手だ」
ルーカスは、落ち着いて言った。
剣を構える。
借り物の剣だが、使えないことはない。
魔物が、動いた。
驚くべき速さで、ルーカスに襲いかかってきた。
巨大な爪が、彼を引き裂こうとする。
ルーカスは、横に飛んだ。
爪が、床の石を砕いた。
その威力を見て、普通なら恐怖を感じるだろう。
しかし、ルーカスは冷静だった。
これが、前世の自分なら、一瞬で倒せる相手だ。
しかし、今は違う。
力を見せすぎてはいけない。
かといって、抑えすぎると、皆が危険だ。
バランスを取らなければならない。
「ガアアアッ!」
魔物が、再び攻撃してきた。
今度は、口から紫色の霧を吐いた。
毒の霧だ。
吸い込んだら、致命的だろう。
ルーカスは、息を止めて横に避けた。
霧が、壁に当たった。
壁の石が、溶けていった。
「強酸……」
危険な相手だ。
しかし、ルーカスには、勝つ自信があった。
魔物の動きを、観察する。
パターンを把握する。
前世で培った戦闘分析能力が、活きていた。
「攻撃の後、一瞬の隙がある」
小さく呟いた。
そこを狙う。
* * *
魔物が、三度目の攻撃を仕掛けてきた。
両腕を振り下ろす。
床が、砕けた。
しかし、ルーカスはそこにいなかった。
攻撃の瞬間、後ろに回り込んでいた。
隙だ。
剣を振るう。
魔物の足を、斬りつけた。
「ギャアッ!」
魔物が、悲鳴を上げた。
足から、黒い血が流れた。
しかし、致命傷ではない。
ルーカスは、距離を取った。
一撃で倒すのは、避けた。
それでは、力を見せすぎてしまう。
少しずつ、弱らせていく。
「殿下……!」
セラが、心配そうに見ていた。
他の参加者たちは、彼女の指示で、部屋の隅に避難していた。
「大丈夫です。もう少しで……」
ルーカスが、言いかけたとき、
魔物が、予想外の動きをした。
足を怪我した魔物は、ルーカスではなく、参加者たちの方に向かった。
「まずい……!」
ルーカスは、全力で走った。
魔物より、速く。
参加者たちの前に、立ちはだかった。
「殿下!」
「下がって!」
魔物の爪が、振り下ろされた。
ルーカスは、剣でそれを受け止めた。
ギィィン!
金属音が、響いた。
剣が、魔物の爪とぶつかった。
その衝撃が、ルーカスの腕に伝わった。
しかし、ルーカスは踏ん張った。
魔物の攻撃を、止めた。
「ガルルル……!」
魔物が、驚いたように唸った。
こんな小さな人間が、自分の攻撃を止めるとは、予想していなかったのだろう。
「ここから先は、通さない」
ルーカスが、静かに言った。
その目には、決意の光があった。
* * *
ルーカスは、反撃に出た。
魔物の爪を弾き返し、懐に入り込む。
剣を、魔物の胸に突き刺した。
「ギャアアアッ!」
魔物が、絶叫した。
黒い血が、噴き出した。
ルーカスは、剣を引き抜いた。
そのまま、後ろに飛び退く。
魔物は、数歩よろめいた。
そして、倒れた。
動かなくなった。
「倒した……」
参加者たちから、安堵のため息が漏れた。
セラが、ルーカスに駆け寄った。
「殿下! 大丈夫ですか!」
「はい。怪我はありません」
「良かった……」
セラの目から、涙がこぼれた。
ルーカスは、その涙を拭った。
「心配をかけて、すみません」
「いいえ……殿下が無事で、良かったです」
二人は、お互いを見つめた。
* * *
魔物を倒した後、全員で遺跡から脱出した。
外は、夕方になっていた。
空が、オレンジ色に染まっていた。
「ルーカス殿下、ありがとうございました」
引率の教官が、深くお辞儀をした。
「殿下がいなければ、大惨事になっていました」
「いいえ。皆さんが、冷静に行動してくれたおかげです」
「ご謙遜を。殿下の戦いは、見事でした」
教官の言葉に、参加者たちも頷いた。
「殿下、すごかったです」
「魔物を、一人で……」
「噂以上の実力ですね」
賞賛の言葉が、次々と上がった。
ルーカスは、少し困ったように微笑んだ。
「皆さん、怪我はありませんか」
「はい、おかげさまで」
「良かったです」
ルーカスは、ほっとした。
誰も怪我をしていない。
それが、一番大切なことだ。
* * *
帰りの馬車の中、ルーカスとセラは隣同士で座っていた。
「殿下、今日は大変でしたね」
「はい。まさか、魔物が出るとは……」
「あの魔物、どこから来たのでしょうか」
「分かりません。遺跡の奥に、封印されていたのかもしれません」
「封印……」
「はい。古代の人々が、何らかの理由で封印していたのでしょう」
「でも、なぜ封印が解けたのでしょうか」
「昨日の崩落が、原因かもしれません」
ルーカスが、推測した。
セラは、頷いた。
「殿下、一つ聞いてもいいですか」
「何ですか」
「あの魔物と戦っているとき、殿下は怖くなかったのですか」
「怖い……」
ルーカスは、少し考えた。
「正直、怖くはありませんでした」
「なぜですか」
「前世で、もっと恐ろしいものと戦ってきたからです」
「前世……」
「はい。あの魔物は、確かに強かった。でも、前世で戦った敵に比べれば、まだ対処できる相手でした」
「……」
セラは、黙ってルーカスの言葉を聞いていた。
彼の前世は、どれほど過酷だったのだろうか。
想像もできなかった。
「でも、怖いものはあります」
「え……」
「大切な人を失うこと。それが、一番怖いです」
「殿下……」
「だから、今日は必死に戦いました。皆を守るために」
ルーカスが、セラを見つめた。
その目には、優しさがあった。
「セラを守るために、戦いました」
「……」
セラの顔が、赤くなった。
心臓が、速く打っていた。
「ありがとうございます、殿下」
「ルーカス、です」
「ルーカス……」
二人は、手を握り合った。
* * *
その夜、ルーカスは自分の部屋にいた。
今日の戦いを、振り返っていた。
魔物との戦い。
力を抑えながら戦うのは、難しかった。
もう少し見せてしまったかもしれない。
しかし、あの状況では、仕方がなかった。
皆を守るためには、ある程度の力を見せる必要があった。
「バランスが、難しい……」
小さく呟いた。
人間として生きること。
力を隠すこと。
大切な人を守ること。
全部を両立させるのは、本当に難しい。
コンコン。
ドアがノックされた。
「はい」
ドアを開けると、セラが立っていた。
「殿下、お休みのところ、すみません」
「いいえ。どうしましたか」
「今日のことが、気になって……眠れなくて」
「入ってください」
ルーカスは、セラを部屋に入れた。
二人は、窓際のソファに座った。
「殿下、本当に怪我はないのですか」
「はい。大丈夫です」
「嘘をついていませんか」
「嘘は、ついていません」
ルーカスが、微笑んだ。
セラは、安堵のため息をついた。
「良かった……」
「心配してくれて、ありがとう」
「当然です。殿下に何かあったら……」
セラの声が、震えていた。
ルーカスは、その手を握った。
「大丈夫です。僕は、そう簡単にはやられません」
「でも……」
「セラがいるから、大丈夫です」
「え……」
「セラがいてくれるから、頑張れます。だから、心配しないでください」
「殿下……」
セラの目から、涙がこぼれた。
ルーカスは、その涙を拭った。
「おやすみなさい、セラ」
「おやすみなさい、ルーカス」
セラは、部屋を出ていった。
ルーカスは、窓の外を見つめた。
星空が、広がっていた。
今日の戦いで、一つ分かったことがある。
自分は、まだ「人間」になりきれていない。
戦闘になると、前世の本能が出てしまう。
しかし、それでもいい。
その力で、大切な人を守れるなら。
それが、自分の生き方だ。
明日も、新しい一日が始まる。
何があっても、乗り越えていこう。
セラと一緒に。




