第43話:王女アリシアとの出会い(好意を向けられる)
外交実習の四日目。
今日は、エルザリア王宮への表敬訪問が行われた。
参加者全員が、正装して王宮に向かった。
「緊張しますね」
セラが、小声で言った。
馬車の中で、二人は並んで座っていた。
「はい。王宮に入るのは、初めてです」
「私も、です」
「でも、大丈夫です。練習した通りにやれば」
「そうですね」
二人は、お互いを励まし合った。
* * *
エルザリア王宮は、壮麗だった。
白い大理石で作られた建物が、青空に映えていた。
広い庭園には、噴水や彫刻が並んでいた。
自国の王宮とは、まったく違う雰囲気だった。
「美しい……」
ルーカスは、思わず呟いた。
この世界には、こんなに美しい場所があるのだ。
前世では、想像もできなかった光景だった。
参加者たちは、王宮の大広間に通された。
そこには、エルザリア王国の王族たちが待っていた。
王と王妃、そして……。
「あの方は……」
セラが、小声で言った。
ルーカスも、その人物を見ていた。
銀色の髪に、青い瞳。
白いドレスを着た、美しい女性。
年齢は、ルーカスと同じくらいだろうか。
優雅な立ち姿で、訪問者たちを見つめていた。
「エルザリア王国の第一王女、アリシア殿下です」
引率の教官が、小声で教えてくれた。
「王女……」
ルーカスは、その女性を見つめた。
彼女も、こちらを見ていた。
目が合った。
王女が、にこりと微笑んだ。
* * *
表敬訪問は、順調に進んだ。
参加者たちは、一人ずつ王族に挨拶をした。
ルーカスの番が来た。
「至高なる方、お会いできて光栄です」
ルーカスは、練習した通りに挨拶した。
膝を曲げ、適切な角度でお辞儀をした。
講師に教わった通りだ。
「うむ。隣国の第三王子か。よく来てくれた」
エルザリア王が、穏やかに言った。
厳格な顔つきだが、目は優しかった。
「父上、ご紹介してください」
隣にいた王女が、声を上げた。
王が、少し驚いた顔をした。
「アリシア、自分から話しかけるとは珍しいな」
「気になる方がいらっしゃいましたので」
「そうか」
王が、ルーカスの方を見た。
そして、微笑んだ。
「殿下、娘のアリシアです。よろしく頼む」
「は、はい。よろしくお願いします」
ルーカスは、少し戸惑いながら答えた。
アリシア王女が、彼の前に歩み寄ってきた。
「ルーカス殿下ですね。お噂は聞いています」
「噂……」
「実技祭で優勝されたとか。素晴らしいですわ」
「ありがとうございます」
「私、強い方に興味がありますの」
「興味……」
アリシアが、にこりと微笑んだ。
その笑顔には、何か意味深なものが込められているような気がした。
「後で、ゆっくりお話しできませんか」
「え……」
「晩餐会の後、庭園でお茶でもいかがですか」
「それは……」
ルーカスは、困惑した。
王女から、直接お茶に誘われている。
断るのは失礼だろう。
しかし、どう答えればいいのか分からなかった。
「殿下」
横から、声がかかった。
セラだった。
彼女の表情は、いつもと違っていた。
少し、硬い感じがした。
「殿下、引率の教官がお呼びです」
「あ、はい」
「申し訳ありません、王女殿下。殿下は、少し用事があるようです」
「そうですか。残念ですわ」
アリシアが、少し不満そうな顔をした。
しかし、すぐに笑顔に戻った。
「では、また後ほど」
「は、はい」
ルーカスは、セラに連れられて、その場を離れた。
* * *
「セラさん、教官は本当に呼んでいるのですか」
「……いいえ」
「では、なぜ……」
「殿下が、困っているように見えたので」
「困っている……」
「王女殿下のお誘いに、どう答えていいか分からないようでしたから」
「……」
ルーカスは、セラの言葉に少し驚いた。
彼女は、自分の様子を見て、助けに来てくれたのだ。
「ありがとうございます」
「いいえ」
「でも、王女殿下のお誘いを断ったことに、問題はありませんか」
「断ったわけではありません。用事があると言っただけです」
「なるほど」
「後で、改めてお誘いがあるかもしれません。そのときは、殿下が判断してください」
「分かりました」
ルーカスが、頷いた。
セラの表情は、まだ少し硬かった。
「セラさん、どうしましたか」
「何が、ですか」
「いつもと、表情が違います」
「……そうですか」
「何か、気になることがありますか」
「いいえ。何もありません」
セラが、そっぽを向いた。
その顔が、少し赤いような気がした。
ルーカスは、首を傾げた。
* * *
晩餐会が始まった。
参加者たちは、エルザリア王国の貴族たちと一緒に食事をした。
料理は、美味しかった。
会話も、弾んでいた。
しかし、ルーカスは落ち着かなかった。
アリシア王女が、こちらを見ているのを感じたからだ。
彼女は、離れた席に座っていた。
しかし、何度も視線を向けてきていた。
「殿下、王女殿下が見ていますよ」
隣に座っていたレオナルドが、小声で言った。
彼も、外交実習の参加者だった。
「分かっています」
「何かあったのですか」
「お茶に誘われました」
「お茶……」
「庭園で、二人きりで」
「それは……」
レオナルドが、にやりと笑った。
意味深な笑顔だった。
「ルーカス、お前、モテるな」
「モテる……?」
「王女に気に入られるとは、さすがだな」
「気に入られる……」
「ヴェルディは、知っているのか」
「セラさんは、そのとき助けてくれました」
「助けた……」
レオナルドが、声を上げて笑った。
周囲の人々が、こちらを見た。
「何がおかしいのですか」
「いや、何でもない。お前は、本当に天然だな」
「天然……」
「忘れろ」
レオナルドが、肩をすくめた。
ルーカスは、ますます困惑した。
* * *
晩餐会の後、ルーカスは庭園に呼び出された。
アリシア王女からだった。
断ることもできたが、それは失礼だろう。
ルーカスは、庭園に向かった。
セラも、一緒に来ようとした。
「殿下、私も同行します」
「いいえ、セラさん。王女殿下は、二人きりで話したいようです」
「でも……」
「大丈夫です。すぐに戻ります」
「……分かりました」
セラは、不安そうな顔をしていた。
ルーカスは、その顔を見て、胸が痛くなった。
しかし、王女を無視するわけにはいかない。
庭園に着くと、アリシアが待っていた。
月明かりの下で、彼女の銀髪が輝いていた。
「ルーカス殿下、来てくださったのですね」
「はい。お呼びでしたので」
「嬉しいですわ」
アリシアが、微笑んだ。
その笑顔は、本当に美しかった。
「さあ、座ってください」
庭園のベンチには、お茶とお菓子が用意されていた。
二人は、向かい合って座った。
「ルーカス殿下、色々とお聞きしたいことがありますの」
「何でしょうか」
「殿下は、どのような方なのですか」
「どのような……」
「噂では、とても強いと聞いています。でも、お会いしてみると、とても穏やかな方ですわ」
「そうですか」
「ええ。ギャップが、素敵だと思います」
アリシアが、身を乗り出した。
その距離が、少し近かった。
「殿下、お付き合いしている方は、いらっしゃいますか」
「お付き合い……」
「恋人は、いらっしゃるのかしら」
「恋人……」
ルーカスは、その質問に困惑した。
恋人とは、何だろうか。
セラのことを、思い浮かべた。
しかし、セラは恋人なのだろうか。
よく分からなかった。
「いません……と思います」
「思う……?」
「はい。よく分かりません」
「面白い方ですわね」
アリシアが、くすくすと笑った。
ルーカスは、ますます困惑した。
「殿下、私は殿下に興味がありますの」
「興味……」
「ええ。もっと、殿下のことを知りたいですわ」
「……」
「もし良ければ、これからも交流を続けませんか」
「交流……」
「手紙のやり取りとか。お互いの国のことを、教え合うとか」
「……」
ルーカスは、どう答えればいいか分からなかった。
王女の提案を断るのは、外交上まずいだろう。
しかし、安易に受け入れるのも、何か違う気がした。
「考えさせてください」
「え……」
「すみません。今すぐには、答えられません」
「そうですか……」
アリシアが、少し残念そうな顔をした。
しかし、すぐに笑顔に戻った。
「分かりました。急ぎません。ゆっくり、考えてくださいね」
「ありがとうございます」
「では、今日はこのくらいで」
「はい。お茶、ありがとうございました」
ルーカスは、立ち上がった。
アリシアに一礼して、庭園を後にした。
* * *
宿泊先に戻ると、セラが待っていた。
廊下で、壁に寄りかかって立っていた。
「殿下、お帰りなさい」
「セラさん、待っていてくれたのですか」
「……はい」
「ありがとうございます」
「王女殿下とのお話は、いかがでしたか」
「……」
ルーカスは、少し考えた。
そして、正直に答えた。
「よく分かりませんでした」
「分からない……?」
「王女殿下は、僕に興味があると言っていました。交流を続けたいとも」
「……」
「でも、なぜ僕に興味があるのか、分かりません」
「……」
セラは、黙っていた。
その表情は、複雑だった。
「セラさん、王女殿下の言葉は、どういう意味ですか」
「……」
「僕に興味がある、というのは……」
「殿下、それは……」
セラが、言いかけて、止まった。
そして、深くため息をついた。
「殿下は、本当に分からないのですね」
「はい」
「王女殿下は、殿下のことが好きなのです」
「好き……」
「はい。恋愛感情を持っている、ということです」
「恋愛感情……」
ルーカスは、その言葉を噛み締めた。
恋愛感情。
それは、前世にはなかった概念だ。
この世界に来てから、少しずつ学んでいる。
「僕は、王女殿下に恋愛感情を持っていません」
「……」
「だから、交流を続けるのは、難しいと思います」
「……そうですか」
「でも、断り方が分かりません」
「……」
セラが、小さく笑った。
その笑顔には、安堵の色が浮かんでいた。
「殿下、断り方は、私が教えます」
「本当ですか」
「はい。明日、一緒に考えましょう」
「ありがとうございます、セラ」
「いいえ」
二人は、微笑み合った。
夜が更けていく。
明日も、新しい一日が始まる。




