第44話:クラウスとの友情イベント
外交実習の五日目。
今日は、自由行動の日だった。
参加者たちは、各自で王都を見学することを許されていた。
ルーカスとセラは、宿泊先の貴賓館のロビーにいた。
今日の予定を、相談していた。
「殿下、どこに行きたいですか」
「そうですね……」
ルーカスは、少し考えた。
エルザリア王国には、見たいものがたくさんある。
美術館、図書館、市場、庭園。
どれも、興味深かった。
「殿下、お待ちしておりました」
声をかけられて、振り返った。
クラウス・フォン・シュタイナーが、立っていた。
歓迎の晩餐会で会った、若い貴族だ。
「クラウス殿」
「今日は自由行動の日と聞きました。もしよろしければ、私が王都をご案内しましょうか」
「案内……」
「はい。私は、この王都で生まれ育ちました。穴場の名所を、たくさん知っています」
「それは、ありがたいですね」
ルーカスが、微笑んだ。
クラウスも、微笑んだ。
「セラさんも、一緒にどうですか」
「私も……いいのですか」
「もちろんです。殿下のお付きの方なら、歓迎いたします」
「ありがとうございます」
セラが、少し緊張しながら頷いた。
三人で、王都の見学に出かけることになった。
* * *
クラウスの案内で、最初に訪れたのは、王立美術館だった。
エルザリア王国が誇る、芸術品のコレクションが展示されている場所だ。
「この美術館は、三百年の歴史があります」
「三百年……」
「はい。王家が代々収集した芸術品が、展示されています」
クラウスが、館内を案内してくれた。
絵画、彫刻、装飾品。
どれも、素晴らしいものばかりだった。
「この絵は、有名な画家の作品です」
クラウスが、一枚の絵の前で立ち止まった。
大きな絵画だった。
森の中で、妖精たちが踊っている場面が描かれていた。
「美しい……」
ルーカスは、その絵に見入った。
色彩が、鮮やかだった。
光と影の表現が、繊細だった。
まるで、本当に妖精たちがそこにいるようだった。
「殿下は、芸術がお好きですか」
「好き……かどうか、分かりません。でも、美しいものを見ると、胸が温かくなります」
「それが、芸術を好きということです」
「そうですか」
「はい。芸術は、心を動かすものです。殿下は、心が動いている。だから、芸術が好きなのです」
クラウスの言葉に、ルーカスは少し考えた。
心が動く。
それは、前世にはなかった感覚だ。
この世界に来てから、少しずつ感じられるようになってきた。
「クラウス殿は、芸術に詳しいのですね」
「ええ。私の家は、代々芸術を支援してきました。絵画や音楽、演劇など、様々な芸術家を後援しています」
「素晴らしいですね」
「ありがとうございます。私も、芸術を愛しています」
クラウスが、誇らしげに微笑んだ。
* * *
美術館を出た後、三人は市場に向かった。
エルザリア王国最大の市場だ。
広い通りに、たくさんの店が並んでいた。
「この市場は、毎日開かれています。食料品から装飾品まで、何でも揃います」
「すごい……」
ルーカスは、周囲を見回した。
活気に満ちた雰囲気だった。
人々が、楽しそうに買い物をしていた。
商人たちが、威勢の良い声で客を呼び込んでいた。
「殿下、あれは何ですか」
セラが、一つの店を指さした。
甘い香りが、漂ってきていた。
「ああ、あれは焼き菓子の店ですね」
クラウスが、説明してくれた。
「エルザリア王国名物の、蜂蜜ケーキです」
「蜂蜜ケーキ……」
「とても美味しいですよ。試してみますか」
「はい、ぜひ」
三人は、その店に向かった。
店主が、にこやかに迎えてくれた。
蜂蜜ケーキを、三つ買った。
温かいケーキを、手に取った。
「いただきます」
ルーカスが、一口かじった。
甘い蜂蜜の香りが、口の中に広がった。
ふわふわの生地と、とろりとした蜂蜜。
絶妙なバランスだった。
「美味しい……」
「でしょう? 私も、大好きです」
クラウスが、嬉しそうに言った。
セラも、美味しそうにケーキを食べていた。
「殿下、美味しいですね」
「はい。とても美味しいです」
「エルザリア王国の料理は、本当に素晴らしいですね」
「はい」
三人は、市場を歩きながら、様々なものを見て回った。
果物、野菜、魚、肉。
手工芸品、装飾品、衣類。
どれも、興味深いものばかりだった。
* * *
昼過ぎ、三人は王立庭園に来ていた。
広大な庭園で、美しい花々が咲き誇っていた。
噴水の周りには、ベンチが並んでいた。
「ここは、私のお気に入りの場所です」
クラウスが、言った。
三人は、ベンチに座った。
「素敵な場所ですね」
「はい。子供の頃から、よく来ていました」
「クラウス殿は、どのような子供時代を過ごしたのですか」
「普通の貴族の子供ですよ。剣術の稽古、勉強、社交。忙しい毎日でした」
「剣術……」
「ええ。我が家は、騎士の家系でもあります。剣の腕は、それなりに鍛えられました」
クラウスが、少し誇らしげに言った。
「実は、殿下にお願いがあります」
「何でしょうか」
「手合わせを、お願いできませんか」
「手合わせ……」
「晩餐会でもお話ししましたが、殿下の剣の腕前を、ぜひ拝見したいのです」
「……」
ルーカスは、少し考えた。
手合わせ。
力を見せることになる。
しかし、断るのも失礼だろう。
「セラさん、どう思いますか」
「私は……」
セラが、少し困った顔をした。
しかし、すぐに答えた。
「友好的な手合わせなら、問題ないと思います」
「分かりました。では、お受けします」
「ありがとうございます!」
クラウスの顔が、輝いた。
本当に嬉しそうだった。
* * *
午後、貴賓館の訓練場で、手合わせが行われた。
木剣を使った、友好的な試合だ。
セラと、クラウスの従者が、見学していた。
「では、始めましょう」
「はい」
二人が、向かい合った。
木剣を構える。
「お手柔らかに」
「こちらこそ」
クラウスが、先に動いた。
速い。
エルザリア王国の剣術は、自国とは少し違うスタイルだった。
より軽快で、流れるような動きだった。
ルーカスは、その攻撃を受け止めた。
力を抑えている。
普通の人間の力で、戦っている。
「さすがですね、殿下」
「クラウス殿こそ」
二人の剣が、何度もぶつかり合った。
クラウスの攻撃は、的確で鋭かった。
かなりの実力者だ。
しかし、ルーカスにとっては、対処できる範囲だった。
数分間の攻防の後、ルーカスはクラウスの隙を突いた。
木剣が、クラウスの胸元で止まった。
「……参りました」
クラウスが、剣を下ろした。
悔しそうな顔ではなかった。
むしろ、嬉しそうだった。
「素晴らしい剣でした、殿下」
「クラウス殿も、お強かったです」
「いえいえ。殿下の剣は、見たことがないほど洗練されていました」
「そうですか……」
「はい。噂通りの実力ですね」
クラウスが、にこりと笑った。
* * *
手合わせの後、二人は訓練場のベンチで休んでいた。
水を飲みながら、話をしていた。
「殿下、一つ聞いてもいいですか」
「何でしょうか」
「殿下の剣は、どこで学ばれたのですか。とても独特な型でした」
「独特……」
「はい。私が知っている、どの流派とも違いました」
「……」
ルーカスは、少し考えた。
どう答えるべきだろうか。
前世で培った戦闘技術だとは、言えない。
「独学です」
「独学……?」
「はい。自分で、考えました」
「それで、あれほどの剣を……すごいですね」
「ありがとうございます」
クラウスは、感心したように頷いた。
疑っている様子はなかった。
「殿下、もう一つ聞いてもいいですか」
「はい」
「殿下は、何のために剣を振っていますか」
「何のために……」
「私は、家を守るために剣を学びました。殿下は、何を守るために剣を振っていますか」
その質問に、ルーカスは少し考えた。
何を守るために。
答えは、一つだった。
「大切な人を、守るためです」
「大切な人……」
「はい。傍にいてくれる人、支えてくれる人。その人たちを、守りたいのです」
「……」
クラウスは、黙って聞いていた。
そして、微笑んだ。
「殿下、あなたは本当に素晴らしい方ですね」
「え……」
「私も、同じです。大切な人を守るために、剣を振っています」
「そうですか」
「はい。殿下とは、気が合いそうです」
クラウスが、手を差し出した。
握手を求めていた。
「友人として、これからもよろしくお願いします」
「……はい。よろしくお願いします」
ルーカスは、クラウスの手を握った。
力加減に気をつけながら。
温かい握手だった。
* * *
その夜、貴賓館の食堂で、夕食が行われた。
クラウスも、招待されていた。
ルーカス、セラ、クラウスの三人で、テーブルを囲んでいた。
「今日は、楽しかったです」
ルーカスが、言った。
「私も、楽しかったです」
クラウスが、微笑んだ。
「殿下との手合わせ、勉強になりました」
「いえ、クラウス殿の剣術も、とても参考になりました」
「ありがとうございます」
セラは、二人のやり取りを見ていた。
少し、複雑な表情だった。
「ヴェルディ殿も、剣士なのですよね」
クラウスが、セラに声をかけた。
「はい。騎士科で学んでいます」
「もしよろしければ、明日、手合わせをお願いできますか」
「私と……ですか」
「はい。隣国の騎士科の実力を、見てみたいのです」
「……分かりました」
セラが、少し緊張しながら答えた。
クラウスは、にこりと笑った。
「楽しみにしています」
* * *
夕食後、ルーカスとセラは、貴賓館の廊下を歩いていた。
「セラさん、今日はどうでしたか」
「楽しかったです」
「本当ですか」
「はい。エルザリア王国の文化を、たくさん知ることができました」
「良かったです」
ルーカスが、微笑んだ。
セラも、微笑んだ。
しかし、その笑顔は、少し硬かった。
「セラさん、何か気になることがありますか」
「いえ……」
「正直に、教えてください」
「……」
セラは、少し黙っていた。
そして、小さな声で言った。
「クラウス殿は、いい方ですね」
「はい」
「殿下と、気が合っているようでした」
「そうですか」
「友人ができて、良かったですね」
「……」
ルーカスは、セラの言葉の裏にある感情を、感じ取った。
何か、引っかかっているようだった。
「セラ、あなたは僕の一番の友人です」
「え……」
「クラウス殿は、新しい友人です。でも、セラが一番です」
「殿下……」
「それは、変わりません」
ルーカスが、まっすぐにセラを見つめた。
セラの顔が、赤くなった。
「ありがとうございます、殿下」
「ルーカス、です」
「……ルーカス」
二人は、お互いを見つめ合った。
夜風が、廊下の窓から吹き込んでいた。
「明日も、一緒に頑張りましょう」
「はい」
「おやすみなさい、セラ」
「おやすみなさい、ルーカス」
二人は、それぞれの部屋に入った。
* * *
ルーカスは、ベッドに横になった。
今日のことを、思い返していた。
クラウスとの出会い。
美術館、市場、庭園。
手合わせ。
そして、友人としての約束。
新しい友人ができた。
それは、嬉しいことだった。
人間として生きる中で、友人は大切な存在だ。
しかし、セラの様子が少し気になった。
何か、引っかかっているようだった。
自分には、分からない感情があるのかもしれない。
「人間の感情は、複雑だ……」
小さく呟いた。
まだまだ、学ぶことがたくさんある。
それでも、一歩ずつ前に進んでいる。
明日も、新しい一日が始まる。
新しい出会い、新しい経験。
それを、楽しみにしながら、眠りについた。




