第42話:外交マナー訓練(天然ボケ連発)
外交実習の二日目。
今日は、外交マナーの訓練が行われた。
エルザリア王国の宮廷作法を学ぶ授業だ。
「では、皆さん。エルザリア王国の挨拶の作法について、説明します」
講師は、エルザリア王国の宮廷儀礼官だった。
厳格な表情の老人で、背筋がぴんと伸びていた。
「まず、王族への挨拶です。膝を折って、深くお辞儀をします」
「膝を折る……」
ルーカスは、その言葉を聞いて、少し考えた。
膝を折る。
それは、どういう意味だろうか。
文字通り、膝を折ることだろうか。
「では、実践してみましょう。第三王子殿下、まずあなたからどうぞ」
「はい」
ルーカスは、前に出た。
講師の前に立つ。
そして、「膝を折る」という言葉を思い出した。
ルーカスは、本当に膝を折った。
地面に膝をつき、そのまま深くお辞儀をした。
まるで、完全に平伏するような姿勢だった。
「……殿下」
講師が、困惑した声で言った。
「はい」
「それは、少しやりすぎです」
「やりすぎ……」
「『膝を折る』というのは、比喩的な表現です。実際に膝をつく必要はありません」
「比喩……」
ルーカスは、きょとんとした。
比喩的な表現だったのか。
文字通りの意味ではなかったのか。
「すみません。理解していませんでした」
「いいえ。説明が不十分でした」
講師が、もう一度説明した。
「『膝を折る』というのは、膝を曲げてお辞儀をする、という意味です。地面にはつきません」
「なるほど……」
「では、もう一度どうぞ」
「はい」
ルーカスは、再挑戦した。
今度は、膝を少し曲げて、上半身を傾けた。
しかし、曲げすぎた。
ほとんど九十度近くまで曲がっていた。
「……殿下、もう少し浅くていいですよ」
「浅く……」
「はい。十五度から三十度くらいです」
「分かりました」
三度目の挑戦。
ルーカスは、慎重に角度を調整した。
十五度……いや、二十度くらい。
今度は、ちょうど良さそうだった。
「はい、良いですね。それくらいでいいです」
「ありがとうございます」
ルーカスは、ほっとした。
後ろで、セラがくすくすと笑っていた。
* * *
次は、握手の作法だった。
「エルザリア王国では、握手も重要な挨拶です」
「握手……」
「はい。相手の手を握り、軽く上下に振ります」
「分かりました」
講師が、手を差し出した。
ルーカスは、その手を握った。
ミシッ。
「……っ」
講師の顔が、歪んだ。
ルーカスの握力が、強すぎたのだ。
「すみません!」
ルーカスは、慌てて手を離した。
講師が、自分の手を振っていた。
痺れているようだった。
「殿下、もう少し……優しく……」
「はい。すみません」
「力加減を、気をつけてください」
「分かりました」
ルーカスは、反省した。
つい、力を入れてしまった。
普段から気をつけているのに、緊張すると忘れてしまう。
「では、もう一度」
「はい」
講師が、再び手を差し出した。
ルーカスは、今度は本当に軽く握った。
羽毛を握るように。
風を掴むように。
「……殿下、もう少し強くても大丈夫ですよ」
「え……」
「今のは、ほとんど触れていませんでした」
「そうですか……」
力加減は、本当に難しかった。
強すぎても弱すぎてもダメ。
その中間を見つけるのが、大変だった。
「三度目で、ちょうど良い力加減を見つけましょう」
「はい」
三度目の握手。
ルーカスは、慎重に力を調整した。
普通の人間が握手するときの力を、想像しながら。
「はい、良いですね。それくらいです」
「ありがとうございます」
ようやく、合格をもらえた。
ルーカスは、深くため息をついた。
* * *
次は、言葉遣いの訓練だった。
「エルザリア王国では、敬語の使い方が自国と少し違います」
「違う……」
「はい。特に、王族への呼びかけ方が異なります」
「どのように違いますか」
「自国では『陛下』や『殿下』ですが、エルザリアでは『至高なる方』という表現を使います」
「至高なる方……」
ルーカスは、その言葉を覚えようとした。
しかし、少し複雑だった。
「では、練習しましょう。私がエルザリア王だと仮定して、挨拶してください」
「分かりました」
ルーカスは、講師の前に立った。
深呼吸をして、挨拶を始めた。
「至高なる方、お会いできて光栄です」
「はい、良いですね。続けてください」
「私は、隣国より参りました、ルーカスと申します」
「はい」
「この度は、お招きいただき、誠にありがとうございます」
「素晴らしい。完璧です」
講師が、満足そうに頷いた。
ルーカスは、少しほっとした。
言葉遣いは、何とかできたようだ。
「では、次に……」
講師が、別の課題を出そうとした。
そのとき、ルーカスが質問した。
「講師、一つ聞いてもいいですか」
「何でしょう」
「『膝が折れるほど感謝する』という表現は、どのくらい膝を曲げればいいのですか」
「……」
講師が、言葉を失った。
セラが、また笑いを堪えていた。
「殿下、それも比喩です」
「比喩……」
「実際に膝を曲げる必要はありません。『とても感謝している』という意味です」
「なるほど……比喩が多いですね」
「はい。言葉には、文字通りの意味と、比喩的な意味があります」
「難しいですね」
「慣れれば、自然に分かるようになります」
講師が、微笑んだ。
ルーカスは、まだ少し困惑していた。
* * *
休憩時間、セラがルーカスに声をかけた。
「殿下、比喩が苦手なのですね」
「苦手……というか、よく分かりません」
「前世には、比喩がなかったのですか」
「ありませんでした。命令は、すべて文字通りに解釈していました」
「なるほど……」
セラが、少し考えた。
そして、提案した。
「私が、比喩の一覧を作りましょうか」
「一覧……」
「よく使われる比喩表現と、その意味をまとめたものです」
「それは、助かります」
「では、今夜、作りますね」
「ありがとうございます、セラ」
ルーカスが、嬉しそうに微笑んだ。
セラも、微笑んだ。
「殿下は、本当にまっすぐですね」
「まっすぐ……」
「言葉を、そのまま受け取ります。嘘や皮肉が、分からないところがあります」
「それは、悪いことですか」
「いいえ。良いことだと思います」
「そうですか」
「はい。殿下の純粋さは、素敵です」
セラの言葉に、ルーカスの胸が温かくなった。
* * *
午後の訓練も、続いた。
今度は、食事のマナーだった。
「エルザリア王国の食事作法は、自国と少し異なります」
「また違うのですね」
「はい。特に、ナイフとフォークの使い方が異なります」
「どのようにですか」
「自国では、右手にナイフ、左手にフォークですが、エルザリアでは逆です」
「逆……」
「はい。左手にナイフ、右手にフォークです」
「分かりました」
ルーカスは、ナイフとフォークを手に取った。
左手にナイフ、右手にフォーク。
慣れない持ち方だった。
「では、このステーキを切ってみてください」
「はい」
ルーカスは、ステーキにナイフを当てた。
切ろうとした。
ザクッ。
ナイフが、皿まで貫通した。
テーブルに、傷がついていた。
「……殿下」
「すみません。力加減が……」
「いいえ。私の説明が不十分でした」
講師が、疲れた表情で言った。
今日、何度目の失敗だろうか。
「もう一度、練習しましょう」
「はい」
ルーカスは、新しい皿とステーキを受け取った。
今度こそ、うまくやりたい。
訓練は、夕方まで続いた。
ルーカスは、何度も失敗し、何度も練習した。
しかし、少しずつ上達していった。
比喩も、力加減も、食事作法も。
全部、練習すれば上手くなる。
それが、人間として生きるということだった。
「今日は、お疲れ様でした」
講師が、訓練の終わりを告げた。
ルーカスは、深くお辞儀をした。
今度は、ちょうど良い角度で。
「ありがとうございました」
「明日も、頑張りましょう」
「はい」
ルーカスは、セラと一緒に部屋に戻った。
疲れていた。
しかし、充実感もあった。
新しいことを学ぶのは、楽しかった。
「殿下、今日は大変でしたね」
「はい。比喩が、本当に難しかったです」
「でも、上達しましたよ」
「そうですか」
「はい。最後のお辞儀、完璧でした」
「ありがとうございます」
ルーカスが、微笑んだ。
セラも、微笑んだ。
外交実習は、まだ始まったばかりだ。
これから、もっとたくさんのことを学ぶ。
失敗もするだろう。
でも、それでいい。
失敗から学べばいい。
それが、人間として成長するということだから。




