第40話:第2部完結「外交実習への出発、セラと共に」
特別監査から、一週間が経った。
ルーカスの傷は、ほとんど治っていた。
「自己修復」のおかげだろう。
しかし、心の傷は、まだ残っていた。
「殿下、お呼び出しです」
侍女が、告げに来た。
学院長からの呼び出しだった。
また、何かあったのだろうか。
ルーカスは、少し緊張しながら、学院長室に向かった。
* * *
学院長室に入ると、学院長が待っていた。
その表情は、穏やかだった。
悪い知らせではなさそうだ。
「殿下、お座りください」
「はい」
ルーカスは、椅子に座った。
学院長が、書類を差し出した。
「教会から、正式な通達が来ました」
「通達……」
「外交実習への参加が、認められました」
「……え」
ルーカスは、目を丸くした。
予想外の言葉だった。
「特別監査の結果、殿下は『外交実習に参加可能』と判断されました」
「でも、あの監査は……」
「中止になりましたが、それまでの殿下の対応が評価されたようです」
「対応……」
「殿下は、三人の粛清騎士を相手に、一度も暴力的な反撃をしませんでした。それが、『自制心がある』という評価に繋がったようです」
「……」
ルーカスは、複雑な気持ちだった。
あの監査は、明らかに罠だった。
暴走させようとしていた。
それなのに、「自制心がある」と評価されたのは、皮肉だった。
「殿下、深く考えなくていいと思います」
「はい……」
「結果として、外交実習に参加できることになりました。それが、大切です」
「そうですね」
ルーカスが、頷いた。
学院長の言う通りだ。
結果が良ければ、それでいい。
「外交実習の詳細を、お伝えしますね」
「はい」
「今年の外交実習は、隣国エルザリア王国への訪問です」
「エルザリア王国……」
「はい。友好国であり、長年の同盟関係にあります」
「何日間ですか」
「二週間です。現地での滞在と、外交マナーの実習が行われます」
「参加者は」
「選抜された貴族科と騎士科の生徒、約二十名です」
学院長が、参加者リストを見せた。
そこには、ルーカスの名前があった。
そして、もう一つの名前も。
「セラフィーナ・ヴェルディ……」
「はい。ヴェルディ殿も、参加が認められました」
「……本当ですか」
「はい。殿下の監督役として、同行することになりました」
ルーカスの顔が、明るくなった。
セラと一緒に行ける。
それが、何より嬉しかった。
「ありがとうございます」
「私は、何もしていません。ヴェルディ殿の実力が認められたのです」
「そうですか」
「彼女は、騎士科の中でもトップクラスの成績です。外交実習の参加資格は、十分に満たしています」
「そうですね」
ルーカスが、誇らしげに微笑んだ。
セラは、本当に優秀だ。
それを、改めて実感した。
* * *
学院長室を出ると、セラが廊下で待っていた。
彼女も、知らせを受けていたようだった。
「殿下、外交実習……」
「一緒に行けるね」
「はい」
「嬉しいです」
「私も、です」
二人は、お互いを見つめた。
自然と、微笑みがこぼれた。
「セラ、ありがとう」
「何がですか」
「いつも、傍にいてくれて」
「……当然のことです」
「でも、ありがとう」
「……はい」
セラの顔が、少し赤くなった。
ルーカスは、その反応が可愛いと思った。
「外交実習、楽しみですね」
「はい。初めての国外です」
「僕も、初めてです」
「緊張しますか」
「少しだけ。でも、セラがいるから、大丈夫です」
「殿下……」
「一緒に、頑張りましょう」
「はい」
二人は、手を握り合った。
新しい冒険が、始まろうとしていた。
* * *
外交実習の出発日。
学院の門前に、参加者たちが集まっていた。
馬車が、数台並んでいた。
荷物が、積み込まれていた。
「では、出発します」
引率の教官が、宣言した。
参加者たちが、馬車に乗り込んでいく。
ルーカスとセラも、同じ馬車に乗った。
「殿下、緊張していますか」
「少しだけ」
「私も、です」
「でも、楽しみです」
「はい。私も」
二人は、窓の外を見た。
学院が、少しずつ遠ざかっていく。
新しい世界に向かって、旅立とうとしていた。
「セラ」
「はい」
「外交実習で、何をしたいですか」
「何を……」
「エルザリア王国で、見たいものとか、やりたいこととか」
「そうですね……」
セラが、少し考えた。
そして、答えた。
「殿下と一緒に、色々な場所を見たいです」
「色々な場所……」
「はい。エルザリア王国の街並み、お城、文化。全部、殿下と一緒に見たいです」
「……僕も、同じです」
「本当ですか」
「はい。セラと一緒なら、何でも楽しいと思います」
ルーカスが、微笑んだ。
セラの顔が、赤くなった。
「殿下は、本当に……」
「本当に?」
「いえ、何でもありません」
「そうですか」
ルーカスは、首を傾げた。
セラの言葉の意味が、分からなかった。
しかし、悪いことではなさそうだった。
* * *
馬車は、街道を進んでいった。
窓の外には、冬の景色が広がっていた。
雪に覆われた丘、凍った川、静かな村々。
どれも、美しかった。
「きれいですね」
「はい」
「この世界は、本当に美しいです」
「殿下……」
「前世では、こんな景色を見たことがありませんでした」
「前世……」
「戦いの場所しか、知りませんでした。こんな平和な景色は、初めてです」
ルーカスの言葉に、セラは胸が痛くなった。
彼の前世は、戦いだけの世界だった。
美しいものを、見ることができなかった。
「殿下、これからは、たくさんの美しいものを見ましょう」
「はい」
「一緒に、世界中を旅しましょう」
「世界中……」
「はい。エルザリア王国だけでなく、もっと色々な場所を」
「いいですね」
「いつか、きっと」
セラが、微笑んだ。
ルーカスも、微笑んだ。
未来への希望が、胸に広がった。
* * *
夕方、馬車が宿場町に到着した。
今日は、ここで一泊する。
明日の朝、再び出発する予定だ。
宿に入り、部屋を割り当てられた。
ルーカスとセラは、隣同士の部屋だった。
「殿下、おやすみなさい」
「おやすみなさい、セラ」
「明日も、楽しみですね」
「はい。楽しみです」
二人は、お互いの部屋に入った。
ルーカスは、ベッドに横になった。
天井を見上げながら、今日のことを思い返した。
外交実習への参加が認められた。
セラと一緒に行ける。
新しい国を、見ることができる。
それが、とても嬉しかった。
特別監査は、辛い経験だった。
暴走しかけた。
でも、乗り越えられた。
セラが、助けてくれた。
味方が、いてくれた。
「人間として、生きている」
小さく呟いた。
それが、自分の夢だった。
そして、少しずつ、夢は叶いつつあった。
感情を持ち、人と関わり、世界を見る。
それが、人間として生きるということだ。
自分は、確実に人間になってきている。
「セラのおかげだ」
彼女がいなければ、ここまで来られなかった。
彼女が、自分を人間にしてくれた。
その感謝の気持ちは、言葉にできないほど大きかった。
* * *
翌朝、再び出発した。
馬車は、国境に向かって進んでいった。
もうすぐ、エルザリア王国に入る。
新しい冒険が、始まる。
「殿下、見えてきました」
セラが、窓の外を指さした。
遠くに、大きな門が見えた。
国境の関所だ。
「エルザリア王国……」
「はい。もうすぐです」
「緊張しますね」
「でも、大丈夫です」
「そうですね。セラがいるから」
「私がいても、いなくても、殿下は大丈夫です」
「……そうかもしれません。でも、セラがいた方が、心強いです」
「……ありがとうございます」
セラが、少し照れくさそうに微笑んだ。
ルーカスも、微笑んだ。
馬車が、国境を越えた。
エルザリア王国に入った。
新しい世界が、広がっていた。
「第2部、終わりですね」
「え?」
「いえ、何でもありません」
ルーカスが、小さく笑った。
セラは、首を傾げた。
ルーカスの言葉の意味が、分からなかった。
しかし、悪いことではなさそうだった。
むしろ、新しい始まりを感じさせる言葉だった。
「セラ」
「はい」
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「一緒に、乗り越えていきましょう」
「はい。一緒に」
二人は、手を握り合った。
新しい世界へ、二人で踏み出した。
困難は、まだまだ続くだろう。
教会の監視も、続くだろう。
しかし、一人ではない。
セラがいる。
友人がいる。
味方がいる。
人間として生きる夢を、叶えるために。
大切な人を守るために。
ルーカスは、これからも歩き続ける。
* * *
――第2部「実技祭・武闘会編」完
次回、第3部「遠征・外交実習編」へ続く。




