第36話:冬休み前の不穏な空気(教会の動きが活発化)
学期末試験が終わり、冬休みが近づいていた。
学院は、どこか浮かれた雰囲気に包まれていた。
生徒たちは、休暇の計画を話し合っていた。
しかし、ルーカスの周囲には、不穏な空気が漂い始めていた。
「殿下、見てください」
セラが、窓の外を指さした。
ルーカスは、そちらを見た。
学院の門の前に、黒い衣を着た人々が立っていた。
教会の監察官だ。
その数は、以前よりも増えていた。
「監察官が、増えていますね」
「はい。三人から、五人になっています」
「なぜでしょうか」
「分かりません。でも、良い兆候ではないと思います」
セラの表情が、曇った。
ルーカスも、不安を感じた。
* * *
その日の放課後、学院長から呼び出しがあった。
ルーカスは、セラと共に学院長室に向かった。
「殿下、お呼びした理由は、お分かりですか」
「監察官のことですか」
「はい」
学院長の表情は、険しかった。
何か、重大なことがあるようだった。
「教会本部から、通達が来ました」
「通達……」
「監察官の増員についてです」
学院長が、書類を差し出した。
ルーカスは、それを受け取って読んだ。
書類には、こう書かれていた。
「第三王子ルーカス殿下に対する監視体制の強化について」
「監視体制の強化……」
「はい。これまでの三名から、五名に増員されました」
「理由は、何ですか」
「……実技祭での殿下の活躍が、問題視されたようです」
「実技祭……」
「殿下が優勝したこと、そして決勝戦での戦いが、『異常な能力の証拠』として報告されました」
「……」
ルーカスは、唇を噛んだ。
実技祭で目立ってしまったことが、裏目に出ていた。
「さらに、冬休み中の行動についても、監視が行われます」
「冬休み中……」
「殿下が王宮に戻られる間も、監察官が同行することになりました」
「王宮にも……」
「はい。教会は、殿下から目を離すつもりがないようです」
学院長の声には、苦々しさが滲んでいた。
彼女も、この状況を快く思っていないのだろう。
「殿下、くれぐれも気をつけてください」
「はい」
「冬休み中は、できるだけ目立たないようにしてください」
「分かりました」
「何かあれば、すぐに連絡してください」
「ありがとうございます」
ルーカスは、頭を下げた。
学院長も、小さく頷いた。
* * *
学院長室を出た後、ルーカスとセラは廊下を歩いていた。
二人とも、無言だった。
重い空気が、漂っていた。
「殿下……」
「分かっています」
「監視が、強まっていますね」
「はい。教会は、本気で僕を追い詰めようとしています」
「……」
「でも、諦めません」
ルーカスが、まっすぐ前を見て言った。
セラは、その横顔を見つめた。
「冬休み、私も殿下と一緒に行きたいのですが……」
「セラさんは、実家に帰るのですよね」
「はい。でも、殿下のことが心配で……」
「大丈夫です。王宮には、味方もいますから」
「味方……」
「母上とか。兄上も、最近は優しくしてくれます」
「そうですか……」
セラは、少し安心したような、しないような表情を浮かべた。
「セラさん、冬休みは実家で休んでください」
「でも……」
「セラさんのご家族も、セラさんに会いたがっているでしょう」
「……はい」
「だから、心配しないでください。僕は、大丈夫です」
「殿下……」
セラの目に、涙が浮かんだ。
ルーカスは、その手を取った。
「また、新学期に会いましょう」
「はい」
「それまで、お元気で」
「殿下も」
二人は、お互いを見つめた。
別れが近づいていることが、寂しかった。
* * *
その夜、ルーカスは部屋で一人、考えていた。
教会の監視が強まっている。
冬休み中も、監察官が同行する。
それは、とても窮屈なことだった。
しかし、もっと心配なことがあった。
教会が、何を企んでいるのか。
監視を強めているのは、何かを準備しているからかもしれない。
「禁忌」としての正式な認定。
あるいは、もっと恐ろしいこと。
「考えすぎだといいのですが……」
小さく呟いた。
窓の外を見る。
冬の夜空に、星が輝いていた。
セラと離れる冬休み。
監察官に囲まれた生活。
それを乗り越えなければならない。
「大丈夫。大丈夫だ」
自分に言い聞かせた。
セラの笑顔を思い浮かべる。
彼女がいるから、頑張れる。
彼女のために、頑張りたい。
* * *
冬休み前日。
学院は、お別れの雰囲気に包まれていた。
生徒たちが、友人との別れを惜しんでいた。
ルーカスとセラも、中庭で向かい合っていた。
「殿下、これを」
セラが、小さな袋を差し出した。
中には、何かが入っているようだった。
「これは……」
「お守りです」
「お守り……」
「私の故郷に伝わるものです。身につけていると、災いから守ってくれると言われています」
「ありがとうございます」
ルーカスは、袋を受け取った。
中を見ると、小さな石のペンダントが入っていた。
青い石で、きれいだった。
「セラさん、大切なものでは……」
「大切です。だから、殿下に持っていてほしいのです」
「でも……」
「殿下を守ってくれるはずです。お願いです、受け取ってください」
セラの目が、真剣だった。
ルーカスは、その気持ちを受け取った。
「ありがとうございます。大切にします」
「はい」
「必ず、返しますね」
「いいえ。殿下のものです」
「でも……」
「私が殿下に贈ったものです。返さなくていいです」
セラが、微笑んだ。
ルーカスも、微笑んだ。
「では、僕からも」
「え……」
ルーカスは、ポケットから何かを取り出した。
小さな布の袋だった。
「これは……」
「手袋です。僕が選びました」
「手袋……」
「セラさんは、いつも僕の手を握ってくれますよね。だから、温かい手袋があったらいいと思って」
「殿下……」
セラが、袋を受け取った。
中を見ると、柔らかそうな革の手袋が入っていた。
内側には、暖かい毛皮が敷いてあった。
「とても、素敵な手袋です」
「気に入ってもらえましたか」
「はい。大切にします」
「冬は寒いですから、使ってください」
「はい」
セラの目に、涙が浮かんだ。
嬉しくて、泣きそうになっていた。
「セラさん、泣いていますか」
「泣いていません。風が、目に入っただけです」
「そうですか」
「……はい」
セラが、涙を拭った。
ルーカスは、その姿を見て、胸が温かくなった。
「では、また新学期に」
「はい。また会いましょう」
「殿下、お気をつけて」
「セラさんも」
二人は、お互いの手を握り合った。
しばらく、そのまま立っていた。
離れたくなかった。
しかし、やがて手を離す時が来た。
「さようなら、セラ」
「さようなら、ルーカス」
お互いの名前を呼び合った。
それが、二人の約束だった。
また会う、という約束。
セラが、去っていった。
ルーカスは、その背中を見送った。
胸が、きゅっと痛んだ。
「また会える。大丈夫だ」
自分に言い聞かせた。
セラからもらったお守りを、首にかけた。
彼女の気持ちが、伝わってくる気がした。
* * *
翌日、ルーカスは王宮に向けて出発した。
学院の門には、五人の監察官が待っていた。
彼らは、ルーカスの馬車に同行した。
「殿下、道中お気をつけて」
学院長が、見送りに来てくれた。
ルーカスは、馬車の窓から頭を下げた。
「ありがとうございます。また新学期に」
「はい。お待ちしています」
学院長が、微笑んだ。
馬車が、動き出した。
学院が、遠ざかっていく。
セラのいない場所へ、向かっていく。
不安が、胸に広がった。
しかし、諦めない。
人間として生きるために。
大切な人のために。
ルーカスは、窓の外を見つめながら、決意を新たにした。
冬休みを乗り越える。
監察官の監視を乗り越える。
そして、新学期に、セラと再会する。
それが、今のルーカスの目標だった。




