第35話:学期末試験(筆記がボロボロ、実技が圧倒的)
学期末が近づいていた。
学院では、期末試験の準備が始まっていた。
ルーカスも、例外ではなかった。
「殿下、試験勉強は進んでいますか」
「……あまり」
「あまり……?」
「筆記試験が、難しいのです」
ルーカスが、困った顔をした。
セラは、眉をひそめた。
「殿下、筆記試験は大丈夫だと思っていたのですが」
「僕も、そう思っていました。でも……」
「でも?」
「この世界の知識が、よく分からないのです」
「この世界の知識……」
ルーカスは、机の上に広げた教科書を見つめた。
歴史、地理、法律、礼儀作法。
どれも、この世界特有の知識だった。
前世には、存在しなかった概念ばかりだった。
* * *
「例えば、歴史です」
「はい」
「この世界には、『神話時代』というものがあるそうです」
「ええ。世界の始まりを語る時代です」
「でも、僕の前世には、そんな概念はありませんでした」
「前世……」
「ロボットには、歴史という概念がないのです。あるのは、製造日と廃棄日だけです」
「……」
セラは、少し悲しそうな顔をした。
ルーカスの前世の話を聞くたびに、彼女の表情は曇った。
「だから、神話の内容を覚えるのが、難しいのです。なぜ神々が争ったのか、なぜ世界が分かれたのか、意味が分かりません」
「それは……確かに、難しいかもしれませんね」
「はい」
「でも、丸暗記すれば、何とかなりませんか」
「丸暗記は、得意ではないのです」
「え……殿下は、記憶力が良いと思っていたのですが」
「事実の記憶は得意です。でも、意味のないことを覚えるのは、苦手です」
「意味のないこと……」
「神話は、事実ではありませんよね。だから、覚えにくいのです」
ルーカスの説明に、セラは納得したような、しないような顔をした。
「殿下、神話は意味がないわけではありませんよ」
「そうですか」
「はい。神話は、この世界の人々が大切にしている物語です。事実かどうかは関係なく、大切なものです」
「大切……」
「はい。だから、覚える価値があります」
セラの言葉に、ルーカスは少し考えた。
大切なもの。
事実かどうかに関係なく、大切なもの。
「なるほど……」
「分かりましたか」
「少しだけ」
「では、一緒に勉強しましょう。私が、神話の意味を説明します」
「ありがとうございます、セラ」
ルーカスが、少し微笑んだ。
セラも、微笑んだ。
* * *
試験勉強は、毎日続けられた。
セラが、丁寧に教えてくれた。
歴史、地理、法律、礼儀作法。
どれも、この世界特有の知識だった。
しかし、ルーカスの理解は、なかなか進まなかった。
特に、「礼儀作法」が難しかった。
「殿下、これは何のための作法ですか」
「えっと……相手への敬意を示すため、ですか」
「正解です。では、この作法は」
「……分かりません」
「これは、神への感謝を示す作法です」
「神への感謝……」
「はい。食事の前に、神に感謝を捧げるのです」
「なぜ、食事の前に神に感謝するのですか」
「食べ物は、神の恵みだからです」
「神の恵み……」
ルーカスは、首を傾げた。
前世では、食事という概念がなかった。
ロボットは、電気で動く。
食べ物は、必要ない。
「殿下、理解できましたか」
「……たぶん」
「たぶん、ではダメです」
「すみません」
ルーカスが、頭を下げた。
セラは、ため息をついた。
しかし、諦める気配はなかった。
「もう一度、説明しますね」
「はい。お願いします」
勉強は、夜遅くまで続いた。
* * *
試験当日。
ルーカスは、教室で筆記試験に臨んでいた。
問題用紙が配られる。
表紙をめくる。
最初の問題。
「神話時代において、主神アルテミスが創造した最初の生命は何か」
「……」
ルーカスは、ペンを握りしめた。
思い出そうとする。
セラが教えてくれた内容を。
アルテミス。
主神。
創造した最初の生命……。
「……鳥?」
自信がなかった。
しかし、何も書かないよりはマシだ。
答案用紙に、「鳥」と書いた。
次の問題。
「王国建国の年を答えよ」
これは、覚えていた。
「三二七年」と書いた。
次の問題。
「貴族の食事作法において、スープを飲む際の正しい方法は何か」
これは、覚えていなかった。
セラが教えてくれたはずだが、思い出せない。
「スプーンで飲む」と書いた。
正解かどうか、分からなかった。
試験は、二時間続いた。
ルーカスは、必死に問題を解いた。
しかし、分からない問題が多かった。
特に、礼儀作法と神話の問題が、難しかった。
試験終了のチャイムが鳴った。
ルーカスは、ペンを置いた。
疲れ切っていた。
「……ダメかもしれない」
小さく呟いた。
自信がなかった。
* * *
昼休み、セラと合流した。
「殿下、筆記試験はどうでしたか」
「……あまり良くないと思います」
「そうですか……」
「分からない問題が、たくさんありました」
「どんな問題ですか」
「礼儀作法と、神話の問題です」
「ああ……確かに、苦手でしたね」
セラが、心配そうな顔をした。
ルーカスは、肩を落としていた。
「でも、午後の実技試験があります」
「はい」
「実技なら、殿下は大丈夫です」
「そうですか」
「はい。自信を持ってください」
「ありがとうございます」
セラの言葉に、少し元気が出た。
そうだ、実技試験がある。
実技なら、得意だ。
筆記で失敗しても、実技で挽回できるかもしれない。
* * *
午後、実技試験が始まった。
会場は、訓練場だった。
生徒たちが、順番に試験を受けていく。
ルーカスの番が来た。
試験官は、剣術の教官だった。
「では、第三王子殿下。実技試験を始めます」
「はい」
「内容は、模擬戦です。私が攻撃しますので、防御してください」
「分かりました」
ルーカスは、木剣を受け取った。
いつもの訓練用木剣だ。
握った瞬間、少しヒビが入った。
いつものことだ。
「では、始めます」
教官が、構えを取った。
ルーカスも、構えを取った。
教官が、攻撃を仕掛けてきた。
速い。
しかし、ルーカスには見えた。
すべてが、スローモーションのように見えた。
木剣を動かし、攻撃を受け止める。
反撃は、しない。
試験の内容は、「防御」だからだ。
教官が、連続攻撃を仕掛けてくる。
斬りつけ、突き、払い、薙ぎ。
どれも、鋭い攻撃だった。
しかし、ルーカスはすべてを防いだ。
「……素晴らしい」
教官が、攻撃を止めた。
息が上がっていた。
ルーカスは、まったく疲れていなかった。
「完璧な防御です。一つも当たりませんでした」
「ありがとうございます」
「では、次に攻撃の試験を行います」
「はい」
今度は、教官が防御に回った。
ルーカスが、攻撃する番だ。
「では、全力でどうぞ」
「全力……ですか」
「はい。遠慮なく」
「分かりました」
ルーカスは、木剣を構えた。
全力。
それは、危険かもしれない。
しかし、試験だ。
全力を出さないわけにはいかない。
ルーカスが、攻撃を仕掛けた。
速く、鋭く。
しかし、力は抑えた。
教官を傷つけないように。
木剣が、教官の防御を突き抜けた。
教官の胸に、木剣が触れた。
軽く、触れただけだ。
「……終了です」
教官が、息を荒げながら言った。
ルーカスの攻撃を、一度も防げなかった。
「殿下、素晴らしい動きでした」
「ありがとうございます」
「攻撃も防御も、完璧です。文句なしの最高点です」
「本当ですか」
「はい。こんな生徒は、初めて見ました」
教官が、感嘆の表情を浮かべた。
ルーカスは、少し照れくさそうに頭を下げた。
* * *
試験が終わった。
結果は、数日後に発表されることになっていた。
しかし、実技試験の評価は、すでに分かっていた。
最高点だ。
「殿下、お疲れ様でした」
セラが、迎えに来てくれた。
ルーカスは、疲れた表情で答えた。
「実技は、うまくいきました」
「良かったです」
「でも、筆記が心配です」
「……そうですね」
「ボロボロだった気がします」
「でも、実技が最高点なら、総合評価は悪くないと思います」
「そうだといいのですが……」
ルーカスが、肩を落とした。
セラは、その姿を見て、励ましの言葉をかけた。
「殿下、大丈夫です。結果がどうであれ、殿下の努力は変わりません」
「努力……」
「はい。殿下は、一生懸命勉強しました。それは、事実です」
「……ありがとうございます」
「結果を待ちましょう。きっと、大丈夫です」
セラが、微笑んだ。
ルーカスも、少しだけ微笑んだ。
* * *
数日後、試験結果が発表された。
ルーカスは、緊張しながら掲示板を見に行った。
セラも、一緒だった。
「殿下の結果は……」
セラが、掲示板を確認した。
そして、複雑な表情を浮かべた。
「どうでしたか」
「筆記試験は……百二十点中、四十八点です」
「四十八点……」
「平均点が、六十点くらいですから……かなり低いです」
「そうですか……」
ルーカスは、肩を落とした。
予想通り、筆記はボロボロだった。
「でも、実技試験は」
「はい」
「百点満点中、百点です」
「百点……」
「満点です。しかも、特別加点がついています」
「特別加点……」
「『卓越した技術』として、追加で二十点が加算されています」
「つまり……」
「合計で、百二十点です」
セラが、少し笑った。
ルーカスは、目を丸くした。
「筆記が四十八点、実技が百二十点……総合点は、百六十八点です」
「それは……」
「満点が二百四十点ですから、七十パーセントです」
「七十パーセント……」
「合格ラインは、五十パーセントです。余裕で、合格です」
「本当ですか」
「はい。おめでとうございます、殿下」
セラが、にこりと笑った。
ルーカスも、笑った。
「良かった……」
「筆記は課題ですが、実技でカバーできました」
「はい。実技のおかげです」
「来学期は、筆記の勉強も頑張りましょうね」
「はい。セラ、また教えてください」
「もちろんです」
二人は、笑い合った。
試験は、何とか乗り越えた。
筆記はボロボロだったが、実技で挽回できた。
来学期は、もっと頑張ろう。
ルーカスは、そう決意した。




