第33話:セラの家族の話を聞く(没落貴族の娘)
検査を乗り越えてから、数日が経った。
学院は、いつもの日常に戻っていた。
ルーカスとセラは、相変わらず一緒に過ごしていた。
その日の放課後、二人は中庭のベンチに座っていた。
秋の風が、心地よく吹いていた。
紅葉した木々が、美しく色づいていた。
「セラさん」
「はい」
「僕は、セラさんのことを、あまり知らないと思いました」
「私のこと……」
「はい。セラさんは、僕の秘密を知っています。でも、僕はセラさんのことを、あまり知りません」
「……」
「もし良ければ、教えてもらえませんか」
ルーカスが、真剣な目で言った。
セラは、少し驚いた顔をした。
しかし、すぐに表情を和らげた。
「何を知りたいですか」
「セラさんの家族のこと、とか」
「家族……」
「はい。セラさんは、どんな家で育ったのですか」
「……」
セラが、少し黙った。
その表情が、曇った。
何か、言いにくいことがあるようだった。
「無理に話さなくても……」
「いいえ。話します」
「本当ですか」
「はい。ルーカスには、知っていてほしいので」
セラが、静かに語り始めた。
* * *
「私の家は、ヴェルディ家といいます」
「ヴェルディ……」
「もともとは、小さな貴族の家でした。領地は持っていませんが、代々騎士を輩出してきた家系です」
「騎士の家系……」
「はい。父も、祖父も、曾祖父も、みな騎士でした」
「立派な家ですね」
「……でした」
セラの声が、少し暗くなった。
「『でした』?」
「今は、違います。私の家は、没落しました」
「没落……」
「はい。五年前のことです」
セラが、空を見上げた。
その目には、悲しみの色が浮かんでいた。
「五年前、父が重傷を負いました」
「重傷……」
「任務中の事故でした。騎士団の訓練で、他の騎士と衝突して、足を大怪我したのです」
「それは、大変でしたね」
「はい。父は、回復しましたが、もう騎士として戦えなくなりました」
「……」
「それで、騎士団を退役しました」
セラの声が、震えていた。
辛い記憶を、思い出しているのだろう。
「騎士団を辞めてから、父は仕事を探しました。でも、騎士しかやったことがない人に、できる仕事は少なかったのです」
「そうですか……」
「結局、父は農作業を始めました。でも、慣れない仕事で、うまくいきませんでした」
「……」
「借金が、増えていきました」
「借金……」
「はい。治療費、生活費、そして……私の学費」
セラが、俯いた。
その肩が、小さく震えていた。
「私が、この学院に入るためのお金も、借金で賄いました」
「セラさん……」
「私のせいで、家の借金が増えたのです」
「そんな……」
「だから、私は絶対に騎士にならなければならないのです」
セラが、顔を上げた。
その目には、強い決意が宿っていた。
「騎士になれば、給料がもらえます。それで、借金を返すことができます」
「……」
「私が騎士になることが、家族の唯一の希望なのです」
セラの言葉に、ルーカスは胸が痛くなった。
彼女は、自分のためだけでなく、家族のために頑張っていたのだ。
その重荷を、一人で背負っていたのだ。
* * *
「セラさん、ご家族は今、どうしていますか」
「父と母は、故郷の村で農業をしています。弟が一人いて、まだ十歳です」
「弟さんがいるのですね」
「はい。弟は、体が弱くて、あまり外で遊べません。でも、頭がよくて、将来は学者になりたいと言っています」
「学者……」
「そのためには、教育費がかかります。だから、なおさら私が頑張らなければ」
セラが、拳を握りしめた。
その手が、震えていた。
「セラさん」
「はい」
「僕にできることは、ありますか」
「えっ……」
「セラさんの力になりたいのです」
「ルーカス……」
セラが、驚いた顔をした。
ルーカスは、真剣な目で彼女を見つめていた。
「僕は、第三王子です。王族には、ある程度の財産があります」
「それは……」
「借金の返済を、手伝えるかもしれません」
「ダメです!」
セラが、強く首を横に振った。
その目には、プライドが燃えていた。
「私は、自分の力で借金を返したいのです。ルーカスのお金で返すのは、違います」
「でも……」
「お気持ちは、嬉しいです。でも、これは私の問題です。私が、解決しなければならないのです」
「……」
「だから、助けは受けられません。すみません」
セラが、頭を下げた。
ルーカスは、その姿を見て、彼女の強さを感じた。
彼女は、誰かに頼ることを良しとしない。
自分の力で、道を切り開こうとしている。
「分かりました。お金は出しません」
「ありがとうございます」
「でも、別の形で力になりたいです」
「別の形……」
「セラさんが騎士になれるように、応援します。そして、騎士になった後も、ずっと傍にいます」
「ルーカス……」
「それなら、いいですか」
ルーカスが、微笑んだ。
セラの目に、涙が浮かんだ。
「……はい。それなら、嬉しいです」
「良かった」
「ルーカスが傍にいてくれるなら、頑張れます」
「僕も、セラさんがいるから頑張れます」
「……」
二人は、お互いを見つめた。
夕日が、二人の姿を照らしていた。
* * *
「セラさん、一つ聞いてもいいですか」
「何ですか」
「なぜ、僕の監督役を引き受けたのですか」
「……」
セラが、少し考えた。
そして、答えた。
「正直に言うと、最初はお金のためでした」
「お金……」
「監督役には、追加の手当てが出ます。それで、少しでも借金返済の足しになればと思いました」
「そうでしたか」
「でも、今は違います」
「今は……」
「今は、ルーカスを守りたいから。それが、一番の理由です」
セラが、まっすぐにルーカスを見た。
その目には、嘘がなかった。
「最初は、お金のためでした。でも、ルーカスと過ごすうちに、気持ちが変わりました」
「……」
「ルーカスは、不思議な人です。変わっていて、時々何を考えているか分からなくて。でも、とても優しくて、まっすぐで」
「……」
「そんなルーカスを、守りたいと思うようになりました。それが、今の私の本心です」
セラの言葉に、ルーカスの胸が熱くなった。
涙が、こぼれそうになった。
「ありがとうございます、セラ」
「こちらこそ。私の話を、聞いてくれて」
「いいえ。聞かせてくれて、ありがとうございます」
「……はい」
二人は、お互いに微笑み合った。
* * *
日が暮れていく。
空が、オレンジ色から紫色に変わっていく。
星が、一つ、また一つと現れ始めた。
「セラ」
「はい」
「僕たちは、お互いに大変な状況にありますね」
「そうですね」
「でも、一緒にいれば、乗り越えられると思います」
「はい。私も、そう思います」
「これからも、一緒にいてください」
「……はい。ずっと、一緒にいます」
セラが、小さく頷いた。
その顔は、赤くなっていた。
夕日のせいか、それとも別の理由か。
「セラ」
「はい」
「僕は、セラに出会えて、本当に幸せです」
「……私も、です」
「前世では、『幸せ』という感情を知りませんでした。でも、今は分かります」
「……」
「セラといるとき、僕は幸せです」
「ルーカス……」
セラの目から、涙がこぼれた。
ルーカスは、そっとその涙を拭った。
「泣かないでください」
「泣いていません。風が、目に入っただけです」
「そうですか」
「……はい」
二人は、笑い合った。
涙を流しながら、笑い合った。
* * *
夜になった。
二人は、寮に戻った。
廊下で、別れる。
「セラ、おやすみなさい」
「おやすみなさい、ルーカス」
「明日も、一緒にいてください」
「もちろんです」
セラが、微笑んだ。
ルーカスも、微笑んだ。
それぞれの部屋に戻る。
ルーカスは、ベッドに横になった。
天井を見上げながら、今日のことを思い出した。
セラの家族のこと。
没落貴族の娘として、借金を背負っていること。
それでも、強く生きようとしていること。
「セラは、強いな……」
小さく呟いた。
彼女の強さに、改めて感動した。
そして、もっと彼女を支えたいと思った。
「僕も、強くならなければ」
決意を新たにした。
セラのために。
自分のために。
大切な人を守れる強さを、身につけなければ。
目を閉じる。
眠りが、訪れる。
穏やかな夜だった。
セラの笑顔を思い浮かべながら、ルーカスは眠りについた。




