第31話:身体検査回避のための作戦会議
検査まで、あと五日。
ルーカスとセラは、マーガレット先生の医務室に集まっていた。
本格的な作戦会議を行うためだ。
「では、検査の詳細について、改めて確認しましょう」
マーガレット先生が、机の上に書類を広げた。
検査項目の一覧と、それぞれの実施方法が記載されていた。
「まず、血液検査」
「これは、問題ないと思います」
「ええ。以前の検査でも、異常は見られませんでした。殿下の血液は、人間のものと変わりません」
「良かったです」
「次に、筋力検査」
「これは、まずいです」
「握力計と背筋計を使います。数値が記録されるので、ごまかすのは難しいですね」
「どうすればいいでしょうか」
マーガレット先生が、少し考えた。
「一つ、方法があります」
「何ですか」
「検査中、わざと力を入れないことです」
「わざと……」
「はい。全力を出さず、普通の人間程度の数値に抑えるのです」
「できるでしょうか」
「練習が必要です。今日から、力加減の特訓をしましょう」
「分かりました」
ルーカスが頷いた。
力を抑える練習は、実技祭でもやっていた。
しかし、検査用の力加減は、また別の技術が必要だった。
* * *
「次に、反射速度検査」
「これも、まずいですね」
「光や音に反応する速度を測ります。殿下の反射速度は、常人の五倍以上です」
「ばれますね」
「ただ、これには抜け道があります」
「抜け道……?」
マーガレット先生が、にやりと笑った。
「反射速度検査は、『意識的な反応』を測るものです」
「意識的な反応……」
「つまり、『わざと遅く反応する』ことができれば、数値を抑えられます」
「なるほど」
「殿下の反射は、無意識に働くことが多いですが、意識的にコントロールすることも可能なはずです」
「やってみます」
「では、練習しましょう」
マーガレット先生が、小さな鈴を取り出した。
これを使って、反射速度の訓練をするようだ。
「私が鈴を鳴らします。殿下は、音が聞こえてから一秒後に反応してください」
「一秒後……」
「はい。すぐに反応せず、わざと遅らせるのです」
「分かりました」
マーガレット先生が、鈴を鳴らした。
チリン。
ルーカスは、反応を遅らせようとした。
しかし、身体が勝手に動いた。
音が鳴った瞬間、手が上がっていた。
「……早いですね」
「すみません。身体が、勝手に」
「やはり、無意識の反射が働いていますね」
「どうすれば……」
「意識を分散させることです」
「意識を分散……」
「別のことを考えながら、検査を受けるのです。そうすれば、反射が鈍くなります」
「なるほど……」
ルーカスは、もう一度挑戦した。
今度は、セラのことを考えながら。
彼女の笑顔を思い浮かべながら。
チリン。
鈴が鳴った。
ルーカスは、少し遅れて反応した。
「今のは、0.2秒くらいでした」
「まだ早いですか」
「普通の人間は、0.5秒くらいです。もう少し、遅くできるといいですね」
「練習します」
「ええ。検査までに、コツを掴んでおきましょう」
マーガレット先生が、頷いた。
* * *
「次に、魔力量検査」
「これは、問題ないと思います」
「そうですね。殿下の魔力量は、普通の範囲内です。むしろ、少し低いくらいです」
「低いのですか」
「はい。殿下の強さは、魔力ではなく、身体能力に由来していますから」
「なるほど……」
魔力量検査は、心配なさそうだった。
ルーカスは、少し安心した。
「最後に、皮膚組織検査」
「これが、一番心配です」
「ええ。これは、本当に難しいです」
マーガレット先生の表情が、曇った。
皮膚組織検査は、最も危険な検査だった。
「検査方法を、説明しますね」
「お願いします」
「まず、殿下の腕から、小さな皮膚片を採取します」
「採取……」
「はい。メスで、薄く削り取ります」
「痛そうですね」
「麻酔をするので、痛みはありません。問題は、その後です」
「その後……」
「採取した皮膚片を、顕微鏡で調べます。金属化の兆候があれば、すぐに分かります」
「……」
ルーカスは、自分の腕を見つめた。
今は、普通の皮膚に見える。
しかし、内部では「自己修復」が進んでいる。
採取した皮膚片に、金属の成分が含まれている可能性は高かった。
「隠す方法は、ありますか」
「一つだけ」
「何ですか」
「検査する部位を、コントロールすることです」
「部位を……」
「殿下の身体で、『自己修復』が最も進んでいる部位と、そうでない部位があるはずです」
「確かに……」
「もし、検査する部位を選べるなら、『自己修復』があまり進んでいない部位を選ぶことで、発見を遅らせることができます」
「でも、検査する部位は、検査官が決めるのでは」
「通常はそうです。しかし、殿下が『ここは傷があるので避けてほしい』と言えば、変更してもらえる可能性があります」
「なるほど……」
マーガレット先生の提案は、完璧ではなかった。
しかし、試してみる価値はあった。
* * *
「殿下、身体のどの部位が一番『自己修復』が進んでいると思いますか」
「たぶん、腕と脚です」
「では、胴体や背中は」
「あまり変化を感じません」
「では、検査のとき、腕ではなく背中から採取してもらうよう、お願いしましょう」
「できますか」
「やってみましょう。最悪、断られても、試す価値はあります」
マーガレット先生が、言った。
ルーカスは、頷いた。
「先生、ありがとうございます」
「いいえ。私も、殿下の力になりたいのです」
「なぜ、そこまでしてくださるのですか」
「……」
マーガレット先生が、少し黙った。
そして、静かに語り始めた。
「私にも、昔、大切な人がいました」
「大切な人……」
「その人は、『禁忌』として認定されました」
「……」
「理由は、些細なことでした。普通の人間と、少し違っていただけです。でも、教会は許しませんでした」
「その人は、どうなりましたか」
「……隔離されました。その後、どうなったかは、分かりません」
マーガレット先生の目に、涙が浮かんでいた。
それを見て、ルーカスは胸が痛くなった。
「殿下を見ていると、その人のことを思い出します」
「……」
「だから、殿下には、同じ運命を辿ってほしくないのです」
「先生……」
「殿下は、人間です。私は、そう信じています。だから、できる限りのことをします」
マーガレット先生が、涙を拭いた。
そして、微笑んだ。
「さあ、練習を続けましょう。検査まで、時間がありません」
「はい。頑張ります」
ルーカスが、決意を込めて言った。
* * *
その日から、毎日練習が始まった。
力加減の練習。
反射速度を遅らせる練習。
リラックスして身体の変化を抑える練習。
セラも、一緒に練習に付き合ってくれた。
彼女は、ルーカスの練習相手になってくれた。
そして、励ましてくれた。
「殿下、今の力加減、ちょうど良かったです」
「本当ですか」
「はい。普通の人間と同じくらいでした」
「良かった……」
「この調子で、頑張りましょう」
「はい」
ルーカスは、セラの言葉に励まされた。
一人では、挫けてしまいそうになる。
しかし、セラがいてくれるから、頑張れる。
「セラさん」
「はい」
「ありがとうございます」
「何がですか」
「いつも、傍にいてくれて」
「……当然のことです」
「でも、ありがとうございます」
ルーカスが、微笑んだ。
セラも、微笑んだ。
* * *
検査前日の夜。
ルーカスは、部屋で一人、考えていた。
明日は、いよいよ検査だ。
練習は、できる限りした。
力加減も、反射速度も、コントロールできるようになってきた。
しかし、完璧ではない。
バレる可能性は、まだあった。
「大丈夫……」
自分に言い聞かせた。
準備は、できている。
あとは、やるだけだ。
マーガレット先生からもらった鎮静剤の小瓶を、見つめた。
明日、これを飲むべきだろうか。
副作用で、反応が鈍くなる。
しかし、皮膚の金属化を抑えられる。
「飲もう」
決めた。
皮膚組織検査が、一番危険だ。
それを乗り越えるためなら、他の検査で多少不利になっても構わない。
窓の外を見た。
月が、静かに輝いていた。
明日は、大きな戦いだ。
しかし、一人ではない。
セラがいる。
マーガレット先生がいる。
学院長もいる。
「乗り越えてみせる」
小さく呟いた。
そして、眠りについた。
明日への希望を、胸に抱いて。




