第30話:祭りの終わり、次の不穏な展開の予告
実技祭から二週間が経った。
学院は、通常の授業に戻っていた。
しかし、ルーカスの周囲には、不穏な空気が漂い始めていた。
「殿下、お呼び出しです」
ある日の放課後、係員が教室にやってきた。
ルーカスは、眉をひそめた。
「誰からですか」
「学院長からです」
「学院長……」
学院長からの呼び出しは、珍しいことだった。
何か重大なことがあるのかもしれない。
「分かりました。行きます」
ルーカスは、セラと共に学院長室に向かった。
* * *
学院長室の扉を開けると、複数の人物が待っていた。
学院長のほか、教会の監察官ヴィンセント・モローと、見知らぬ役人が二人。
厳しい表情の面々だった。
「お座りください、殿下」
学院長が、椅子を勧めた。
ルーカスは、セラと共に座った。
室内の空気が、重かった。
「殿下、本日お呼びしたのは、重要な通達があるからです」
「通達……」
「はい。教会本部から、正式な文書が届きました」
学院長が、一枚の書類を差し出した。
ルーカスは、それを受け取って読んだ。
書類には、こう書かれていた。
「第三王子ルーカス殿下に対する定期身体検査の義務化について」
「定期身体検査……」
「はい。殿下の『状態』を監視するため、月に一度の身体検査が義務付けられることになりました」
「月に一度……」
「検査は、教会の医療官が行います。検査結果は、教会本部に報告されます」
学院長の説明を聞きながら、ルーカスは書類を読み進めた。
そこには、検査の詳細が記載されていた。
血液検査。
筋力検査。
反射速度検査。
魔力量検査。
皮膚組織検査。
「これは……」
ルーカスの顔色が、変わった。
これらの検査は、自分の「異常」を暴くためのものだった。
特に「皮膚組織検査」は、金属化の兆候を調べるものだろう。
「殿下、これは教会の正式な決定です」
ヴィンセントが、にやりと笑いながら言った。
その笑顔には、悪意が込められていた。
「拒否することは、できますか」
「できません。これは、王国法に基づく義務です」
「王国法……」
「『禁忌の可能性がある者』に対する監視は、法律で定められています。殿下は、その対象に指定されました」
「……」
ルーカスは、言葉を失った。
法律で義務付けられている以上、拒否することはできない。
これは、合法的な監視だった。
* * *
セラが、声を上げた。
「待ってください。『禁忌の可能性がある者』とは、何ですか」
「文字通りの意味です。殿下には、禁忌の兆候が見られます。それを確認するための検査です」
「兆候とは、何を指しているのですか」
「異常な膂力、常人離れした反射速度、金属光を帯びた皮膚。すべて、禁忌の兆候です」
「それは、証拠にはなりません」
「だから、検査するのです。証拠を、集めるために」
ヴィンセントが、冷たく言った。
セラの顔が、赤くなった。
怒りで、震えていた。
「これは、不当な扱いです」
「不当ではありません。法律に基づいています」
「法律を悪用しているだけです」
「悪用ではありません。正当な手続きです」
「……」
セラは、言い返す言葉を見つけられなかった。
法律を盾にされては、反論できなかった。
「殿下、第一回の検査は、来週行われます。それまでに、心の準備をしておいてください」
ヴィンセントが、立ち上がった。
他の役人たちも、一緒に部屋を出ていった。
部屋には、学院長とルーカス、セラだけが残された。
* * *
「殿下、申し訳ありません」
学院長が、頭を下げた。
ルーカスは、首を横に振った。
「学院長のせいではありません」
「しかし、私は殿下を守ることができませんでした」
「いいえ。学院長は、これまで十分に守ってくださいました」
「……」
「これは、教会の正式な決定です。学院長が止められるものではありません」
ルーカスが、冷静に言った。
学院長は、悔しそうな表情を浮かべていた。
「殿下、私にできることがあれば、何でも言ってください」
「ありがとうございます」
「検査に立ち会う医療官の選定くらいは、私の権限で行えます。信頼できる人物を選びます」
「お願いします」
「それと、検査の結果について、不当な解釈が行われないよう、私も報告書を確認します」
「ありがとうございます」
学院長の言葉に、ルーカスは感謝した。
彼女は、自分の味方だった。
できる限りのことを、してくれようとしている。
「殿下、くれぐれも、お気をつけください」
「はい」
「教会は、何としても殿下を『禁忌』に認定しようとしています」
「分かっています」
「検査で、何か問題が見つかれば、それを理由に隔離される可能性もあります」
「……」
「だから、できるだけ、異常を見せないようにしてください」
「分かりました」
ルーカスが頷いた。
学院長も、頷いた。
* * *
学院長室を出た後、ルーカスとセラは廊下を歩いていた。
二人とも、無言だった。
重い空気が、漂っていた。
「殿下……」
「分かっています」
「どうしましょうか」
「どうしようもありません。検査を受けるしかありません」
「でも、検査で異常が見つかったら……」
「見つからないように、するしかありません」
ルーカスが、淡々と言った。
セラは、その言葉に胸が痛くなった。
「殿下は、悪くないのに……」
「悪くなくても、異常は異常です」
「でも……」
「セラさん、僕は諦めていません」
「……」
「検査を受けて、異常を隠して、人間として生き続けます。それが、僕の戦い方です」
ルーカスの目には、決意が宿っていた。
諦めの色は、なかった。
それを見て、セラも気持ちを切り替えた。
「分かりました。私も、協力します」
「ありがとうございます」
「検査の前に、何か対策を考えましょう」
「はい」
「殿下の異常を、隠す方法を」
「……難しいですが、やってみます」
二人は、中庭のベンチに座った。
これからのことを、話し合った。
* * *
「まず、検査の内容を確認しましょう」
セラが、書類を見直した。
ルーカスも、一緒に見る。
「血液検査……これは、大丈夫だと思います」
「殿下の血液は、普通ですか」
「たぶん。前に医務室で採血されたときは、何も言われませんでした」
「では、これは問題なし」
「筋力検査……これは、まずいですね」
「はい。殿下の筋力は、常人の数倍です」
「抑えられますか」
「……難しいです。意識しても、つい力が入ってしまうので」
「練習しましょう。力を抑える練習を」
「はい」
二人は、一つ一つの検査項目を確認していった。
問題になりそうなものと、そうでないものを分けた。
問題になりそうなもの:筋力検査、反射速度検査、皮膚組織検査。
問題なさそうなもの:血液検査、魔力量検査。
「皮膚組織検査が、一番まずいですね」
「はい。金属化の兆候が見つかるかもしれません」
「隠す方法は……」
「分かりません。皮膚を削られたら、隠しようがありません」
「……」
二人は、考え込んだ。
皮膚組織検査を、どうやって乗り越えるか。
それが、最大の問題だった。
「マーガレット先生に相談しましょうか」
「医務室の先生ですか」
「はい。彼女なら、何かアドバイスをくれるかもしれません」
「そうですね。相談してみましょう」
二人は、医務室に向かうことにした。
* * *
医務室では、マーガレット先生が待っていた。
ルーカスたちが来ることを、予測していたかのようだった。
「来ると思っていましたよ」
「先生、検査のことをご存知でしたか」
「ええ。学院長から聞きました」
「何か、アドバイスをいただけませんか」
「アドバイス……そうですね」
マーガレット先生が、少し考えた。
そして、口を開いた。
「皮膚組織検査について、一つ方法があります」
「本当ですか」
「ただし、完璧ではありません。バレる可能性もあります」
「それでも、教えてください」
「分かりました」
マーガレット先生が、説明を始めた。
「殿下の皮膚が金属化するのは、『自己修復』が活性化したときです」
「はい」
「つまり、検査中に『自己修復』が活性化しなければ、金属化は見つかりません」
「なるほど……」
「そのためには、検査中、できるだけリラックスすることです。緊張すると、身体が反応しますから」
「リラックス……」
「深呼吸をして、心を落ち着かせて。何も考えないようにして」
「やってみます」
ルーカスが頷いた。
しかし、それが本当にできるかどうか、自信はなかった。
「もう一つ、方法があります」
「何ですか」
「検査の前に、軽い鎮静剤を飲むことです」
「鎮静剤……」
「身体の反応を抑える薬です。これを飲めば、『自己修復』の活性化を遅らせることができます」
「副作用は?」
「眠気が出ます。それと、反応が鈍くなります」
「……」
「筋力検査や反射速度検査には、不利になるかもしれません」
「でも、皮膚組織検査には有効……」
「はい。どちらを取るか、殿下が決めてください」
マーガレット先生が、小瓶を取り出した。
中には、透明な液体が入っていた。
「これが、鎮静剤です。検査の一時間前に、スプーン一杯飲んでください」
「ありがとうございます」
ルーカスは、小瓶を受け取った。
それを見つめながら、考えた。
鎮静剤を使うべきか、使わないべきか。
「先生、ありがとうございます」
「いいえ。殿下の力になれれば、嬉しいです」
「検査、頑張ります」
「応援していますよ」
マーガレット先生が、微笑んだ。
ルーカスも、少しだけ微笑んだ。
* * *
夕方、寮に戻った後、ルーカスは部屋で一人考えていた。
検査のこと。
これからのこと。
定期身体検査が義務化された。
月に一度、自分の「異常」を調べられる。
それは、とても辛いことだった。
しかし、逃げることはできない。
「人間として生きる……」
小さく呟いた。
それが、自分の目標だ。
どんなに困難でも、諦めない。
セラがいてくれる。
学院長も、マーガレット先生も、味方してくれている。
一人ではない。
窓の外を見た。
夕日が、沈んでいく。
明日も、一日が始まる。
そして、来週には、検査がある。
「乗り越えてみせる」
決意を込めて、呟いた。
どんな困難も、乗り越えてみせる。
人間として生きるために。
大切な人たちを、悲しませないために。
実技祭が終わり、新たな試練が始まった。
しかし、ルーカスは諦めなかった。
これからも、戦い続ける。
人間として、生き続けるために。




