第29話:セラとの信頼深まる回(二人で屋上で語る)
実技祭が終わって、一週間が経った。
学院は、いつもの日常に戻っていた。
しかし、ルーカスとセラの間には、以前よりも深い絆が生まれていた。
「殿下、今夜、少しお時間をいただけますか」
放課後、セラが声をかけてきた。
その表情は、少し緊張しているようだった。
「はい。何かありますか」
「いいえ。ただ、お話したいことがあって」
「分かりました。どこで会いましょうか」
「寮の屋上で」
「屋上……」
寮の屋上は、普段は立ち入り禁止だった。
しかし、特別な許可を得れば、入ることができた。
セラは、騎士科の代表として、その許可を持っていたのだろう。
「分かりました。夜に、屋上で」
「はい。お願いします」
セラが、小さく頭を下げた。
その姿を見て、ルーカスは何か大切な話があるのだと察した。
* * *
夜、ルーカスは寮の屋上に向かった。
階段を上り、扉を開ける。
冷たい夜風が、頬を撫でた。
セラは、すでに来ていた。
屋上の端に立ち、夜空を見上げていた。
月明かりに照らされた横顔が、美しかった。
「来てくれたのですね」
「はい」
「ありがとうございます」
セラが振り返り、微笑んだ。
ルーカスは、その隣に立った。
二人で、夜空を見上げた。
星が、無数に輝いていた。
月は、半分ほどの大きさだった。
静かで、美しい夜だった。
「殿下、一つ聞いてもいいですか」
「何ですか」
「殿下は、どこから来たのですか」
「……」
ルーカスは、少し考えた。
セラは、自分の秘密を知らない。
「前世」のことを、まだ話していなかった。
しかし、今夜は、話してもいいような気がした。
「遠いところから、来ました」
「遠いところ……」
「はい。とても、遠いところです」
「どんなところですか」
「……」
ルーカスは、空を見上げた。
星々が、瞬いている。
その中のどこかに、前世の世界があるのだろうか。
「僕の記憶の中に、別の世界があります」
「別の世界……」
「はい。この世界とは、まったく違う世界です」
「夢の中の世界、ということですか」
「いいえ。夢ではありません。もっと、はっきりした記憶です」
ルーカスが、静かに語り始めた。
セラは、黙って聞いていた。
「その世界には、『機械』というものがありました」
「機械……」
「はい。人が作った、動く道具です。複雑な仕組みで、自動的に動きます」
「魔導具のようなものですか」
「似ていますが、違います。魔法は使いません。すべて、物理的な仕組みで動きます」
「不思議な世界ですね」
「はい」
ルーカスは、言葉を選びながら続けた。
「その世界で、僕は……『機械』でした」
「機械……殿下が?」
「はい。人の形をした機械です。『ロボット』と呼ばれていました」
「ロボット……」
セラが、首を傾げた。
聞いたことのない言葉だった。
しかし、ルーカスの表情が真剣だったので、茶化すことはしなかった。
「ロボットとは、どういうものですか」
「人間に作られた、機械の身体を持つ存在です。心はなく、命令に従って動きます」
「心が、ない……」
「はい。感情もありませんでした。喜びも、悲しみも、怒りも、何も」
「……」
「ただ、任務をこなすだけの存在でした」
ルーカスの声が、少し震えていた。
前世の記憶を語ることは、辛いことだった。
しかし、セラには話したかった。
彼女なら、理解してくれると思ったからだ。
「殿下、その記憶は……本当のことなのですか」
「分かりません。夢かもしれません。妄想かもしれません。でも、僕にとっては、本当のことです」
「……」
「だから、僕は『人間として生きる』ことに、こだわっているのです」
「そうだったのですか……」
セラの目が、潤んでいた。
ルーカスの言葉の意味が、ようやく分かったからだ。
* * *
二人は、屋上の床に座り込んだ。
星を見上げながら、話を続けた。
「殿下、その『ロボット』というものは、どんな任務をしていたのですか」
「……戦いです」
「戦い……」
「はい。敵を倒すことが、任務でした」
「敵……」
「詳しいことは、覚えていません。断片的な記憶しか、残っていないので」
「そうですか……」
セラが、少し考え込んだ。
そして、口を開いた。
「殿下が、時々見せる動き……あれは、その記憶から来ているのですか」
「たぶん、そうだと思います」
「戦い方も……」
「はい。身体が、勝手に動くことがあります。前世の記憶が、反射的に出てくるのだと思います」
「なるほど……」
セラが、頷いた。
ルーカスの異常な強さの理由が、少し分かった気がした。
「殿下は、その世界に戻りたいですか」
「いいえ」
「即答ですね」
「はい。僕は、この世界で生きたいのです」
「なぜですか」
「この世界には、感情があります。心があります。セラさんがいます」
「……」
「前世では、何も感じられませんでした。でも、今は違います。嬉しいことも、悲しいこともあります。それが、生きているということだと思います」
ルーカスの言葉に、セラは涙を流した。
「殿下……」
「セラさん、泣いていますか」
「泣いていません。風が、目に入っただけです」
「そうですか」
「……はい」
セラが、涙を拭った。
ルーカスは、その姿を見て、胸が温かくなった。
「セラさん、ありがとうございます」
「何がですか」
「聞いてくれて」
「いいえ。私こそ、話してくれて、ありがとうございます」
「信じてくれますか」
「信じます」
「本当に?」
「はい。殿下が言うなら、信じます」
セラが、まっすぐにルーカスを見た。
その目には、疑いの色がなかった。
ただ、信頼だけがあった。
「殿下、私は、殿下がどんな存在でも、殿下の味方です」
「……」
「人間でも、機械でも、何でも。殿下は、殿下です。それが、大切なのです」
「セラさん……」
「だから、過去のことは、気にしないでください。今の殿下が、私の知っている殿下です」
セラの言葉が、ルーカスの心に深く響いた。
涙がこぼれた。
また、涙だ。
しかし、それは幸せの涙だった。
「ありがとうございます、セラ」
「いいえ、ルーカス」
二人は、お互いの名前を呼び合った。
夜空の下で、二人だけの世界があった。
* * *
しばらく、沈黙が続いた。
心地よい沈黙だった。
星を見上げながら、ただ一緒にいる。
それだけで、十分だった。
「セラ」
「はい」
「僕の秘密を、他の人には言わないでください」
「もちろんです。誰にも言いません」
「ありがとうございます」
「殿下……いえ、ルーカスの秘密は、私だけのものです」
セラが、少し微笑んだ。
ルーカスも、微笑んだ。
「セラは、僕にとって特別な存在です」
「特別……」
「はい。初めて、心を開ける相手です」
「……」
「前世では、誰にも心を開けませんでした。心がなかったから」
「……」
「でも、今は違います。セラがいるから」
ルーカスが、セラの手を取った。
セラの顔が、赤くなった。
月明かりでも、分かるほどに。
「ルーカス……」
「これからも、一緒にいてください」
「……はい」
「僕が人間でいられるのは、セラのおかげです」
「私は、何もしていません」
「いいえ。たくさんのことを、してくれました」
「……」
「笑い方を教えてくれました。感情を教えてくれました。生きることの喜びを、教えてくれました」
「ルーカス……」
「だから、ありがとうございます」
ルーカスが、頭を下げた。
セラは、言葉を失っていた。
涙が、頬を伝っていた。
「私こそ……ありがとうございます」
「何がですか」
「ルーカスが、私を信じてくれて。秘密を、話してくれて」
「……」
「私は、ルーカスに出会えて、本当に幸せです」
「僕もです」
二人は、お互いを見つめた。
星明かりの下で、微笑み合った。
* * *
夜が更けていった。
二人は、まだ屋上にいた。
話は、尽きなかった。
「ルーカス、この世界で、何をしたいですか」
「何を……」
「はい。目標とか、夢とか」
「僕の夢は、人間として生きることです」
「それは、もう叶っていると思います」
「そうですか」
「はい。ルーカスは、もう十分に人間です」
「そうかもしれません。でも、もっと人間らしくなりたいです」
「もっと……」
「はい。もっと感情を豊かにしたい。もっと人と繋がりたい。もっと、この世界を知りたい」
ルーカスが、空を見上げた。
星々が、輝いていた。
「この世界は、広いですね」
「はい」
「まだ、知らないことがたくさんあります」
「そうですね」
「それを、一つずつ知っていきたいです。セラと一緒に」
「……はい」
セラが、小さく頷いた。
その顔は、嬉しそうだった。
「ルーカス、私も、一緒に成長したいです」
「成長……」
「はい。ルーカスと一緒に、強くなりたいです。騎士として、人間として」
「いいですね」
「一緒に、頑張りましょう」
「はい。一緒に」
二人は、お互いの手を握り合った。
夜風が、優しく吹いていた。
* * *
やがて、夜明けが近づいてきた。
東の空が、少しずつ明るくなっていた。
「そろそろ、戻りましょうか」
「そうですね」
二人は、立ち上がった。
屋上の扉に向かう。
「セラ」
「はい」
「今夜のこと、ありがとうございました」
「こちらこそ」
「また、話しましょう」
「はい。いつでも」
二人は、微笑み合った。
屋上を出て、階段を下りる。
廊下を歩きながら、二人は肩を並べていた。
何も言わなくても、心が通じ合っている気がした。
「ルーカス」
「はい」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい、セラ」
セラの部屋の前で、二人は別れた。
ルーカスは、自分の部屋に戻った。
ベッドに横になる。
天井を見上げる。
今夜のことを、思い出す。
前世の記憶を、話した。
セラは、信じてくれた。
受け入れてくれた。
それが、とても嬉しかった。
「セラ……」
小さく呟いた。
彼女がいてくれるから、自分は人間でいられる。
それを、改めて実感した。
目を閉じる。
眠りが、すぐに訪れた。
穏やかな、幸せな眠りだった。
夜が明ける。
新しい一日が始まる。
しかし、二人の絆は、もう変わらない。
信頼と愛情で結ばれた、かけがえのない絆だった。




