第28話:決勝戦後、"防衛形態"の発動ギリギリで止まる
実技祭が終わった翌日。
ルーカスは、教会の監察官から呼び出しを受けた。
「殿下、お話があります」
使者が、朝早くに寮を訪れた。
その表情は、硬かった。
「分かりました。行きます」
ルーカスは、身支度を整えて出発した。
セラも、一緒に来ようとした。
「私も同行します」
「いいえ、ヴェルディ殿。今回は、殿下お一人で」
「しかし……」
「監察官の命令です」
使者が、きっぱりと言った。
セラは、悔しそうな顔をした。
しかし、従うしかなかった。
「殿下、気をつけてください」
「はい。大丈夫です」
「何かあったら、すぐに呼んでください」
「分かりました」
ルーカスは、セラを残して去っていった。
その背中を、セラは不安げに見送った。
* * *
監察官の執務室。
ルーカスが入ると、ヴィンセント・モローが待っていた。
そして、もう一人。
高位の監察官、アウグスト・ヴェーバーもいた。
「お座りください、殿下」
「はい」
ルーカスは、指示された椅子に座った。
二人の監察官が、じっとこちらを見ている。
その視線は、冷たかった。
「昨日の決勝戦について、お聞きしたいことがあります」
「何でしょうか」
「殿下は、相手の長剣を折りましたね」
「はい」
「ふわふわ棒で」
「はい」
「それは、普通のことですか」
「……普通ではないと思います」
ルーカスが、正直に答えた。
ヴィンセントの目が、細くなった。
「殿下、あの試合で何が起きたか、説明していただけますか」
「相手が攻撃してきたので、受け止めました。そうしたら、相手の剣が折れました」
「なぜ、折れたのですか」
「力の問題だと思います」
「力の問題……」
「はい。僕の力が、強すぎたのだと思います」
ルーカスの答えに、アウグストが口を開いた。
「殿下、率直にお聞きします」
「何でしょうか」
「殿下は、人間ですか」
「……」
直球の質問だった。
ルーカスは、少し考えてから答えた。
「人間として生きています」
「それは、質問の答えになっていません」
「僕は、人間です」
「本当ですか」
「はい」
「では、なぜあのような力があるのですか」
「分かりません」
「分からない……」
アウグストの表情が、険しくなった。
「殿下、嘘をついても無駄です。私たちは、すべてを知っています」
「すべて……」
「殿下の身体は、普通ではありません。金属のような皮膚、異常な膂力、常人離れした反射神経。それは、人間の能力を超えています」
「……」
「殿下は、『禁忌』です。認めてください」
アウグストが、冷たく言った。
その言葉に、ルーカスの胸が痛くなった。
禁忌。
怪物。
人間ではない存在。
そう呼ばれることが、何度もあった。
しかし、何度聞いても、慣れなかった。
「僕は、禁忌ではありません」
「証拠があります」
「証拠……」
「昨日の決勝戦の相手は、私たちの部下でした」
「……」
「彼は、殿下の能力を調べるために、参加しました。そして、十分なデータを得ました」
「データ……」
「殿下の力は、人間の限界を超えています。それは、『禁忌』の証拠です」
アウグストが、書類を取り出した。
そこには、ルーカスの試合データが記載されていた。
攻撃速度、反応速度、打撃力。
すべてが、常人を大きく上回っていた。
「これを見てください。殿下の打撃力は、訓練された騎士の三倍以上です。反応速度は、常人の五倍以上です。これは、人間として説明できません」
「……」
「殿下、認めてください。殿下は、『禁忌』です」
アウグストの言葉が、ルーカスの心に突き刺さった。
* * *
ルーカスの中で、何かが揺れ動いていた。
怒りだった。
自分を「禁忌」と呼ぶ者たちへの怒り。
不当な扱いへの怒り。
認めてもらえないことへの怒り。
その感情が、身体に変化をもたらし始めた。
――警告:感情レベル上昇。防衛形態移行準備。
脳内に、赤い文字が浮かんだ。
まずい。
このままでは、暴走してしまう。
しかし、怒りを抑えられなかった。
アウグストの言葉が、頭の中で繰り返されていた。
禁忌。
禁忌。
禁忌。
「殿下、何か言いたいことはありますか」
ヴィンセントが、にやりと笑って言った。
その笑顔が、怒りをさらに煽った。
「僕は……禁忌ではありません」
ルーカスの声が、震えていた。
身体が、熱くなっていく。
皮膚に、金属のような光沢が走り始めた。
「おや、殿下。腕が光っていますよ」
ヴィンセントが、指摘した。
ルーカスは、自分の腕を見た。
確かに、金属のような光が走っていた。
「自己修復」が、活性化し始めている。
「これは……」
ルーカスは、必死に抑えようとした。
しかし、怒りが収まらない。
身体が、勝手に変化していく。
――警告:防衛形態移行中。システム負荷上昇。
脳内の警告が、激しくなった。
このままでは、本当に暴走してしまう。
意識が、遠くなっていく。
「殿下、これが証拠です。殿下は、人間ではありません」
アウグストが、冷たく言った。
その言葉が、ルーカスの怒りの引き金を引いた。
「うるさい!」
ルーカスが、叫んだ。
その声は、部屋全体に響き渡った。
壁が、震えた。
机の上の書類が、吹き飛んだ。
二人の監察官が、驚いて後ずさった。
ルーカスの身体から、異常な圧力が放たれていた。
金属光は、腕だけでなく、全身に広がり始めていた。
「殿下……」
ヴィンセントの顔が、青ざめていた。
アウグストも、恐怖の表情を浮かべていた。
ルーカスは、自分を制御できなくなっていた。
怒りが、すべてを支配していた。
防衛形態への移行が、進んでいた。
* * *
そのとき、扉が開いた。
「殿下!」
セラだった。
規則を破って、執務室に入ってきたのだ。
「セラ……さん……」
「殿下、私です。私の声が、聞こえますか」
「聞こえます……」
「深呼吸してください。ゆっくり、息を吸って、吐いて」
セラの声が、ルーカスの意識に響いた。
その声は、穏やかで、温かかった。
「殿下、大丈夫です。私がいます」
「セラ……さん……」
「私は、殿下の味方です。何があっても、離れません」
セラが、ルーカスの手を取った。
手袋越しでも、温かさが伝わってきた。
「殿下、私を見てください」
ルーカスが、セラの顔を見た。
その目には、涙が浮かんでいた。
しかし、優しい笑顔を浮かべていた。
「殿下は、人間です。私が、保証します」
「セラ……さん……」
「だから、大丈夫です。落ち着いてください」
セラの言葉が、ルーカスの心に響いた。
怒りが、少しずつ収まっていった。
身体の熱が、引いていった。
金属光が、薄れていった。
「ありがとう……ございます……」
ルーカスが、かすれた声で言った。
防衛形態への移行が、止まった。
ギリギリのところで、踏みとどまった。
* * *
「ヴェルディ殿、何のつもりですか」
アウグストが、怒りを込めて言った。
セラは、振り返らなかった。
ルーカスの手を、握り続けていた。
「殿下を守っただけです」
「審問の邪魔をしたのですよ」
「審問ではありません。これは、拷問です」
「拷問……?」
「殿下を追い詰めて、暴走させようとしていました。それは、審問ではなく、罠です」
セラが、きっぱりと言った。
アウグストの顔が、歪んだ。
「ヴェルディ殿、あなたは監督役です。殿下を擁護する立場ではありません」
「私は、殿下の騎士です。殿下を守ることが、私の使命です」
「騎士……? まだ、正式な騎士ではないでしょう」
「心は、騎士です。だから、殿下を守ります」
セラの目が、燃えていた。
その迫力に、アウグストは言葉を失った。
「殿下、帰りましょう」
「はい……」
セラが、ルーカスの手を引いて、部屋を出ようとした。
ヴィンセントが、立ちはだかった。
「待ちなさい。まだ、審問は終わっていません」
「終わりました。殿下は、これ以上の質問に答える必要はありません」
「それは、あなたが決めることではありません」
「では、誰が決めるのですか」
「私たちが……」
「あなたたちが、殿下を追い詰めたのです。あなたたちに、これ以上の審問をする資格はありません」
セラが、冷たく言った。
ヴィンセントの顔が、赤くなった。
怒りで、震えていた。
「ヴェルディ殿、あなたは後悔することになりますよ」
「後悔しません。殿下を守ることに、後悔はありません」
セラが、毅然と答えた。
そして、ルーカスを連れて、部屋を出ていった。
* * *
廊下を歩きながら、ルーカスは少しずつ落ち着いていった。
セラの手を、握りしめていた。
その温かさが、心を癒してくれた。
「セラさん、ありがとうございます」
「いいえ。当然のことをしただけです」
「でも、規則を破って……」
「規則より、殿下の方が大切です」
「……」
「殿下が傷つくのを、黙って見ていることはできません」
セラの言葉に、ルーカスの目から涙がこぼれた。
また、涙だ。
しかし、今回は感謝の涙だった。
「セラさん、僕は……」
「はい」
「暴走しかけました」
「分かっています」
「怖かったです」
「……」
「自分が、自分でなくなりそうで」
ルーカスが、震える声で言った。
セラが、立ち止まった。
そして、ルーカスの顔を見つめた。
「殿下、私がいます」
「はい」
「殿下が暴走しそうになったら、私が止めます。何度でも」
「……」
「だから、怖がらないでください。一人で抱え込まないでください」
「セラさん……」
「私は、殿下の騎士です。殿下を守ることが、私の生き甲斐です」
セラの目が、真剣だった。
その言葉には、深い覚悟が込められていた。
「ありがとうございます」
「いいえ」
「僕は、セラさんがいてくれて、本当に幸せです」
「……私も、です」
二人は、お互いを見つめた。
涙を流しながら、微笑み合った。
* * *
寮に戻った後、二人は中庭のベンチに座っていた。
夕日が、空を赤く染めていた。
「殿下、今日のこと、どう思いますか」
「監察官たちは、本気で僕を『禁忌』にしようとしていますね」
「はい。証拠を集めて、正式に認定しようとしています」
「そうですか……」
「殿下、怖いですか」
「怖いです。でも、諦めたくはありません」
ルーカスが、空を見上げた。
夕日が、静かに沈んでいく。
「僕は、人間として生きたいのです。どんなに身体が変わっても、心は人間のままでいたい」
「はい」
「セラさんが教えてくれました。心が人間なら、人間だと」
「……」
「僕は、それを信じています。だから、諦めません」
ルーカスの言葉に、セラは涙を流した。
「殿下……私も、殿下を信じています」
「ありがとうございます」
「殿下は、人間です。誰が何と言おうと、殿下は人間です」
「はい」
「だから、一緒に頑張りましょう。二人で、乗り越えましょう」
「はい。一緒に」
二人は、手を握り合った。
夕日が、二人の姿を優しく照らしていた。
困難は、まだまだ続くだろう。
監察官たちは、諦めないだろう。
「禁忌」としての認定は、いつ行われるか分からない。
しかし、一人ではない。
セラがいてくれる。
二人で、乗り越えていける。
そう信じて、ルーカスは前を向いた。
人間として生きるために。
大切な人を守るために。




