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「ませた口を」
橘次は苦笑して鬼道丸の頭を小突いた。
だが、鬼道丸は必死になって食い下がる。
「俺だって、あんたが思っているほど子供じゃない。女のことを好きだって気持ちくらい、わかるんだ。それに、俺だって小少将の君のことを」
そう言いかけて、鬼道丸は思わず口をつぐんだ。
そんなことを言ったら、橘次にどんな目にあわされるか。
だが、橘次は哀れむような眼差しで呟いた。
「そうか。お前も姫君を。だが、それは俺が許さん」
「わかってるよ。それに、小少将の君は帝ひと筋で、俺なんか眼中にない」
「当たり前だ……まあ、お前だけではないが」
溜め息をつきながらそう言う橘次に、鬼道丸は何となく哀れなものを感じて言った。
「でも、小少将の君はあんたのことをずいぶん頼りにしているようじゃないか」
「確かに。だが、それは妹が兄を思うようなものだ。俺が望んでいるのはそんなことじゃない」
「そうか」
「だが、他人の心を自分の思い通りに操ることなどできはしない。まあ、自分自身の心も同じだけれど。俺はきっと、一生姫君を思い切ることはできまいよ」
「小少将の君がずっと帝を想っていても、か」
そう問う鬼道丸に、橘次は鋭い視線を向け、きっぱりと言い切った。
「そうだ。そうわかっていても、俺は姫君を想う気持ちを捨てることができない。苦しさのあまり、今までずいぶんそうしようとしてきたけれど、もうやめてしまった。どんなに苦しくても、姫君を忘れるくらいなら死んだ方がましだ」
そして、姫君のいる屋敷の奥を見やりながら言った。
「それに、こんな俺でも、まだ姫君の役に立っている。姫君の父上が亡くなってから、姫君を守れるのはもう俺くらいしかいない。俺は大した官職も持っていないただの男だが、それでも姫君を陥れようとしたり傷つけたりする奴らは容赦しないつもりだ。俺は一生この屋敷のあの部屋にいて、ずっと姫君を守って生きていく。ただそれだけで良い」
橘次の顔は、長い嵐の後にようやく訪れた雨上がりの青空のように、清々しく明るかった。




