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小少将の君の心はすべて帝の元にある。
もちろんそれ以前に、小少将の君から愛されるなんて、鬼道丸は微塵も思ってはいなかった。
身分もあまりにも違いすぎる。
どれほど憧れたって仕方のない人だ。
そうわかっていたけれど、いざその現実を突きつけられると、やはり鬼道丸の胸はずきりと痛んだ。
鼻の奥がじんと熱くなり、押さえても押さえても瞼に水分が滲みあがってくる。
涙を見られまいと、鬼道丸は挨拶もそこそこに小少将の君の御前を去った。
そして、庭を駆け抜けてようやく門まで戻ると、頬に流れる涙を汚れた水干の袖で拭こうとした。
だが、その時ふいに誰かが目の前に綺麗な手拭いを差し出したのに驚いた。
それは、橘次だった。
橘次から手拭いを受け取り、隠れるようにして顔を拭く鬼道丸に、橘次は珍しく少し優しい声音で言った。
「お前には随分ひどい扱いをしたな」
「まあね」
鬼道丸はまだ鼻を啜りながら、恨みがましい目で答える。
だが、橘次はきちんと鬼道丸の方へ向き直り、思いがけなくも鬼道丸に頭を下げながら言った。
「姫君は大そう喜んでおられた。だから、俺からも礼を言おう」
そして、小さな声で付け加えた。
「ただ一度でも望みが叶ったのだ。姫君も本望だろう」
橘次の眉が苦しげに歪む。
だが、その瞳は澄んで、寂しげではあったが優しさに満ちていた。
鬼道丸はさっき小少将の君に聞いたことを思い出して問うた。
「あんた、小少将の君の気持ちを知ってたの」
「ああ、主上のことを思いつめておられるのは、ずっと前から知っていた。だから、望みが叶って良かったと思う」
「そりゃ、小少将の君はそうだろうけど、あんたはそれで良いのか」
「なんだ」
橘次はまたさっきのように眉を歪めながら言った。
それが、橘次の、いや鬼道丸自身の胸の痛みを象徴しているかのように感じて、鬼道丸は思わず橘次に詰め寄っていた。
「だって、あんた、姫君のことが好きなんだろう。俺にだってわかるよ。あんたがどれだけ小少将の君を大事に思っているか」




