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「晴明殿の祈祷で、定子様の霊も鎮まられ、主上のご病気も良くなられました。鬼道丸、本当にありがとう」
小少将の君は花のような笑みを浮かべて言う。
館の階の上から見下ろしているその麗しい姿を、鬼道丸は庭で畏まりながら見上げていた。
一条院の御所での出来事の後、鬼道丸は実家へ戻る小少将の君についていき、そのままずっと屋敷の周りをうろうろしていた。
定子の霊は離れたものの、一条院を出る時にはまだぐったりしたままだった小少将の君が心配だったのだ。
そんな鬼道丸の様子を、橘次から聞いたのだろうか。
小少将の君のたっての希望とのことで、庭先ではあるものの、鬼道丸は小少将の君との対面を許されたのである。
小少将の君のお礼の言葉にも、鬼道丸は申しわけなさのあまりどもりながら答えた。
「そんなことないよ。俺のせいで、亡霊になんか取り憑かれちまって、随分ひどい目に合わせた」
ところが、小少将の君は相変わらず美しい微笑を浮かべて、鬼道丸にこう言ったのである。
「いいえ。わたくしは嬉しかったのです」
「えっ」
驚く鬼道丸に、小少将の君は夢見るような不思議な表情を浮かべて語り始めた。
「定子様の霊がわたくしの中にいる間も、わたくし自身はすっかり気を失っていたわけではなかったのですよ。定子様の語る言葉も主上のお返事も、全て聞くことができました。主上に抱き締められた時の腕の強さや、頬や髪を撫でられた時の優しい感触も、まるでわたくし自身がそうされたかのように。それが、何よりわたくしには嬉しかったのです」
小少将の君は、両腕でそっと自分自身の身体を抱き、寂しげな微笑を浮かべて呟く。
鬼道丸は訳もわからずに尋ねた。
「でも、どうして」
「わたくしはただの中宮様付きの女房。主上をお見上げする機会はあっても、お言葉を賜ったりお身に触れたりすることは滅多にありません。どんなに心からお慕いしても、わたくしなど振り向いてくださるわけがない。そうわかっていても、主上を想う気持ちが募るばかりで。せつなくて、苦しくてなりませんでした。でも、ただ一度だけでも、それも他の方への想いでなさったことであったとしても、主上にあんな風に抱き締めていただけた。ただそれだけで、わたくしはこれからも生きていくことができるような気がします。何もかも、長谷寺の観音様とそのお導きであるお前のお陰ですね」
小少将の君はにっこり微笑み、鬼道丸の方へそっと両手を合わせた。
鬼道丸は心臓に焼け付くような痛みを感じながらようやく言った。
「そう、だったんだ。小少将の君は、帝のことが」
小少将の君は独り言のように呟く。
「初めて内裏に出仕した夜に主上をお見上げしてからずっと、わたくしは主上に恋をしてきました。きっと、主上が定子様と初めてお会いした時と同じ気持ちですね。なんて素晴らしい方なんだろうと、ただもう目も離せずに。あの時から、わたくしには主上以外の方は見えませぬ。わたくしはこれからもずっと、宮中で主上を想って生きていきたいと思います」
「たとえ報われることがなくても?」
鬼道丸の問いに、小少将の君は何も言わず、あの花のような笑顔で答えたのだった。




