澱む烈風。
「私達の旅ではレブがいつも見張ってくれていました。レブにとっては数日寝ないくらいじゃ負担にもならないみたいで」
その場にいたチコとフジタカも頷いた。私とレブだけならまだしも、他にも保証してくれる人がいるなら所長も強くは言わない。
「君にとっての魔力は通常の消費と変わらないが他の者は温存できるわけ、か」
見張り用のインヴィタドをカスコの人に用意してもらうのも悪い。備品の用意をお願いして一緒に来ているのだから、私だって協力できる事はしたかった。……実際には、レブにやってもらうわけだから私の協力とは言い難いかな。
「分かった。では任せよう。あそこに見える山の頂、その直上に陽が昇ったら一気にムエルテへ押し入る」
「ならばそれまではお前も休めば良い。見張るだけなら私一人で十分だからな」
「……そうだな」
頭を冷やしてくれたとは言え、レブの言い方に所長も少し物言いたげだった。毎回ひやひやさせられるけどもう変わらないよね……。
それ以上は会話もなく、チータ所長は同じ指示を他の召喚士達にして回ってから休みに入った。私達も同じく、焚き火を囲んで皆と寄り添って目を閉じる。歩き続けた疲れもあって、焚き火の燃える音や陽射しもほとんど気にせずに休む事ができた。
「寒ぃ……」
仮眠から目を覚ましたチコは寒くて真っ赤になった頬を揉んでいる。私も冷え切って痛む耳を指で摘まんで、少しでも滞った血行を和らげていた。
「第一小隊、構え!」
そこに、眠気と寒気に鈍る頭を覚ます様に通る声が響いた。既に休み終えていたチータ所長はムエルテの谷底を睨んでいる。所長の隣にいたレブは私達に気付くと、緊迫した空気に包まれた召喚士達の間を抜けて悠々と戻ってきた。
「ありがとう、何もなかったんだよね?」
見張りへの礼を伝え、最低限の確認を問う。だけどレブは静かに目を伏せた。
「いや。襲撃こそないが谷底で魔力が渦巻いていた」
気付かれているとは思っていたけど、向こうは逃げるではなく迎撃を選んだ。それが分かって寒気が一層増した気がする。
「犬ころ」
「あぁ。――近くにいる」
レブが声を掛けると、フジタカはアルコイリスを嵌めてニエブライリスを構えていた。ライさんとトーロも武器の柄に手をかけて辺りを見回す。今のところ、昨夜出発した顔ぶれからは変わっていなかった。魔力の濃度も関係なくフジタカはロボの存在を近くに感じているみたい。
「ならばこれより、我々ボルンタの召喚士は別行動に入る」
二人を見たニクス様の宣言と共に、背後でカスコの召喚陣が一斉に発動する。もはや隠れるつもりなどない、と言わんばかりの堂々とした輝きに目が眩んだ。
屈強な体に盾と武器を持つその姿はマスラガルトを彷彿とさせる。しかし妙だと思ったのはその体躯が安定せず、微かに揺らめいていたことだ。体勢を崩したわけでもないのに肩は水平のままで上下左右にもたまに動く。まるで、背丈自体を上下させる様に。
「考えたな」
マスラガルトとの違いとしてあった、頭から伸びた立派なトサカを見てトーロは唸った。私は逆に視線を落として、召喚されたインヴィタドの足下で這うものに気付いた。
「アブラクサス……?」
鶏頭で鞭と盾を携え、二本の足が太い蛇になっている戦士。確かにあの足ならばこの悪路も関係なく力強く歩を進める事ができるだろう。トーロもそれが分かっていたみたい。
「あんな高位のインヴィタドを、一人で複数体召喚している……」
ウーゴさんは胸を押さえてカスコの召喚士達を見ていた。確かに、前へ出ているのは第一小隊と呼ばれた数人だけ。一人一体ではアブラクサスの数が合わない。ざっと見ても二十以上は召喚されていた。
「ウーゴ、いつまでも見ている場合じゃないぞ」
「……分かっているよ、ライ。行きましょう、皆さん」
風に鬣をなびかせてライさんは周囲を警戒している。私達も戦線が展開される前にフジタカを先頭に一度カスコの召喚士達から距離を置いた。チータ所長はこちらを横目で見ていたけど、私達へは特に何も言わずに他の小隊員の召喚陣を作動させ始める。
「どこに行くんだよお前は」
「たぶん崖下なんだろうけどさ」
すっかり後続の召喚士達の間も抜けて、チコは気まずそうにしながらだったけどフジタカが歩くままに続く。ライさんはそわそわしているが、それも苛立ちに変わるまでそう長くない。向こうではペガソのいななき声が聞こえてきた。カスコの召喚士達もインヴィタドと共にもうすぐ動き出す頃だろう。




