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カウンセリング再び

「いやあ、見苦しいものを見せたね」


 アッハッハッと笑いながら、どこからともなく取り出した外套を身体に巻いてひとまず自分の裸体をユウが隠した。


 ウィルが「まったくだ」と相槌を打とうとすると、レッドが慌ててそれを止めた。


『待て待て。曲がりなりにも異性の裸を見たのはこっちなんだから滅多な事は言うんじゃねえ』

(は? 別に見たくも無かったものを見せられたのは事実だよ? しかも、それを言うなら俺だって寝ている間に見られたんだぞ?)


 裸を見られる不快さは分かるがお互い様、というか、むしろ不可抗力である自分より恣意的だったユウの方がタチが悪いだろうとレッドに言うが、『駄目だ』と返される。


『女の裸と男の裸、その体面を大事にされるのは女の方だってのは昔から不文律だ』

(えぇ……たしかにとうさんからもそういう話は聞いた事あるけど……)


 いくら何でも理不尽過ぎやしないだろうか?


(こいつもそんなに気にしていないみたいだし、こいつが自分で言った事に相槌打とうとしだけだぞ?)

『それでもだ。男が下手に女の機嫌を損ねるような事を言うもんじゃ無い』


 あまりにレッドが必死に止めてくるので、ウィルは渋々とユウに文句を言うのをやめた。


「で、結局キミは今ボクに何をしたのかな?」


 ワクワク、という擬音が聞こえてきそうなユウの様子に、やっぱりレッドの気にしすぎなのではないかとウィルは思った。


「何をしたと言われても……こっちも何がなんだかよく分からないんだけど?」


 考えられる事としては柏手で何かしらの魔法、つまりはユウが使っていた魔法が解除された可能性だが、今回は別にそういうつもりで柏手を使っていないのでウィルとしてもいまいち何が起こったのかよく分からない。


 と、思っていたのだが。


『あー、ウィル? 柏手はそれ自体に魔法を打ち消す効果があるから、そういうつもりがなくても魔法は消えるぞ』

(え? そうなの?)

『ああ。加えて言うなら、鬼術ならどれも魔法解除の力自体はある。モノによって打ち消す力に強弱の差が在ったり、向き不向きがあったりするが』


 例えば真言は“言葉”という複雑なものを媒介にする分打ち消す力が弱く、柏手はただ一音に込めるだけという単純さから打ち消す力が強いらしい。


(じゃあ、魔法を打ち消そうとする時は柏手の方が良いのか?)

『いや。たしかにただ消すだけならその通りなんだが……まあ、この辺はちょいと複雑だから追々な』


「うーん? 多分さっき手を叩いたことに関係あるのかな? あの音を聞いた途端に術式が解けたし……でも、解除魔法を使われた時みたいな魔力の動きも感じなかったし……」


 そう呟きながら一人考え込んでいるユウ。ほぼ正解に当たりを付けているところを見る限り、ただのバカではないらしい。


「……なあ。何でわざわざ男の恰好に?」


 それは極々自然な、この場に居れば当然抱くであろう疑問だ。

 ただ、ソレを口にしてからウィルはしまったと思いすぐに口を閉じた。


 先程もレッドに言ったが、ソレは明らかに薮蛇な質問だ。


 わざわざ魔法を使ってまで自分の姿を、性別を誤魔化していたのだ。どんな理由であれソレは尋常ではないだろうし、ウィルにとってはロクでもないだろう。


 だから、このウィルが持つ僅かな好奇心によって口から滑り出た問い掛けは、彼の危機管理としては間違いなく悪手だった。


「――うん。え? なに?」


 しかし、ウィルが声を掛けても、完全に自分の世界に入っていたのか、ユウは一度生返事をして、それから我に返ってこちらの呼びかけに応じた。


「…………」

「あっ! 痛っ! ちょっ、待っ! 無言で叩かないで!」


 薮蛇を突いて無反応だったのだからホッとすべきはずが、なぜかついイラッとしてユウを軽く殴ってしまう。


 殴られたユウは、手で頭を抱えながら慌てて距離を取る。


「ちょっとちょっと! か弱い女の子に手をあげるなんて酷くないかい!?」

「裸見られて悲鳴一つあげない奴のどこが弱いんだ!?」


 自分でさえ嫌悪で悲鳴をあげたのにとウィルがそう指摘すると、ユウは「きゃ、きゃー?」と酷く棒読みな疑問符付きの悲鳴を今更あげた。


『これはヒドイ』


 レッドの呟きだが、まさに今のウィルの気持ちを的確に表現した一言である。


「……なんかもう、いいや……」


 一連のやり取りに強い疲労感を覚えたウィルは、ユウとまともに取り合う事を諦める。


「あれ? どうしてボクがこの姿になるのか、知りたいんじゃないの?」


 パッと複雑な魔法陣を自分の周囲に展開させ、全身が発光したかと思うと、ユウが男の姿に戻った。


 何故バレているのにわざわざ男の姿に戻るのか? という疑問が一瞬頭を過ぎったが、それを振り払ってウィルは食糧探しを再開すべくユウに背を向けて歩きだす。


「気になるんじゃないの?」

「……どうでも良くなった。というか、さっきも言ったけど、お前がいると狩りの邪魔になるんだけど?」


 気にならないと言えば嘘になるが、別に知らなくても困る事はない。


 むしろ、これ以上ユウという人間に近づく方が困った事になりそうなので、いくら好奇心が煽られたとしてもそういう言動は避けた方が良いだろう。


 なにより、ウィルはユウがどうにも合わないのだ。


(コイツと話をしていると妙にイライラする……)


 精神衛生上の事を考えても、できるだけ遠ざかろうと考えるのは自然である。


「このままだとまともに狩りできそうにないから、離れてくれないか?」

「うーん……そうは言っても、まだ魔力の有無で魔物が寄ってくるかどうかの確証も取れていないし……」


 逃げる事を警戒しているのか、ウィルが距離を取る事にユウが難色を示す。


「……今日は狩りをするのは諦めて、何か木の実でも採取するのはどうだい?」


 よほどウィルを逃がしたくないのか、そんな代案をユウが出してきた。


「動物とは違って逃げるなんて事しないだろうし。どうかな?」


 普通に考えれば、悪くない提案である。


 ウィルだって別に肉が食いたいというわけでもない。ただ、最近はどこに生えているか分からない可食植物を探すより、向こうから寄ってくる魔獣の類を狩った方がラクだからそうしようとしていただけなのだから。


 ユウから離れたい、という思惑さえなければ狩りが難しい以上ウィルもすぐにその選択を取ったのだが、このまま付き纏われる事を考えると即断でその案を受け入れるのは躊躇してしまう。


『あのさウィル。そこまで嫌がっているお前には気の毒だが、ここは食糧確保優先した方が良いぞ』

(なんで?)

『お前の体力そろそろヤバい。また飢餓状態になりつつある』


 ウィルの体調を診れるレッドからのその報告なので間違っているはずがないが、信じられなかった。


(え? ちょっと待って。たしかにあんな事があったから昨日の昼から何にも食べてないけど、最近そこそこ食べれていたから飢餓状態になんてすぐになるはずが……)

『たしかに食事自体はコンスタントに取れていたから、ちょっと飯抜いたくらいで飢餓状態になるほど酷い体調には普通はならない。けど、ウィルの食べる量自体は少ないってこの間から言っているだろ? だから体に蓄えていたエネルギー自体は少なかったのに、昨日から鬼術使いまくってるから生命力を結構消費しちまって足りなくなったんだ』


 さすがに洞窟の時ほど急は要さないが、余裕のある今のうちに食べておかないと危険だとレッドは言う。


(ううう……こんな事になるなら鬼術使わなきゃ良かった……!)

『使わなかったら使わなかったで大変な事になりそうだったけどな』


 こんな状態では、仮にユウから逃げ出したとしてもどこかで野垂れ死ぬのが関の山である。


『とにかく、さっさと飯探しに行った方が良い。すぐに見つかるかどうかもわからないのに、ここでこの子と問答している余裕はないと思うぞ』

(ちくしょう……!)


「…………分かった。そうしよう」

「すっごい嫌そうな顔してるけど大丈夫? そんなに肉の方が食べたかったの?」

「……別にそういうわけじゃない」

 ――お前が嫌なんだよ!


 狩りから採取に方針転換する事を承諾すると、ユウが見当違いの気遣う様子に、それがまた腹立たしく感じて怒鳴りたくなるが、さすがに明確に敵対しているわけでもない人間を直接詰るのはまだためらいがある。


 沸々と腹の奥に不快な何かが積もっていくような感覚が覚えつつも足を動かしていると、レッドが苦言を漏らした。


『おいウィル。ムカつく気持ちは分からんでもないが、もう少し抑えてくれんか? さっきからトゲトゲしたお前の負の感情が伝わってきてしんどいんだが?』

(……悪い。けど、無理)


 酷く感情がささくれ立っているのは自覚している。けれど、自分でもこれほど荒んだ気持ちになるのは初めての経験で、抑えろと言われたところでどうすれば良いのか分からないし、そんな気にも全くなれないのだ。


『なんでそんなに怒ってんだ?』

(なんでもなにもムカつくもんはムカつくんだよ! 悪いか!?)


 レッドに八つ当たりするが『別に悪いなんて言ってないだろ』と落ち着いて諭される。


『理由を聞いてるだけだ。不快なものを不快に感じて荒れるのは仕方ない、当たり前だ。けどさ、いくらなんでもちょっと怒り過ぎだ。一体あの子の何が気に食わないんだ?』


 ユウの何が気に食わないのか? その答えはすぐに出た。


(それは変な奴だから、だ。レッドだって分かるだろ? 今更そんな事聞くなよ)

『変な奴っていう理由だけなら他二人だって十分変だぞ。でも、お前から伝わってくる感覚だとユウに対してのヘイトがダントツに高い』


 いくらなんでも、明らかに敵意を見せていたあのオヤジさんよりユウの方にイラついているのはおかしくないか? とレッドが指摘する。


(それは……あのおっさんが呪い子に対する反応は普通だから、理解できる。でも、あいつは……)

『ウィル。それは怒る理由にならない』


 レッドはバッサリとウィルの出した理由を否定した。


『相手が理解できないから嫌悪する、というのはまあ分からんでも無い。けど、嫌いな奴がすぐ怒りの対象となるのはちと違うだろう』

(どうして? 嫌いな奴だからムカつくのはしょうがないだろ?)

『いや、怒りと嫌いは全く別の感情だ。一緒にしちゃいけない』


 その人が嫌だと思った時の反応は、怒る以外にいくらでもあるはずだという。


『なあ、ウィル。オイラは感情のままに動くのは大事なことだと思うんだ。そういう意味では、洞窟に居たときに比べて今は好ましい状態だと思う』

(え? 俺、なんか変わった?)

『ああ。大分素直になった』


 素直になったと言われたが、初めてレッドに遭った時からずっと素直に指示に従っているのでは? とウィルは首を傾げる。


『いや、そういう意味じゃないし、そもそもお前言うほどオイラの言うこと素直に聞いてなかったぞ?』

(え、そうだっけ?)

『鬼術のこととか一々聞いてきたじゃないか』


 それは仕方ないだろう。生まれて初めて聞いた上に、これからそれに命を預けるのだからできるだけ詳しく知りたいと考えるのは。 


『話を戻すけど、素直になったって言うのはそういう意味じゃなくて、自分の感情を表に出してくれるようになってきたって事だ』

(……それ。あんまり良いことに聞こえないんだけど?)


 素直に自分の感情を表に出すと、周囲に不快に思われる場合が多い。それこそユウのように。


 加えて、直情的な人間はつまらない失敗をする事も多い。できる限り感情は制御した方が、悪いことにはなりにくいともウィルは聞いた事があった。


『そりゃ、癇癪を起こした子供みたいにぶちまけるような場合の話だろ。ウィルは年の割には落ち着き過ぎてるから、多少は出した方が良いくらいだと思ってたんよ』


 ただ、ユウに関しては出し過ぎというか、感情が先走り過ぎているという。


『我慢しろとまでは言わんが、何で自分がユウにそんなにムカつくのか、その理由くらいちゃんと把握しておけ』


 不快だから、という曖昧な理由では駄目だとレッドは言った。ユウのどこが不快なのか、何故不快だと思ったのか、そういう細かい部分を知る努力をすべきだと。


(……その努力をして、何か良い事ある?)

『感情は制御した方が良いって言ったのはお前だろ? 少なくとも、自分の事も分からない奴が感情の制御なんて絶対に無理だ。感情を出すにしろ抑えるにしろな。それに言っただろ。あんまりお前にイライラされると、オイラがツライんだ』


 と、少し疲れたような声でレッドはウィルに課題を出すのだった。

安全圏に居るようで、実は結構ウィルの影響を受けて色々苦労しているレッド。


彼は今日もウィルを自分の為にカウンセリングという名の教育を施します。

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