嫌悪の所在
自分はユウの何に苛立っているのか?
問われて考えてみるものの、やはりウィルには正体不明の嫌悪感が先立つ。
正体不明、なんとなく、とにかくなんかヤダ。
ソレは考えるのも億劫になるくらいだったが、レッドに指摘された事で改めてその具体性の無さは自覚する。
そして自覚してしまうと、どういうわけかその不自然さがやたら気になってしまうのだった。
(……人が寝ている間に好き勝手する奴だから?)
最初に嫌悪感を覚えたのがその一件なのは確かだ。
(服を勝手に剥かれて調べてそれを本人にぶちまけるとか、正気の人間がする事じゃない……けど)
ではそこに自分が怒っているのかと、改めて問われれば、違う気がした。
不快な気分にさせられてはいるが、別に攻撃されたわけではない。
なんだかんだ直接的な危害は加えられていないし、これまでの半生を振り返ればむしろ感謝しても良いくらいなのでは錯覚するほど、ユウの呪い子に対する振る舞いは甘い。
モノみたいな扱いをされている節はなんとなく感じるのだが、どこか対等というか、変にウィルからマウント取ろうとするような傲慢さや、逆に蔑んだり同情的な視線で貶めようとするような、それまでウィルが経験してきた呪い子への対応はしていない。
それに、ユウの勝手な振る舞いは気にくわない事には気にくわないのだが、なんというか、そうじゃないのだ。
そういう表面的なところじゃなくて、もっとこう、根本的なところ。
自分の中の何かと、ユウの何かが、致命的にまで噛み合っていない感じ。
そこにイライラしているような気が――。
(――ダメだ)
結局、今朝と同じでいくら考えても答えが分かる気がしなかった。
違うのは、レッドが言うように自分がおかしくなっている事は自覚できたことか。
少なくとも、ウィルは朝からずっと狂いっぱなしだった調子が、多少なりとも落ち着きを取り戻せたような心地がしていた。
(……冷静に考えると、恩人ではあるんだよな。一応)
言動のせいでそんな印象は消し飛んでいたが、ウィルが受けた手酷い傷の手当てをしたのはユウである。
レッド曰く結構良い薬を使っていたという。その効果なのかは分からないが、今ウィルの肩の傷はあまり痛みは発していない。
過去に義父から手当てを受けた時にも傷薬を塗ってもらった事はあるのだが、その時よりも明らかに痛みが収まっているのだから、質が良い薬なのは容易に想像できた。
(そんな上等を薬をなんで俺なんかに?)
思わず怪我をした手をやると、「痛むのかい?」とユウが声を掛けてくる。
「いやべつに」
「本当? ずっと不機嫌そうな顔してるから、てっきり痛いのかなって」
その顔は怪我ではなく、十中八九ユウのせいだろう。
「……随分と良い薬を使ってもらったみたいだから。おかげさまで痛みは殆ど気になってない」
そう言うと、ユウは嬉しそうに「そう?」と破顔した。
「いやあ、作ったは良いけど使う機会が全然無くてね-。人の為になったのなら薬師冥利につきるよ」
「……作った? 薬師?」
「そう。昨日のも今朝のもボクの自作さ」
得意そうにパッと魔法陣を展開させると、小さな箱らしきものを手にしていた。
「練習とか試験で沢山作らされたのは良いんだけど、この世界じゃみんな魔法で治しちゃうからねー。一部の珍しい病気に効くやつ以外は需要が無くて大量に在庫抱えちゃってるんだよ」
「お前、錬金術師だったの?」
薬を始めとする物作りは錬金術師と呼ばれるジョブ適性を持つ人間に限られている。
「だから薬師だって。まあ、一応錬金術師もクラスⅢ相当の適性もあるって鑑定受けてるけど」
「Ⅲ!? はあ!?」
クラスというのはジョブやスキルの進度を表すモノだ。
最大はⅣとなっておりもはや人外認定される領域で、そこから一つ位階が下がるⅢでも達人とみなされ、その分野では他者から畏敬の念を集められる。
Ⅱでも職業としてやっていけると認められているが、Ⅰ相当だと他者からは評価の対象にはならず、0だともはや赤子に等しくスキルやジョブの獲得挑戦は人から止められるくらいである。
ちなみに呪い子であるウィルは、当然のように全てが0扱いである。
「……なんで冒険者なんかやってんだ?」
Ⅲ相当の適性があるならば国が積極的に確保しようと動いてもおかしくないし、そうでなくとも多くの人からその才能は求められるのが普通だ。
収入はもちろん、衣食住に加えて命の保障もされない冒険者をやる道理が無い。
まともな人間なら、の話ではあるが。
「なんでって、面白いからに決まってるじゃないか」
さも当たり前のようにユウが言い切る。どこまでいっても自分と考え方と合わず、困惑と苛立ちでウィルは頭が痛くなってくる。
「バカじゃないのか? 安定した生活をみすみす捨てるなんて……」
「ボクが思うにキミの考え方の方がばかばかしいと思うけどね。適性があるからって、それだけでその生き方しか選ばない、選べないというのはくだらない考え方だ。自分の人生なんだから好きなように生きたいじゃないか。それだけの話さ」
「それだけって……そんな簡単な話じゃ」
「簡単な話じゃないよ。でもやるんだ」
思いの外強い声が返ってきてウィルが目を瞠ると、ユウは続けた。
「この世界に“自分の普通”が合わない。じゃあどうするかって話だけど、結局は自分が変わるか変わらないか、この二択なんだよね。ボクはもう、合わせる人生なんて真っ平なのさ。だから、ボクはボクに合う居場所を探さなきゃならない」
それには冒険者というジョブは都合が良いのさ。
ユウの話は現実味がまるでない。ないのだが、不思議と筋が通っているように聞こえ、何故かまともに聞こえた。
根拠は無いがなんとなくユウなら言葉通り事を成せそうな気にもさせたが、同時に、あの正体不明の苛立ちが襲ってくる。
(……ああ。そうか。だから俺、コイツが嫌いなのか)
自分が人と違う事に全く気にせず、自由に振る舞い、他者からの干渉に左右されない。
ユウはウィルと比べると圧倒的に恵まれている。自分がくだらないと切り捨てたモノを望む人間がいて、諦めていることを知らないくらいには。
けれど、そのくせどういうわけか、ウィルと似たような壁に阻まれているようだ。少なくとも、世界という個人じゃどうしようも無いものが“合わない”と感じる点では同じである。
にも関わらず、どうやら本気でその壁の向こう側へ行こうとしているらしい。自分には絶対手が届かない場所へ。
その行動には呆れるというか馬鹿馬鹿しいというか、羨ましいような妬ましいような。
その感情が何かまでは依然として掴めないが、兎角見ているだけでイライラするのはそこの部分である事に、ウィルは気が付いた。
(まだこの不気味さの正体は分かんないけど、これだけは分かる。俺とコイツは“合わない”。厄介そうだと面倒そうだとかそういう可能性の話じゃなくて、関わること自体間違っていた)
やはり、隙を見て逃げだそう。
レッドの推測が外れるかもしれないし、もし当たっていてしつこく追われ付き纏われたとしても、ユウと一緒にいるよりかははるかにマシな生活が送れるはずだ。
そう決意していると、突然ユウが「あっ!」と声をあげた。
次回ネタバレ:ウィル、主人公なのに異世界無双される模様




