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男装

(……? どういうこと?)


 レッドの言っている事がよく分からない。わざわざ男のフリをして、というのはまるで――。


(まるで、あのユースって人が女の人みたいな言い方だな?)

『まるでも何も、女の子だぞ』

(……マジ?)

『マジで』


 レッドが言うのだから多分そうなのだろうが、普通に会話していたウィルでも全く気付けなかった。


(え? なんで?)

『男と女って結構違うからな。体型だとか体臭だとかみたいな身体的な特徴は当然として、歩き方みたいな立ち居振る舞い一つとっても差ってのはできる。まあ一応、ある程度魔法で偽装も可能だが……そういったものを完全に隠せるのは不可能だから、鬼の子の感覚なら経験次第ですぐに分かる』


 なんで? という疑問をどうして気付けたのか? と受け取ったのか、レッドは説明する。が、たしかにそれも気になったのは確かだが、ウィルがそれより気になるのはユースがどうしてそんな事をしているのか? であった。


 そう聞き直すと、レッドは苦笑する。


『さすがにそこまでは分からんわ。普通に考えれば何かの事情、そうじゃなきゃそういう趣味なのかもしれない』

(そりゃ何か事情があるだろうとは思うけど……いや、ほんとにそういう事情があって欲しいな……)


 これでもし趣味だという理由なら、あのパーティには変人・狂人ばかりの最悪な集団だ。どれだけ面倒な事になっても逃走すべきだろう。


『気になるなら聞いてみれば?』

(明らかに藪蛇なのにそこ突っ込むの?)


 そんなことしないとレッドに返すと『まあ、無理強いはしないけど』と仕方なさそうな様子を示しつつも、こんな事も言った。


『オイラが思うに、ウィルはもうちょい人に興味を持っても良いと思うんよね。多少藪蛇案件っぽい、そういう事に首突っ込んでみるのもお前にとっては良い経験だと思うぞ』


 他者との接触は多かれ少なかれ面倒事も付き纏うものだ。


 それでもある程度は人付き合いを経験しておけば、レッドはウィルが自分に頼らなくてもこれくらいは容易に察せるようになるはずだという。


『できるだけ多くの人と接して、知る事ができれば表に出てこないもの、隠されているものもある程度は読み通せるようになる。そうなればそれだけ妙なトラブルも避けられるようになるから、今回の事は良い機会なんじゃないか?』

(……そうかもね。それより、今ちょっと気になったんだけど)

『?』

(まさかとは思うけど、あのおっさんとかこのバカも実は女だったとかないよな?)


 そう問いながら後ろについてきてるユウにチラッと視線を向けると、レッドは笑いながら答えた。


『さすがに無い無い。あのおっさんはどこからどう見てもおっさんだったし、ユウも歩き方を見る限りは完全に男の子のソレだから。多分大丈夫だ』


 ……多分?


 レッドの言い方に少し引っかかりを覚えて聞き返そうとしたところで「ねえ? いつまで歩くの?」と、当のユウから抗議めいた声が掛けられた。


「何か全然探している様子も無いし……狩りなら痕跡を探したりする事から始めるよね? 普通」

「そんな事しなくても適当に歩いていれば向こうから寄ってくる」

「えっ!? 自分から何かを探しているとかじゃなくて、向こうから来るのを待っているの!?」


 あまりに驚かれたので思わず立ち止まって振り返ると、ユウがさすがにソレはないでしょとウィルの考えを否定する。


「魔獣も獣もよっぽどお腹を空かしているか凶暴な種類でも無い限り、向こうからわざわざ近づいてくる事なんてしないでしょ?」

「そう言われても……いつもこの方法で十分もしないで魔獣の気配が近づいてくるから、むしろこっちが不用意にトラブルにならないように逃げているくらいなんだけど」

「そうなの?」

「ああ。今日は何故か全然そうならな――あ」


 そこまで言って、ウィルはレッドに言われていたあの事を思い出す。


「? どうしたの?」

「いや……魔獣は、同じ魔力を持っている奴には警戒して近づかなかったり、逆に魔力を持っていない奴には積極的に寄っていく、という話があって――」

「何それくわしく」


 自分が知らない事だったのかユウの好奇心がくすぐられたらしく、目の色を変えて食いついてきた。


「え、えっと……魔力が強いと生命力が少ない? らしくて。それを少しでも補おうと魔獣は他の生物を襲おうとする、というらしいけれど……」


 これはレッド曰く魔法というか、魔力を扱う上での基礎的な知識という。


 呪い子なんかを研究したいとか言い出す知識欲が旺盛なユウなら、知っていて当然のはずである。


 しかし、ユウの反応は違った。


「……それ、本気で言ってる?」

「え?」

「魔力が強いと生命力が少ない? 逆でしょ? 魔力と生命力は同じもの。だから、魔力を使いすぎると衰弱して死んじゃうし、魔力が無いから生きているのが不思議なキミら呪い子の存在が気味悪がられているんじゃないか?」


 それが常識じゃないか、と思わぬ事を言われて、ウィルは目をぱちくりとさせる。レッドが言っていた事と完全に真逆である。レッドも『は? そっちの方こそ何言ってんだ?』と、ユウに聞こえるはずもない疑問を投げ返していた。


「そんな事言われても……え? なんで?」

「それはこっちのセリフ、と、言いたい所だけれども。なるほどね。そう言われれば色々としっくり来るものがある……けど、もしそうなると色々と説明がつかなく事も……」


 ユウは口元に手を当て、ブツブツと呟きながら思案する。


 そして、それほど間をおかずに再びウィルに問いを再開した。


「……仮にキミが言っている事が本当だとすれば、いつもと違って魔力持ちのボクがいるから魔獣は襲ってこないのは、たしかに今の状況に説明はつくね。でもじゃあ、魔力が無くなると死亡ないし虚弱してしまうのはどうしてなのかな? 生命力と別というならそんな事にはならないはずだろう?」


 ジッとやけに真剣な目で見つめながら問われ、妙な緊張感に襲われたウィルは急激に渇く喉に唾をゴクリと飲み込んだ。


「え、えっと……(ど、どうだっけレッド?)」

『魔力と生命力は別物だが、完全に違うものじゃない。魔力は元々、生命力だったモンが変質したものだってオイラの時代では推察されていた。そういう意味では同じものであるというのは間違いじゃない。この辺は前にちょっと言ったな』


 たしかに聞き覚えがある。レッドの説明は続く。


『元は同じだったからか魔力と生命力の関係性はかなり深くって、魔力を消費すると生命力も一定の割合で消費される。だから魔力を使いすぎると生命力も無くなって、最終的には死んじまう』


 少なくとも、コレがオイラの時代の定説だった。とレッドが言った事を、最後の付け足し以外ユウに伝える。


 ユウはなるほどと頷いた。


「魔力は生命力の変異したもので、そして一定の割合でどっちも消費する、ね……」

「別に信じなくても良いというか、俺も教わっただけだ。自分で考え付いたわけじゃないから、合っているかどうかも知らないし、自信も無い」


 レッドを見つけた遺跡はかなり古かった。当然その知識もかなり古いはずのもので、普通ならば新しい時代の方がより事実に近いはずである。


 ただ、


「だけど、俺はこの考え方のほうがしっくりくる」

「まあ、そうだろう。そっちの方が呪い子の存在に説明がつくからね」


 頷きつつ、ユウはこちらに向けている視線を強めた。


「ねえ? 教わった、って言っているけど、誰からその説を?」

「えっ?」

「その説は誰かが呪い子であるキミを励ます為のでっちあげた、という可能性も考えたけど、それにしてはそこそこ筋が通っていて簡単には否定できそうにない。こんな新説を思いついたのがどんな人なのか是非知りたいね」


 話の出所を聞かれ、どう答えたものか困る。


 正直に言うならレッドの存在がバレる。いや、バレたところでどうなるものでも無いかもしれないが、説明するにしても酷く面倒だし、ユウにレッドの存在がバレるのはもっと面倒な事になる気がした。


 どうしようかと思わず耳にぶら下がっているレッドの本体に手を当てると、その動きに目敏くユウが反応した。


「てっきり朝言っていたお父さんからかなと思ったけど、すぐにそう言わないって事は、その耳飾りに関係のある人かな?」

「え? あ~……うん、まあ、そんなとこ、かな?」


 人、と呼ぶには疑問符がつくが、ひとまず否定はしないでおく。


「ふーん……そういえばその耳飾りも気になっていたんだよね」


 そうレッドの本体に視線を釘付けにしながら近づいてくるユウに、ウィルは思わず後ずさる。


「キミの身体調べた時にさ、その耳飾りの留め具らしい部分が耳の穴の奥にまで続いて思わずギョッとしたんだよね。無理に外せそうにないから詳しく調べられないし、表に出ている部分だけでもと思って『鑑定』や『探査』の魔法を掛けても全然受け付けてくれないし……」


 まあ、調査系の魔法が効かなかったのはキミの身体全体もだけど、とユウが付け加える。


 どうやらユウがやたらウィルに執着しているのは、自分が調べても分からなかった事が多く、好奇心が煽られるばかりで全く収まらなかったから、という理由もあるようだ。


 頭の中が研究一色に染まりつつあるのが傍目にも分かりそうにないくらい鼻息荒く、ユウの目が輝いている。容易には止められそうに無い。


 とはいえ、今、このまま流されて質問攻めになってしまうのはマズイ。


 ユースにも散々注意された事だが、このままユウの興味の赴くままに振り回されて食糧の確保ができなくなるのはたまったものではない。


 既に、ウィルは昨日から何も食べずじまいでいるのだ。最近は食事を摂れる機会が増えていたからまだ余裕はあるが、このままではまた飢餓状態で動けなくなりかねない。


「な、なあ。それよりも狩りの事なんだが……」

「もしかして昨日回復魔法効かなかったのってその耳飾りが関係しているとか? 見た事無い金属だしそれ自体も魔法無効みたいだしそれとも呪い子が身に付けているものはみんなそうなるのかなねえやっぱりそれ外せないかな無理なら少し削らせて――」


 ……駄目だ、止まらない。


 宥めようとするも、ウィルの言葉がまるで聞こえていないかのようにユウが早口でまくし立ててくる。


 ついでに、本体を削りたいなどとさらっと物騒な事を言われたレッドもさすがに身の危険を感じたのか。


『アカン……色々とアカン……』


 と、その声を引き攣らせている。


(お前がそういう反応するって相当だな……)

『当たり前だ! 言っとくけどソレはオイラにとっての脳や心臓みたいな部分だからな!? ちょっとやそっとの事じゃビクともしないけど、ピンポイントで傷つけられたらさすがに支障が出るわ!』


 何が何でも止めろ、といつになく強い口調で頼まれる。無論、ウィルとしてもそのつもりだが、そもそもソレができそうになくて困っているのだ。


(止めようにも、ちょっとやそっとの事じゃ全然止まりそうにないけど?)

『なら鬼術使え! 柏手でも真言でも良いから!』

(また鬼術を……?)


 真言はともかく柏手がそんな事に使えるのか? と、問い返すと『むしろ元々の使い方としてはそっちのが正しい』とレッドが言った。


(そうなの?)

『ああ。柏手も真言も自分の意思を音に乗せて、他の存在に叩きつけるっていうのが本質だ』


 柏手のマナ初期化による魔法無効や真言の意思誘導は副産物でしかなく、人の意識に働きかける事が鬼術の真骨頂である。


 という、相変わらず理解できるようなできないようなレッドの鬼術講座だが、これまでの事から効果があるという事は分かったので、ウィルはもうそれで良いかと思った。


(分かった。とりあえず真言を試してみるよ)


「『口を閉じ――』」

「そうそう! 気になると言えばキミの傷口も不思議でさ結構酷い傷なのにボクが見た時にはもう血が止まってて手当てが思ったより楽だったんだよねなんでかな呪い子って人より怪我の治りが早いのかなもしそうならさっきキミが言っていた魔力が多い人程生命力が少ないってのにも説明がつくよねだって魔力が多い人程生命力が少ないって事は呪い子は逆に――」


 …………。


(全く効いてないんだけど……)

『効いてないっていうか聞いてないのが正確だな』


 どうやら、言葉をちゃんと聞いてもらえなければ真言は効かないらしい。


 それならばと、次は柏手を試してみる事にする。


 それも、今度は失敗しないように全力で“止まれ”と念を込めることにした。


 目を瞑り、大きく腕を広げる。


 ユウが滝のように吐き出し続ける言葉に気が散りそうになったが、息を強く止めて意識の外に追いやってから、思いっきり手を合わせる。


――パンッ!


 その瞬間、全く止む気配の無かったユウの言葉の雨がピタリと止んだ。


 やれやれ、どうやら効いてくれたらしいと思ったウィルは、止めていた吐息をゆっくり吐き出すとその目を開けた。


 まさか、開けたその目に飛び込んできた光景に、自分まで絶句させられる事になるとは露知らずに。


「…………え?」

「…………は?」

『……え、ちょっと待て。何が起きた?』


 それぞれから困惑の声が上がる。


 まず、ユウ。


 この中では一番状況を把握していないようで、困惑というよりかはキョトンとした様子で首を傾げているだけで、この中では一番落ち着いており、平常運転のように見える。


 ――どういう訳か着ていた服が全て消失している、という点を除けばの話であるが。


 次にウィル。


 別段、人の裸を見たところで思う事など無い。


 無論、意表を突かれたので多少の動揺はあったが、男は殺した山賊の根身包みを剥いだ時、女子供はその根城に囚われていたえげつない惨状を呈したモノを散々見ていたので、今更その程度の事で取り乱したりはしない。


 とはいえ、裸自体に特に思うことがなくとも、そこに付随した情報に対してまったく無反応でいられるはずもない。


 そう、例えば――男ならばついているべきのモノがなかった、という事実だったり。


(結局そういうオチかよぉおぉ!?)


 レッドの多分、という言葉に引っかかりがあった時から嫌な予感はあったものの、本当にそんな特殊な人間が二人も続け様に現れる等とは思わない。


 否、思いたくなかった。 


 そして最後。


 そのユウが男だと言っていたレッドだが、実はこの中で最も衝撃を受けていた。


『い……いやいや!? こんなはずはねえ! いやだって、さっきまでどう見たって男だったぞ!?』


 密かに自分の見立てに絶対の自信を持っていたらしく、断定は避けていたものの十中八九ユウの性別が男だと考えていたのだが、それが覆された事で酷く動揺していた。


『え、えぇ……いや、ほんとどうなって……気配が急に、変わった……?』


「え、なに? キミ今何を……」


 混乱する二人をよそに、ここでようやく我に返ったユウは、自らに起こった異変に気付いて自分の身体を省みた。


「……うわっ!? 魔力体が解けてる!? えっ!? なんで!?」


 驚きの声を上げるユウだったが、自分の正体が露見した事よりも、その偽りが破られた事の方が優先度が高いらしく、およそ裸体を晒している年頃の少女とは思えない反応を示していた。


「ちょっとちょっと今キミボクになにしたの!」

「それより他に言う事あるだろうが!」


 外見は様変わりしたが、先程までと全く変わらない目の輝きで迫ってくるユウに、ウィルは大声でツッコミを入れた。

ぼくっ子男装女子が一人しかいないとは言っていません(棒


まっぱの女の子が出てきたシーンなのに全然エロくもなければドキドキもしない。それがユウクオリティ。


裸になっても全然気にしていない様子のユウですが、一応、裸になった事に対する羞恥心自体は持っています。一般的思春期が持つソレではありませんが。


ウィルが同年代の異性の裸体に動じていないのは、作中でも触れたとおり悪い意味で慣れているせいもありますが、そもそも情操自体がそんなに育っていないからというのが結構大きいです。ある意味ユウより酷い状態。

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