表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼっちを満喫したい俺に、なぜかクラスのヒロインたちが懐いてくる  作者: 富益 啓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/11

第6話「文化祭前日、彼女は何かを言いかけた」

 文化祭まで一週間を切ると、学校の空気が変わる。


 廊下に出れば垂れ幕の材料を抱えた生徒とぶつかりそうになるし、放課後の教室は毎日がやかましい。(ゆう)は本来こういった喧騒が苦手なのだが、今週に限っては自分もその「やかましい側」に含まれていた。


 クラスの喫茶店準備は、最終段階に入っていた。


 メニューの量と仕込みのタイムラインを悠が担当し、備品の調達は委員が担当し、告知ポップと席のレイアウトは別の数人が受け持った。分業は悪くない。ただ、全員が「料理の最終確認は成瀬(なるせ)に聞け」という雰囲気になっていて、昼休みのたびに誰かが寄ってくる。


「スコーンは前日に焼けばいい?」


「当日の朝でいい。前日だと乾く」


「クロックムッシュのハムってどのくらい用意する?」


「一人前三十グラムとして、一日四十食なら計算しろ」


「プリンって冷蔵で何時間もつの?」


「作った日を含めて二日。前日仕込みで当日提供なら問題ない」


 答えながら悠は思った。これはぼっちライフではない。完全に戦力として機能している。


(一人の方が捗る、と言いたいところだが——)


 今週に限っては、そうも言い切れなかった。


    ◇ ◇ ◇


「私、接客係に立候補した」


 木曜の昼、白瀬(しらせ)がそう言った。


「聞いた」と悠は答えた。「一番前に出るポジションだぞ」


「わかってる」


「お前、人に合わせるのが疲れるんじゃなかったのか」


 白瀬は少し間を置いた。


「……文化祭くらいは、ちゃんとやりたいと思って」


「そうか」


「あと」


「なんだ」


 白瀬は視線を少し逸らして、また戻した。


「成瀬くんが作ったものを、一番先にお客さんに届けられるから」


 悠は三秒考えた。


「それは効率のためか」


「……そう、効率」


 白瀬はそう言って、ノートに何かを書き始めた。悠はそれ以上聞かなかった。


 隣で間宮(まみや)がそっと悠の肩を叩いた。小声で「お前……」と言って、天を仰いだ。


「なんだ」


「なんでもない。どこまでもなんでもない」


    ◇ ◇ ◇


 金曜の放課後。


 家庭科室での最後の試作が終わり、全員で仕上がりを確認した。スコーンは狙い通りのさっくり感で、クロックムッシュは量産できる手順が確立し、プリンは(たちばな)が一人でも作れるようになった。


「完璧じゃないですか!」と橘が両手を合わせた。


「あと一歩。明日本番仕様で通し練習する」


「え、明日も?」と白瀬が言った。


「前日だ。念のため通しておく」


「成瀬くんって、思ったよりしっかりしてるんだね」


「思ったより、ってどういう意味だ」


「ぼっちって言ってた割に、すごく面倒見がいい」


「これは料理の話だ。個人の問題だ」


「一緒じゃん」と野中(のなか)が言った。今日も来ていた。「成瀬くんって、自分では気づかないうちに世話してるよね」


「してない」


「してる」と白瀬が言った。


「してる」と橘が言った。


「してる」と(りん)が少し遅れて言った。


 間宮は笑いをかみ殺していた。


「……みんな、そろそろ帰ってくれ」


「やだー」と野中が笑った。


    ◇ ◇ ◇


 その夜。


 悠は自室で翌日の段取りをノートにまとめていた。仕込みの順番、道具の配置、各担当への指示出しのタイミング。ぼっち主義者のはずなのに、いつの間にかこういった段取りが得意になっていた——料理を続けてきたせいで、段取りを組む習慣がついたのだろう。


 スマホが鳴った。


 白瀬からだった。明日の朝早く来てもいいか、手伝えることがあるかもしれないから、という内容だった。


 悠は少し考えてから返した。七時半に家庭科室へ。道具の準備を手伝ってもらえるなら助かる、と。


 すぐに返信が来た。わかった、行く。


 それだけだった。


 悠はスマホを置いて、ノートに続きを書いた。


    ◇ ◇ ◇


 土曜日——文化祭前日。


 家庭科室は朝から動いていた。仕込みを担当する数人のクラスメイトと、悠が中心になって作業を進める。橘は自分のクラスの準備があるからと、短時間だけ手伝って帰った。凛は生徒会の最終確認で朝から職員棟に詰めていた。


 白瀬は、約束通り七時半に来た。


「おはよ」


「ああ。道具はあっちの棚に——」


「わかった、並べればいい?」


「種類ごとに分けて。明日使う順番に手前から」


「了解」


 白瀬はエプロンをつけて、手際よく動き始めた。三週間の練習が生きている。


 昼前に通し練習が終わり、仕込みも目途がついた。クラスメイトたちが解散していくのを見送って、最後に残ったのは悠と白瀬だけになった。


 後片付けをしながら、白瀬が言った。


「明日、たのしみだな」


「準備はできてる」


「そういう意味じゃなくて」


 白瀬はシンクで手を洗いながら、少し笑った。


「なんか……こういう時間が好きだったんだって、最近思う」


「どういう時間が」


「みんなで何か作ってる時間。うまくいった時の達成感とか。前は、こういうの苦手だったんだけど」


「なんで苦手だったんだ」


 白瀬は少し考えてから答えた。


「みんなと一緒にやってるのに、どこかで一人でいる感じがしてたから」


 悠は手を止めた。


「それは」


「成瀬くんみたいに、一人が好きってことじゃなくて——みんなと同じ方向を向いてるつもりなのに、どこかズレてる感じ」


 白瀬はそう言って、蛇口を止めた。


「でも最近は、そういう感じがあんまりしなくて」


「なぜ」


 白瀬は振り返って、悠を見た。


「……成瀬くんと料理してると、ズレてない気がするから」


 悠は何も言えなかった。


 何を言えばいいのかが、わからなかった——というより、白瀬の言葉の意味を、悠はまだ正しく受け取れていなかった。ただ、何か大事なことを言われている気は、かすかにしていた。


「……そうか」


 それが悠の精一杯だった。


 白瀬は少しだけ笑って、エプロンを外し始めた。


    ◇ ◇ ◇


 帰り支度をして、家庭科室を出た。廊下に夕方の光が差している。


 昇降口に向かって歩きながら、白瀬が少し歩みを遅くした。


「成瀬くん」


「なんだ」


「……あのさ」


 白瀬は前を向いたまま、ゆっくり言葉を探すように、口を開いた。


「私、なんでここに来るようになったか、最初は自分でもよくわからなかったんだ」


田中(たなか)から逃げてきたと聞いた」


「最初はそう。でも——」


 白瀬は少し止まった。


「——でも、それだけじゃなかったと思う。今は」


 悠も立ち止まった。


 白瀬の横顔を見た。白瀬は少し俯いていて、夕日が当たった頬が——さっきよりも、少しだけ赤かった。


「白瀬」


「……うん」


「続きは」


 白瀬は少し笑った。困ったような、でも嬉しいような、不思議な笑い方だった。


「明日、言う」


「明日?」


「文化祭が終わってから」


 それだけ言って、白瀬は歩き出した。


 悠は一瞬だけ立ち止まってから、後を追った。白瀬の横に並んで、二人で昇降口まで歩いた。


 悠には、白瀬が何を言いかけたのか、まだわからなかった。


 ただ——明日が、いつもより少しだけ遠く感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ