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ぼっちを満喫したい俺に、なぜかクラスのヒロインたちが懐いてくる  作者: 富益 啓


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4/11

第4話「カレシじゃないのに、なぜか釈明に追われている」

 噂というのは、種が一粒落ちれば一日で森になる。


 (ゆう)はそのことを、月曜の朝に身をもって知った。


 教室に入った瞬間、視線が集中した。「おはよう」という声が二倍ある。廊下のすれ違いで女子が耳打ちし合っている。何かが変だ。


 席に座ると、間宮(まみや)が隣に来て小声で言った。


「聞いたか」


「何を」


「お前と白瀬(しらせ)さんが付き合ってるって話」


 悠は三秒間、間宮の顔を見た。


「……誰が言い出した」


「さあ」


「お前だろ」


「違う違う、俺はちょっと……いや、俺じゃない」


「目が泳いでる」


「気のせいだって!」


 間宮は顔をそらした。明らかに後ろめたそうな顔をしていた。悠は額に手を当てた。


「放課後、屋上に来い。話がある」


「こわ! 俺、何もしてないよ!?」


    ◇ ◇ ◇


 一時限目が始まる前に、白瀬が隣に来た。今日は少し顔が赤い。


「聞いた?」


「聞いた」


「どうする」


「否定する以外にない」


「……そうだよね」


 白瀬は小さくうなずいた。その「そうだよね」の言い方が、どこか寂しそうだったが——悠はそれに気づかなかった。


「俺から否定しといていいか」


「うん、お願い」


「わかった」


 悠は立ち上がり、教室を見回した。数人が明らかにこちらを気にしている。悠はそのうちの一人、男子の目立つグループに近づいた。


「俺と白瀬は付き合っていない。どこから出た話か知らんが、事実じゃない」


 教室が少し静まった。間宮が顔を覆った。


「……言い切った」


「他に方法があるか」


「あるよ! もっとやんわり! 『誤解だよ』くらいで!」


「遠回しな否定は肯定と変わらない」


「そういう話じゃなくて!!」


 しかし男子グループは「そっか、ならいいや」とあっさり信じた。問題は女子の方だった。


    ◇ ◇ ◇


 昼休み。


 悠のぼっち聖域に来たのは、見知らぬ女子二人組だった。


成瀬(なるせ)くんだよね? 私、白瀬の友達の野中美咲(のなかみさき)って言うんだけど」


 明るい声。活発そうな短髪の女子だった。その隣に、おとなしそうな女子がもう一人。


「そう」


(さくら)がいつも放課後に消えてるって思ったら——料理教えてもらってたんだって?」


「それだけだ」


「えー、でも毎日なんでしょ? 毎日会ってたら普通仲良くなるよね?」


「なるとは限らない」


「なってるじゃん」と野中(のなか)は笑った。「桜、成瀬くんのこと話すときちょっと顔が変わるし」


「どう変わる」


「気になるんだ?」と野中はにやりとした。


「情報として聞いてる」


「情報! ウケる! なんで付き合ってないの、こんなに面白いのに」


「俺たちは料理仲間みたいなものだ」


「料理仲間……」野中は隣の女子と顔を見合わせた。「桜にそれ言ったら怒りそう」


「なんで」


「わかんないんだ、本当に」


 野中はため息をついて、しかしどこか楽しそうに立ち去った。隣の女子は一度だけ振り返って、「応援してます」とだけ言った。


 悠には何のことかわからなかった。


    ◇ ◇ ◇


 そこに(たちばな)ひなたが現れたのは、野中たちが去ってから五分後だった。


「先輩! 聞きました! 白瀬先輩とのご交際疑惑!」


「ない」


「わかってます! だって先輩の婚約者は私ですから!」


「婚約してない」


「公認のお嫁さん候補、ということで」


「公認してない、誰にも」


「間宮先輩に公認してもらいました!」


「間宮に権限はない」


 橘は胸を張った。


「とにかく! 先輩に変な噂が出てきたからには、私も本気を出さないといけないと思いまして」


「本気って何をする気だ」


「もっと先輩のそばにいます! 先輩のことが大好きだって、みんなに見せます!」


「逆効果だから止まれ」


「止まりません! 愛は前進あるのみです!」


「愛じゃない、料理の縁だ」


「料理の縁が愛に変わるんです!」


 橘はそのまま隣の席に座った。悠は天を仰いだ。


    ◇ ◇ ◇


 放課後。


 屋上で、間宮は観念した顔をしていた。


「……ちょっとだけ話しちゃったかもしれない」


「誰に」


「野中さん。『白瀬さん、最近どこ行ってんのか知らない?』って聞かれて、正直に答えたら——なんか話が膨らんだ」


「それが噂の発生源か」


「正確には俺は『料理の練習してる』って言っただけなんだけど、野中さんが『え、成瀬くんと一緒に? 毎日?』って反応してさ——」


「お前が余計なことを言ったせいで俺の一日が終わった」


「ごめん! 本当にごめん! でも実害あった?」


「俺は一日中否定に追われた」


「それだけ?」


「十分だ」


 間宮は少し申し訳なさそうな顔をした。が、三秒後には口元が緩んでいた。


「……でもまあ、面白くなってきたじゃん」


「反省しろ」


「してる、してる。片手間に」


「でもさ、一個だけ聞いていい?」


「なんだ」


「白瀬さんと付き合う気、本当にないの?」


 悠は少し間を置いた。


「ない」


「なんで」


「向こうが俺を料理の先生か便利な避難場所だと思ってるだけだ。付き合う理由がない」


 間宮は目を細めた。


「……それ、本当にそう思ってる?」


「思ってる」


「白瀬さんが毎朝わざわざ早く来て、毎日お昼ご飯を一緒に食べて、放課後も料理の練習してて、それが全部『料理の先生』扱い?」


「そうじゃないなら他に何がある」


 間宮は長い沈黙の後、深くため息をついた。


「お前に説明してもたぶん無駄だから言わない。でも一個だけ——水瀬(みなせ)さんのことは気にしてやれ」


(りん)が? なんで」


「今日、廊下で噂聞いてる顔見たけど、あんまりよくない顔してた」


 悠は少し眉を寄せた。


「……凛に何かあったのか」


「だから、お前は——」


 間宮は言いかけて、やめた。


「自分で気づけ。それくらいは」


    ◇ ◇ ◇


 その日の帰り道。


 凛は珍しく、一人で先に帰っていた。悠が校門を出たとき、すでに姿がなかった。


 ほんの少し、違和感があった。


 いつも二人で帰るわけでもない。凛には生徒会の仕事もある。先に帰ることもある。


 それはわかっている。


 それでも今日は——なんとなく、理由が違う気がした。


 悠は一人で夕暮れの道を歩きながら、間宮の言葉を思い出した。


「水瀬さんのことは気にしてやれ」


 気にする、とはどういう意味なのか。凛に何があったのか。悠にはわからなかった。


 ただ、今日の凛が、昨日の帰り道の凛よりも、もう少し遠い場所にいる気がした。


 それだけだった。


(明日、聞けばいいか)


 悠はそう結論を出して、夕暮れの道を歩き続けた。


    ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 教室に入ると、白瀬が隣に座っていた。今日は少し表情が固い。


「……おはよ」


「ああ」


「昨日、色々否定してくれてたんだって。クラスの男子から聞いた」


「事実じゃないから」


「……そうだよね」


 また、その言葉。


 また、あの少しだけ寂しそうな声。


 今日の悠は、昨日よりも少しだけ、その声の意味が気になった。


 でも聞かなかった。


 まだ、わからなかったから。

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