第3話「文化祭で、なぜか俺がメニュー担当になっている件」
文化祭の話が出たのは、間宮のせいだった。
正確には、間宮の口から出た「お前らで喫茶店でもやれば?」というひと言のせいだった。
屋上で二人でパンを食べながら、悠が「今日も家庭科室がうるさかった」とぼやいたことへの返答だったのだが——あのひと言が、なぜかその場にいなかったはずの三人に伝わり、翌日には話が妙な形で膨らんでいた。
「クラスの出し物、喫茶店にしようって話になったんだけど」
朝のホームルーム前、白瀬が当然のように隣に座りながら言った。
「……俺に関係あるのか」
「メニュー考えてほしいって。成瀬くん、料理できるじゃない」
「断る」
「なんで」
「面倒くさい」
「それが理由?」と白瀬は呆れた顔で言った。「クラスの行事なんだから協力してよ。私も頑張ってるんだよ?」
「お前が頑張るのは勝手だ」
「……本当に頑固だね」
白瀬はふっと息をついて、ノートに何かを書き始めた。
「じゃあ、また料理教えてくれたら、お願いできる?」
「話がすり替わってる」
「すり替わってない。料理教えてもらいながら、一緒にメニューも考える。合理的でしょ」
悠は三秒考えた。
「……それは別の話だ」
「じゃあ教えてくれる?」
「……好きにしろ」
白瀬はノートに何かを書き加えた。悠からは見えなかったが、「第一段階クリア」と書かれていた。
◇ ◇ ◇
昼休み。
教室の隅の窓際、悠のぼっち聖域に、今日も人が集まっていた。
白瀬、橘、凛——そして間宮。
「なんでお前もいるんだ」と悠は間宮を見た。
「俺が発端らしいから責任を取ろうかと」
「取らなくていい。お前が余計なことを言わなければよかった」
「ごめんて。でも面白くなってきたじゃん」
「お前の『面白い』は信用できない」
橘が手を挙げた。
「あの、文化祭の喫茶店の話ですけど、私も手伝います!」
「お前のクラスは関係ない」
「一年生も見学できるじゃないですか。当日は私が一番最初にお客さんで来ます! 先輩が作ったものを一番に食べる権利は私のものです!」
「権利になってるのか、それが」
「なってます!」
凛が静かに口を開いた。
「メニューの話、私も少し考えてきた」
「凛まで」
「生徒会として文化祭の企画把握も仕事のうちだから」
そう言いながら凛は手帳を開いた。几帳面な字で、料理名と材料がびっしり書き込まれている。
「ハンドドリップのコーヒーと、スコーン。焼き菓子系なら事前に作り置きできるから当日の負担が減る。あとはサンドイッチかな」
「生徒会の仕事の範囲、広すぎないか」と間宮が言った。
「……うるさい」
凛の耳が少し赤くなったが、誰も深く追及しなかった。
悠は全員を順番に見て、それから弁当の蓋を閉めた。
「わかった。メニューは考える」
全員が一斉にこちらを見た。
「ただし条件がある。料理教室と兼ねる。試作は家庭科室でやる。俺が決めたメニューに口を出すな」
「横暴だ」と間宮が言った。
「嫌なら断る」
「全部受け入れます!」と橘が即答した。
「私も」と白瀬。
「……同意する」と凛が少し間を置いてから言った。
間宮はため息をついた。
「なんか知らん間にお前が主導権持ってるじゃん」
「俺はぼっちライフを守るための最小限の妥協をしているだけだ」
「その顔、全然嫌そうじゃないよ」
「静かにしてくれ」
◇ ◇ ◇
放課後、家庭科室にて。
悠はホワイトボードに書いた。
【文化祭メニュー候補】
・ハンドドリップコーヒー/紅茶
・スコーン(プレーン・チョコチップ)
・クロックムッシュ
・ミルクプリン
「プリンまで作るの!?」と橘が目を輝かせた。
「簡単だ。牛乳と卵と砂糖だけでできる」
「先輩ってなんでもできるんですね……」
「料理に限った話だ」
「人間力が高い」
「語彙が謎だ」
白瀬がホワイトボードを見ながら首を傾げた。
「クロックムッシュって、作るの難しい?」
「ハムとチーズを挟んでベシャメルソースを塗って焼くだけだ。手順は多いが難しくはない」
「ベシャメルソースって何」
「ホワイトソースのこと。バターと薄力粉と牛乳で作る」
「……それ、今日教えてもらえる?」
「それが今日の課題だ」
凛がエプロンを結びながら言った。
「分担しましょう。私はプリン。白瀬さんはベシャメルソース。橘さんはスコーン生地の計量」
「凛、生徒会の仕事は」
「今日はない」
きっぱりした返答だった。悠はそれ以上聞かなかった。
◇ ◇ ◇
一時間後。
家庭科室は、程よいカオスだった。
ベシャメルソースを作っていた白瀬は、かき混ぜるタイミングを間違えてダマを大量生産した。
「なんで固まるの!?」
「火が強すぎる。弱火でゆっくり混ぜるんだ」
「言ってよ!」
「言った。五分前に」
「……聞いてた」
「聞いてなかった」
「……聞いてたかも」
悠は白瀬の隣に立ち、木べらを持った手に自分の手を添えた。
「こういうリズムで混ぜる。止めない、焦らない」
白瀬は黙ってうなずいた。
その間、凛はプリン液を鍋で温めながら、横目でその光景を見ていた。視線はすぐに鍋に戻ったが、木べらを持つ手が、少しだけ強くなった。
橘は計量中だったが、気づいて小声で間宮に言った。
「あれ、甘くないですか」
「甘い」と間宮も小声で答えた。「当人たちは気づいてないけどな」
「成瀬先輩が気づいてないのはわかります。白瀬先輩は……」
「わかってて顔が赤くなってる」
橘はしばらく観察してから、真剣な顔をした。
「……強敵ですね」
「まあな」と間宮は苦笑した。「ま、ゆっくり観察しときなよ。面白くなりそうだから」
凛の背中を横目に見ながら、間宮は静かにそう付け加えた。
◇ ◇ ◇
試作の結果。
ベシャメルソースは二回目で成功し、クロックムッシュは全員が「おいしい」と言った。プリンは凛が丁寧に作ったもので、滑らかな舌触りだった。スコーンは橘が計量ミスをして少し甘くなったが、それはそれで好評だった。
「これ、本当に文化祭で出せる?」と白瀬が言った。
「練習すれば出せる」
「何回くらい練習すればいい?」
「最低あと三回は試作が必要だ」
「つまり——あと三回、ここで料理できる?」
白瀬はそう言って、悠をまっすぐ見た。
悠はその視線の意味を特に深く考えなかった。
「メニューの完成度を上げるためなら、やる必要がある」
「……そっか」
白瀬は少し笑った。どこか満足そうに。
悠には、その笑顔が何を意味するのかわからなかった。
◇ ◇ ◇
帰り道。
凛と悠は、偶然同じ方向に歩いていた。幼馴染で、家の方向が同じだから、特別なことではない。
「今日のプリン、うまかった」と悠が言った。
「ありがとう」
「凛が作ったものが一番滑らかだった」
「……そう」
凛は少し前を向いたまま、それだけ答えた。
夕方の住宅街は静かで、二人の足音だけが聞こえる。
「悠」
「なんだ」
凛は少し間を置いた。
「白瀬さんのこと、どう思ってる?」
「どうって、クラスメイトだ」
「それだけ?」
「他に何がある」
凛はまた少し黙った。
「……そっか」
「なんか変なことあったか」
「別に」
凛はそれ以上何も言わなかった。
悠も聞かなかった。
ただ、いつもより少しだけ凛の歩くペースが早くなったことに、悠は気づかなかった。




