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ぼっちを満喫したい俺に、なぜかクラスのヒロインたちが懐いてくる  作者: 富益 啓


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3/10

第3話「文化祭で、なぜか俺がメニュー担当になっている件」

 文化祭の話が出たのは、間宮(まみや)のせいだった。


 正確には、間宮の口から出た「お前らで喫茶店でもやれば?」というひと言のせいだった。


 屋上で二人でパンを食べながら、(ゆう)が「今日も家庭科室がうるさかった」とぼやいたことへの返答だったのだが——あのひと言が、なぜかその場にいなかったはずの三人に伝わり、翌日には話が妙な形で膨らんでいた。


「クラスの出し物、喫茶店にしようって話になったんだけど」


 朝のホームルーム前、白瀬(しらせ)が当然のように隣に座りながら言った。


「……俺に関係あるのか」


「メニュー考えてほしいって。成瀬(なるせ)くん、料理できるじゃない」


「断る」


「なんで」


「面倒くさい」


「それが理由?」と白瀬は呆れた顔で言った。「クラスの行事なんだから協力してよ。私も頑張ってるんだよ?」


「お前が頑張るのは勝手だ」


「……本当に頑固だね」


 白瀬はふっと息をついて、ノートに何かを書き始めた。


「じゃあ、また料理教えてくれたら、お願いできる?」


「話がすり替わってる」


「すり替わってない。料理教えてもらいながら、一緒にメニューも考える。合理的でしょ」


 悠は三秒考えた。


「……それは別の話だ」


「じゃあ教えてくれる?」


「……好きにしろ」


 白瀬はノートに何かを書き加えた。悠からは見えなかったが、「第一段階クリア」と書かれていた。


    ◇ ◇ ◇


 昼休み。


 教室の隅の窓際、悠のぼっち聖域に、今日も人が集まっていた。


 白瀬、(たちばな)(りん)——そして間宮。


「なんでお前もいるんだ」と悠は間宮を見た。


「俺が発端らしいから責任を取ろうかと」


「取らなくていい。お前が余計なことを言わなければよかった」


「ごめんて。でも面白くなってきたじゃん」


「お前の『面白い』は信用できない」


 橘が手を挙げた。


「あの、文化祭の喫茶店の話ですけど、私も手伝います!」


「お前のクラスは関係ない」


「一年生も見学できるじゃないですか。当日は私が一番最初にお客さんで来ます! 先輩が作ったものを一番に食べる権利は私のものです!」


「権利になってるのか、それが」


「なってます!」


 凛が静かに口を開いた。


「メニューの話、私も少し考えてきた」


「凛まで」


「生徒会として文化祭の企画把握も仕事のうちだから」


 そう言いながら凛は手帳を開いた。几帳面な字で、料理名と材料がびっしり書き込まれている。


「ハンドドリップのコーヒーと、スコーン。焼き菓子系なら事前に作り置きできるから当日の負担が減る。あとはサンドイッチかな」


「生徒会の仕事の範囲、広すぎないか」と間宮が言った。


「……うるさい」


 凛の耳が少し赤くなったが、誰も深く追及しなかった。


 悠は全員を順番に見て、それから弁当の蓋を閉めた。


「わかった。メニューは考える」


 全員が一斉にこちらを見た。


「ただし条件がある。料理教室と兼ねる。試作は家庭科室でやる。俺が決めたメニューに口を出すな」


「横暴だ」と間宮が言った。


「嫌なら断る」


「全部受け入れます!」と橘が即答した。


「私も」と白瀬。


「……同意する」と凛が少し間を置いてから言った。


 間宮はため息をついた。


「なんか知らん間にお前が主導権持ってるじゃん」


「俺はぼっちライフを守るための最小限の妥協をしているだけだ」


「その顔、全然嫌そうじゃないよ」


「静かにしてくれ」


    ◇ ◇ ◇


 放課後、家庭科室にて。


 悠はホワイトボードに書いた。


【文化祭メニュー候補】

 ・ハンドドリップコーヒー/紅茶

 ・スコーン(プレーン・チョコチップ)

 ・クロックムッシュ

 ・ミルクプリン


「プリンまで作るの!?」と橘が目を輝かせた。


「簡単だ。牛乳と卵と砂糖だけでできる」


「先輩ってなんでもできるんですね……」


「料理に限った話だ」


「人間力が高い」


「語彙が謎だ」


 白瀬がホワイトボードを見ながら首を傾げた。


「クロックムッシュって、作るの難しい?」


「ハムとチーズを挟んでベシャメルソースを塗って焼くだけだ。手順は多いが難しくはない」


「ベシャメルソースって何」


「ホワイトソースのこと。バターと薄力粉と牛乳で作る」


「……それ、今日教えてもらえる?」


「それが今日の課題だ」


 凛がエプロンを結びながら言った。


「分担しましょう。私はプリン。白瀬さんはベシャメルソース。橘さんはスコーン生地の計量」


「凛、生徒会の仕事は」


「今日はない」


 きっぱりした返答だった。悠はそれ以上聞かなかった。


    ◇ ◇ ◇


 一時間後。


 家庭科室は、程よいカオスだった。


 ベシャメルソースを作っていた白瀬は、かき混ぜるタイミングを間違えてダマを大量生産した。


「なんで固まるの!?」


「火が強すぎる。弱火でゆっくり混ぜるんだ」


「言ってよ!」


「言った。五分前に」


「……聞いてた」


「聞いてなかった」


「……聞いてたかも」


 悠は白瀬の隣に立ち、木べらを持った手に自分の手を添えた。


「こういうリズムで混ぜる。止めない、焦らない」


 白瀬は黙ってうなずいた。


 その間、凛はプリン液を鍋で温めながら、横目でその光景を見ていた。視線はすぐに鍋に戻ったが、木べらを持つ手が、少しだけ強くなった。


 橘は計量中だったが、気づいて小声で間宮に言った。


「あれ、甘くないですか」


「甘い」と間宮も小声で答えた。「当人たちは気づいてないけどな」


「成瀬先輩が気づいてないのはわかります。白瀬先輩は……」


「わかってて顔が赤くなってる」


 橘はしばらく観察してから、真剣な顔をした。


「……強敵ですね」


「まあな」と間宮は苦笑した。「ま、ゆっくり観察しときなよ。面白くなりそうだから」


 凛の背中を横目に見ながら、間宮は静かにそう付け加えた。


    ◇ ◇ ◇


 試作の結果。


 ベシャメルソースは二回目で成功し、クロックムッシュは全員が「おいしい」と言った。プリンは凛が丁寧に作ったもので、滑らかな舌触りだった。スコーンは橘が計量ミスをして少し甘くなったが、それはそれで好評だった。


「これ、本当に文化祭で出せる?」と白瀬が言った。


「練習すれば出せる」


「何回くらい練習すればいい?」


「最低あと三回は試作が必要だ」


「つまり——あと三回、ここで料理できる?」


 白瀬はそう言って、悠をまっすぐ見た。


 悠はその視線の意味を特に深く考えなかった。


「メニューの完成度を上げるためなら、やる必要がある」


「……そっか」


 白瀬は少し笑った。どこか満足そうに。


 悠には、その笑顔が何を意味するのかわからなかった。


    ◇ ◇ ◇


 帰り道。


 凛と悠は、偶然同じ方向に歩いていた。幼馴染で、家の方向が同じだから、特別なことではない。


「今日のプリン、うまかった」と悠が言った。


「ありがとう」


「凛が作ったものが一番滑らかだった」


「……そう」


 凛は少し前を向いたまま、それだけ答えた。


 夕方の住宅街は静かで、二人の足音だけが聞こえる。


「悠」


「なんだ」


 凛は少し間を置いた。


「白瀬さんのこと、どう思ってる?」


「どうって、クラスメイトだ」


「それだけ?」


「他に何がある」


 凛はまた少し黙った。


「……そっか」


「なんか変なことあったか」


「別に」


 凛はそれ以上何も言わなかった。


 悠も聞かなかった。


 ただ、いつもより少しだけ凛の歩くペースが早くなったことに、悠は気づかなかった。

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