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ぼっちを満喫したい俺に、なぜかクラスのヒロインたちが懐いてくる  作者: 富益 啓


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第2話「ぼっちの弁当に、なぜか品評会が始まった」

 月曜日の朝というのは、世界で最も憂鬱な時間帯だと(ゆう)は思っている。


 別に学校が嫌いなわけじゃない。勉強は悪くないし、静かな図書館も好きだ。ただ——「週明けのテンション」というやつが、どうにも苦手だった。金曜から月曜にかけて人々の「群れたい欲」が頂点に達するのか、教室がやたらと騒がしい。


 だから悠はいつも少しだけ早く登校し、喧騒が始まる前に自分のペースを整える。これは入学した日から変わらない習慣で、親が早起きで家が騒がしいというわけでもない——どちらかといえば家の方が静かすぎるのだが、それは別の話だ。


 今日も同じはずだった。


「おはよ、成瀬(なるせ)くん」


「……白瀬(しらせ)


 教室に入ると、すでに白瀬桜(しらせさくら)が悠の隣の席に座っていた。月曜日の、まだ誰もいない教室で。


「早いな」


「成瀬くんって毎朝一番乗りに近いじゃない。廊下ですれ違うたびにそう思ってたから」


 なるほど。廊下で見かけていたのか——と悠は一応納得した。


「今日は誰から逃げてる?」


「誰からも逃げてないし」


「じゃあなんで」


「……うるさい」


 白瀬はそっぽを向いた。耳のあたりが、心なしか赤い。朝の空気が冷たいせいだろうと悠は判断し、それ以上考えるのをやめた。


    ◇ ◇ ◇


 問題は、昼休みだった。


 悠がいつものぼっち聖域——教室の隅の窓際——に向かうと、机の上に弁当箱が置いてあった。


 今朝、(りん)が届けたものだ。「また作りすぎた」という顔をして、さっさと自分の教室に戻っていった。昨日も同じ流れだったので、悠は「これが習慣になるのか」と少し考えたが、凛に何かを言っても聞かないことは幼馴染として熟知していたので、黙って受け取った。


 悠は弁当箱を開けた。


 ——うまそうだ。


 唐揚げ、卵焼き、ほうれん草のおひたし、白米。彩りよく詰められている。どこかの飲食店で売っていても不思議じゃないくらいに。


「それ、誰が作ったの?」


 隣から声がして、悠は顔を上げた。白瀬が、手に購買のサンドイッチを持ったまま、弁当箱を覗き込んでいた。


「……なんでここにいる」


「昼ご飯、どこで食べようかなって思って」


「自分の仲良しグループがあるだろ」


「今日はちょっと疲れてて」


 白瀬はそう言って、悠の向かいの席に勝手に座った。


「幼馴染?」


「そう」


「毎日作ってくれるの、いいね」


「……別に。作りすぎてるだけらしい」


「そういうの」と白瀬は少し間を置いてから言った。「うらやましいなって思う」


 悠は何も言わなかった。


 白瀬も何も足さなかった。ただ、白瀬がサンドイッチを一口食べながら、弁当箱のおかずをじっと見ていることには気づいた。


「食べたいなら、一個くらいやる」


「え、いい。もらえない」


「なんで。余る」


「……じゃあ、唐揚げだけ」


 白瀬は唐揚げを一個箸でつまんで、口に入れた。一瞬、目が丸くなった。


「……おいしい」


「そりゃあ、凛が作ったから」


「凛って呼んでるんだ」


「幼馴染だから」


「なんかずるい」


 最後のひと言はほぼ独り言だった。悠の耳には届いたが、その意味について深く考えることはなかった。


    ◇ ◇ ◇


 十分後。


 なぜか三人になっていた。


「先輩! お昼ご一緒してもいいですか!」


 (たちばな)ひなたが、満面の笑みでトレイを持ちながら立っていた。購買のパン三つと牛乳。


「だめ」


「えー! なんでですか!」


「俺は一人で食べたい」


「でも今、もう一人いるじゃないですか」と橘は白瀬を指さした。「白瀬先輩、こんにちは!」


「あ、こんにちは」と白瀬は愛想よく返した。「一年生? かわいいね」


「ありがとうございます! 橘ひなたといいます! 先輩のお嫁さん候補です!」


「お嫁さん候補って……誰の?」


「成瀬先輩の」


 白瀬が悠を見た。悠は天井を見た。


「……なんでそうなってるの?」


「俺の料理を食べて勝手にそう決めた」


「先輩の料理がおいしすぎるのが悪いんです!」と橘は主張した。「一口食べた瞬間、これが運命だって思いました!」


「運命とか軽々しく言うな」


「軽々しくないです、本気です!」


 橘はそのままトレイを持って悠の隣に座った。もはや止める気にもなれない。


 白瀬がくすくすと笑っている。


「楽しい子だね」


「楽しくて困る」


「褒めてます!」と橘は嬉しそうに言った。「白瀬先輩もおきれいですね。でも成瀬先輩は私のものなので、そこはご了承ください」


「……宣言が早いね」と白瀬は笑顔のまま言った。「でも競争は自由じゃない?」


「競争……?」


 橘がきょとんとした顔をしたとき、教室の入口から声がした。


「悠、ここにいた」


 水瀬凛(みなせりん)だった。


 凛は教室を見渡し、白瀬と橘と、弁当箱の前に座っている悠を順に見て、一瞬だけ表情が固まった。


「……なんで三人いるの」


「俺が聞きたい」


「白瀬桜さんと——一年生?」


「橘ひなたです! 成瀬先輩のお嫁さん候補です!」


 凛は橘を見て、悠を見た。


「お嫁さん候補」


「勝手にそう言ってる」


「初耳ね」と凛は静かに言った。「私は幼馴染」


「存じてます! でも幼馴染ヒロインって王道ですよね! 私も負けません!」


「……随分ハッキリした子」


「ありがとうございます!」


 凛は溜息をついて、悠の隣に腰を下ろした。橘をはさんで。


「お弁当、ちゃんと食べてる?」


「食べてる。旨かった」


「そう」


 凛の頬が、ほんのわずかに緩んだ。悠は弁当の唐揚げをもう一個口に入れた。


    ◇ ◇ ◇


 放課後。


 屋上で間宮(まみや)と並んで空を見ていると、間宮が深刻な顔でこちらを見た。


「お前、今日の昼ご飯」


「なんだ」


「白瀬さんと橘さんと水瀬(みなせ)さんと四人で食べてたって聞いたけど」


「聞こえが悪いな。なし崩し的に増えただけだ」


「それを普通は『ハーレム昼食会』と言うんだよ!」


「ハーレムじゃない。全員、俺に用がある理由がバラバラだ」


 間宮は額に手を当てた。


「お前……本当に気づいてないんだな」


「何に」


「いや、なんでもない」


「はっきり言え」


「言ったら面白くないからやめとく」


 悠は横目で間宮を見た。間宮は妙に満足そうな顔をしている。こういうとき、この親友は信用できない。


「お前、楽しんでるだろ」


「まあ多少ね」


「最悪だ」


「人のことより自分のこと心配してよ! 普通じゃないよ今の状況!」


 悠はパンの最後のひとくちを食べて、包みを丸めた。


「俺はぼっちライフを取り戻すことだけを考えている」


「絶対無理だよ!」


 間宮の叫びは、夕暮れの空に溶けた。


    ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 悠が教室に来ると、白瀬がまた隣にいた。今日は何かを書いている。


「何してる」


「お弁当の研究」


「は」


 白瀬が持っているのは、小さなノートだった。ページには料理名らしき文字と、丸とか三角とかのメモが書いてある。


「水瀬さんのお弁当、すごいおいしかったじゃない。私も作れるようになりたくて」


「……料理、できないのか」


「インスタントならできる」


「それは料理じゃない」


「わかってるから練習しようとしてるんでしょ!」と白瀬はちょっとムッとした顔で言った。「誰だって最初は初心者でしょ」


「そうだな」


「……成瀬くん、料理できる?」


「まあ」


「どのくらい?」


「一通りは」


 白瀬はじっと悠を見た。


「教えてくれる?」


 悠は三秒考えた。


「家庭科室使えるかもしれない。先生に聞いてみる」


「え、本当に?」


「断ってもいい」


「断らない!」と白瀬は少し声が大きくなってから、はっと気づいたように周囲を見た。「……断らない」


 今度は小声だった。


    ◇ ◇ ◇


 その日の放課後、家庭科室の前で。


「私も来ました!」


「なんで橘もいるんだ」


「白瀬先輩に誘ってもらいました! お嫁さん修業なので」


 悠は白瀬を見た。白瀬は少しだけばつの悪そうな顔をした。


「昼休みに話してたら……一緒に来たがって」


「ふたりに教えるのと一人に教えるのは手間が倍になる」


「私が補助します!」と橘は胸を張った。「洗い物とか!」


 悠は天を仰いだ。


「好きにしろ」


「やった!」


 家庭科室の扉を開けると、中に人がいた。


「あら」


 エプロン姿の水瀬凛が、鍋をかき混ぜながらこちらを振り返った。


「……凛」


「文化祭の模擬店メニューの試作。生徒会で場所借りてる。なんで三人で来てるの?」


「料理教室、開こうとしてた」と悠は正直に言った。


「ふうん」


 凛はしばらく三人を見比べ、それから鍋に視線を戻した。


「じゃあ私が教える。悠より私の方が上手いから」


「異議あり」


「ない。どきなさい」


 凛はエプロンをもう二枚取り出して、白瀬と橘に手渡した。


「白瀬さんと橘さん、包丁は使える?」


「少しだけ……」と白瀬。


「ぜんぜん!」と橘。


「じゃあ基礎から。悠は洗い物係」


「なんで」


「仕切るのが遅かったから」


 悠は三秒間無言で凛を見た。凛はすでに白瀬に包丁の握り方を教え始めていた。


(これは——ぼっちライフの危機ではなく、もはや家庭科部の発足では……?)


 誰にも言わずに心の中でそう思いながら、悠は黙って蛇口をひねった。


    ◇ ◇ ◇


 その夜、悠はベッドに倒れ込み、天井を見上げた。


 静かだ。


 悠の家は、週の半分は自分ひとりだ。親は仕事の都合で不在がちで、それが積み重なって、気づけば一人で過ごすことが「普通」になっていた。寂しいとは思わない——一人の方が好きなのだから、当然だ。


 なのに今夜は——なんとなく、静かすぎる気がした。


(料理、うるさかったな)


 橘が包丁で指を切りそうになって凛に怒られて、白瀬が玉ねぎで泣いて恥ずかしそうにして、凛が「悠も昔こうだった」と言って悠が「そんな記憶はない」と返した。


 別に、楽しかったわけじゃない。


 ただ、静かになってみると——あの騒がしさが、なぜかまだ耳に残っていた。


(一人の方が捗る)


 悠はいつもの結論を心の中で反芻した。


 でも今夜だけは、その言葉が、いつもより少しだけ——説得力を欠いていた。

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