表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼっちを満喫したい俺に、なぜかクラスのヒロインたちが懐いてくる  作者: 富益 啓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/11

第1話「ぼっちの聖域に、彼女は現れた」

 四月の朝は、やけに眩しい。


 成瀬悠(なるせゆう)は窓際の席に腰を落ち着け、誰も寄りつかない本の森——もとい、自分の机の上に積み上げた参考書の壁——の向こうで静かに目を閉じた。


 完璧だ。


 始業のホームルームまでまだ十五分ある。この時間が、一日の中で最も尊い。教室は朝特有のざわめきに満ちているが、(ゆう)のテリトリーだけは別世界だ。誰も話しかけてこない。友達がいない、などとネガティブに考える必要はまったくない。一人でいることを選んでいるのだから。


 しかも好都合なことに、(ゆう)の隣の机はいつも空いている。クラスは三十五人。机は六列で並べられているから、どうしてもひとつだけ余る。その"余り机"が、今回の席替(せきが)えで(ゆう)の隣に来た。隣に誰も座らない——ぼっちの聖域を守るうえで、これ以上の好立地はなかった。


「ね、隣座っていい?」


 悠の思索は、澄んだ声によって唐突に断ち切られた。


 目を開ける。


 そこに立っていたのは——白瀬桜(しらせ さくら)だった。


「……え」


「え、じゃなくて。隣、空いてるでしょ。座っていいかって聞いてるの」


 白瀬桜。学年屈指の美人であり、クラスの中心にいつもいる、あの白瀬桜が、なぜか悠の机の隣の椅子を引いて、腰を下ろそうとしていた。男子生徒の七割が密かに「学校で一番かわいい」と思っている、その白瀬(しらせ)が。


「……自分の席あるだろ」


「三組の田中(たなか)くんに捕まってる。あそこに行ったら十分は帰れないから」


 なるほど。避難場所を探しているらしい。


 悠は一秒だけ考え、それ以上考えるのをやめた。


「好きにしろ」


「ありがと」


 白瀬はちゃっかり腰を下ろし、スマホを取り出してゲームを始めた。


 悠は目を閉じ直した。


 ——のだが。


「ねえ、あなたって成瀬(なるせ)くんだっけ」


「そう」


「いつもひとりだよね」


「そう」


「友達いないの?」


 悠は片目を開けた。


「いる。一人」


「一人って……それって友達って言えるの?」


「言える。質の問題だ、量じゃない」


 白瀬は少し考える顔をして、「ふーん」と言った。


「変な人」


「よく言われる」


「褒めてないんだけど」


「知ってる」


 そのまましばらく沈黙が続いた。悠は再び目を閉じ、白瀬はゲームに戻った。不思議と、不快な沈黙ではなかった。


    ◇ ◇ ◇


 その日の放課後。


 悠は購買で買ったパンを手に、屋上への扉を開けた。立入禁止の看板が出ているが、鍵が壊れたままなのは三年前から周知の事実で、こっそり使っている生徒も少なくない。もっとも、悠がよくここに来ることを知っているのは、おそらく一人だけだ。


「遅い」


 金属製のフェンスにもたれかかり、間宮剛(まみやたけし)が片手を上げた。


「お前こそなんで先に来てるんだ」


「六限サボった」


「真面目にやれ」


「お前に言われたくない」


 悠はフェンスの隣に腰を下ろし、パンの袋を開けた。コロッケパン。百二十円。シンプルにうまい。


「聞いたぞ」と間宮(まみや)が言った。「今朝、白瀬さんが隣に座ったって」


「情報が早いな」


「まあ俺の情報網をなめないでほしい。で、どうだった?」


「どうって、何が」


 間宮は呆れたように目を細めた。


「白瀬桜だぞ? 学年の女神様が突然隣に座ってきたんだぞ? 普通ドキドキするだろ」


「しなかった」


「……なんで」


「用があって座っただけだし、俺に関係ない」


 間宮は天を仰いだ。


「お前、本当に感情ないの?」


「ある。今はコロッケパンがうまいという感情がある」


「そういうことじゃなくて!」


 風が屋上を吹き抜けた。悠はパンをひとくち食べながら、空を見上げた。刷毛で引いたような薄い雲が、ゆっくり流れていく。


 悪くない景色だ。


    ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 悠が教室に入ると、また白瀬が隣の席に座っていた。


「……昨日の田中とやらは?」


「今日は二組の佐藤(さとう)くんが机の前に来てる」


「お前、人気者なんだからうまくやれ」


「うまくやってるから疲れてるんでしょ」


 白瀬はばっさりと言って、またスマホを取り出した。


 悠は一秒だけ考え、それ以上考えるのをやめた。


「好きにしろ」


「ありがと」


 昨日と同じ言葉。昨日と同じ温度。


 悠は教科書を開いた。それだけだった。


    ◇ ◇ ◇


 その日の昼休み。


 悠がいつも一人で昼食を食べる、教室の隅の窓際——自称・ぼっち聖域——に向かおうとしたとき、廊下で待ち構えていた人物がいた。


「成瀬先輩!」


 振り返ると、見知らぬ女子生徒が満面の笑みで立っていた。一年生のバッジ。栗色のセミロング。くりっとした大きな目がまっすぐこちらを向いている。


「……誰?」


(たちばな)ひなたです! 先輩の料理、食べたことあります?」


「ない」


「え、でも昨日の家庭科室——」


「ああ」


 思い出した。昨日、家庭科の授業の後、自分の練習用に残って作ったパスタを、頼まれてもいないのに食べていった一年生が一人いた。


「あれ、もらっていいとは言ってないんだが」


「それより!」橘は悠の言葉を颯爽とスルーした。「あの味、尋常じゃなかったです。先輩、将来どこかのシェフですか?」


「ただの趣味だ」


「趣味!? あのレベルが趣味!?」橘は両手を頬に当てて感動を表現した。「先輩に決めました」


「何を」


「お嫁さん候補です」


 悠は三秒間、言葉の意味を咀嚼した。


「……意味がわからない」


「先輩のごはんをずっと食べたいので、先輩のお嫁さんになります」


「論理が飛躍しすぎている」


「愛に論理は関係ありません!」


 橘は満足そうにうなずき、ぱたぱたと廊下を走り去った。


 悠は取り残された廊下で、しばらく立ち尽くした。


 鈍感な悠にも、さすがに今の状況がまずいことはわかった。


 ただし「まずい」の定義が、悠の場合は人と少し違った。


(ぼっちライフが……脅かされている)


 それだけだった。


    ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 悠が教室に入ると、白瀬がまた隣に座っていた。


 そしてなぜか、白瀬の隣に——水瀬凛(みなせりん)が立っていた。


「おはよ、悠」


 幼馴染の声。冷静で、少し低くて、昔から変わらない。


「……なんでここにいる。お前の教室、隣のクラスだろ」


「ちょっと用があって」


 (りん)は悠の机の上に弁当箱を一つ、そっと置いた。


「作りすぎた。食べて」


「作りすぎたくらいなら自分で食べればいいだろ」


「私じゃ食べきれない量なの。捨てるのもったいないでしょ」


 白瀬が弁当箱をじっと見て、凛を見て、悠を見た。


「……幼馴染?」


「そう」と凛が答えた。


「仲いいんだ」


「別に」と悠が答えた。


「普通に仲いいわよ」と凛が答えた。


 二人の回答が見事にすれ違ったのを見て、白瀬は小さく笑った。


「ふふ。面白いね、成瀬くんって」


「面白くはない」


「面白いわよ」と凛が追いうちをかけた。


 悠は額に手を当てた。


 なぜ朝からこんなに騒がしいのか。


(ぼっち聖域の危機は、どうやら昨日だけじゃなかったらしい)


 そう思いながら教科書を開いた悠は、気づいていなかった。


 隣の白瀬が、弁当箱をじっと見つめながら、ほんの少しだけ唇を引き結んでいたことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ