第9話:神との対面は、お説教とチャチャ入れから始まりました
「……あるもの?」
その言葉が発せられた瞬間、周囲の空気が一変した。
息を吸うことすら重く感じて、ケントの肩が小さく震えた。
その時、シオンの呆れたような声が、張り詰めた静寂をあっさりと破った。
「な〜にが『あるもの』よ。加護を渡しにきたんでしょ? 直接来なくてもできるくせに」
「いいの! こういうのは雰囲気が大事なの」
ケントは『加護』という聞きなれない単語に首を傾げた。
「あ、あの。加護ってなんですか?」
その言葉を聞くと、ステラは待っていましたとばかりに顔を輝かせた。
「加護とは神から与えられし至高の――」
赤髪の女神が、これ見よがしに自身の体から光を発して語り出そうとした瞬間、
「ちょっと。説明の前に自己紹介が先でしょ、ステラ」
後ろに控えていた青い髪の女性が、冷ややかな声で赤髪の女神の襟首を掴んで引き戻した。
「……離しなさいよ! もー! せっかく良い雰囲気だったのに! ケント君がキラキラした目で私を見てたのよ!?」
「見てないわよ。……ねぇケント、眩しかったら目をつぶってていいからね」
シオンがケントの耳を塞ぎながら、ゴミを見るような目で女神たちを眺めていた。
「とにかく、あんたたちの自己紹介なんてどうでもいいから、さっさとその『おまけ』を渡しなさいよ」
「お、おまけぇ!?」
ステラがショックで固まっている横で、後ろの二人が一歩前へ出た。
「……ステラ、うるさい。見苦しいわよ」
青い髪を揺らした、氷細工のように整った美貌の女性がケントを見据える。その瞳は静かで、どこか安心感を覚える不思議な優しさを宿していた。
「私はセレス。氷と水を司る神よ。……ケント君、よろしくね」
続いて、どこか自由奔放な風を纏った緑髪の女性が、ひらひらと手を振った。
「私はティナ。風と雷を司る女神だよ。よろしく、可愛いケント君!」
二人の自己紹介には、シオンたちも「あら、よろしく」と、ステラの時のような露骨なチャチャは入れずに短く応じる。その温度差に、ステラがさらに頬を膨らませた。
「ちょっと! なんで私にだけそんなに当たりが強いのよ!」
「あんたが一番うるさいからに決まってるでしょ。……さあケント、変なのは無視して、この二人からお話を聞きましょうか」
「変なのって言った!? 今、私のこと変なのって言ったわね!?」
詰め寄るステラを、ティナが
「はいはい、ステラ落ち着いて。ほら、よしよし」
と、あやすように背中をポンポンと叩く。
「……ちょっとティナ、やめなさいよ! 私は子供か!」
ステラは顔を赤くして叫ぶが、その様子をセレスは、深いため息をついて見守るだけだ。その息の長さが、長年の付き合いを物語っていた。
「……もういいわ。ステラ、無駄口はそのくらいにして、本来の目的を果たしましょう。これ以上、シオンたちに『おまけ』を待たせるわけにはいかないわ」
「……分かってるわよ」
ステラは「むうっ」と頬を膨らませながらも、ようやく気を取り直したように背筋を伸ばした。
三人の女神が少年を囲むように並び、その瞳を真っ直ぐに見つめた。その瞬間、その場の空気が再び一変した。先ほどとは比べ物にならないほどの力が、空間そのものを震わせるように渦巻き始めた。肌がざわりと粟立ち、ケントは思わず息を止めた。
「「「我は汝、雪月ケントを真の『寵愛の対象』と認めん」」」
三人の声が重なり、透明な鐘の音のような残響が広がる。音というより振動に近い、体の芯まで響く何かだった。
ステラが放つ「真紅の輝き」、セレスの「静謐な蒼」、そしてティナの「鮮烈な緑」。
三色の光が螺旋を描き、ケントを優しく、それでいて抗いようのない力で包み込んでいく。
光はまるで彼を祝福するように静かに揺れていた。
「熱き陽光と浄化の炎――火と光の神、ステラの名において」
「澄み渡る水と深淵の氷――氷と水を司る神、セレスの名において」
「荒ぶる雷鳴と自由なる旋風――風と雷を司る神、ティナの名において」
「「「――汝の名の下に、このものに力を与えん」」」
その瞬間、ケントの胸の奥に何かが流れ込んでくるような感覚が走った。温かくも冷たくもない、ただ満ちていくような、不思議な感覚だった。
思わず胸に手を当てると、鼓動が少しだけ速くなっていた。
光がゆっくりと消え、部屋には静けさだけが残った。呆然と自分の胸元を見つめるケントを余所に、シオンが腕を組んで女神たちをジロリと睨みつけた。
「……ちょっと。あんたたち、今の、本当に授けて良かったわけ?」
「……ちょっと。本当にそれをケントに授けたの?」
その言葉に、隣で静かに呼吸を整えていたセレスとティナも、深く頷いて賛成する。
「ええ。中途半端な加護を授けて、ケント君に万が一のことがあったら寝覚めが悪いもの」
「そうそう!ケント君にあげるなら、これくらい当然だよ!」
「当然って……あんたたちねぇ……」
シオンは額を押さえて絶句した。世界を司る三大女神が、揃いも揃って一人の少年に「一番いいもの」を与えたのだった。それがどれほど異常な事態か、当の本人であるケントは理解していなかった。
「……はぁ。この話はもう終わり。今は誕生日会が先よ。凪、雅、ノノ、続きを始めましょう。ケントを待たせすぎだわ」
シオンがパンと手を叩いて空気を切り替えると、ステラは目を輝かせ、勢いよく一歩前へ出た。
「そうね! 私も参加するわ! ケント君、私が隣でケーキを食べさせて――」
「ステラたちは帰りなさい」
「そうよ、さっさと帰りなさい」
「……えっ?」
シオンと凪の無慈悲な一言に、ステラの動きがピタリと止まる。さっきまでの勢いが、嘘のように消えた。
「なんでよ! 私たちだってケント君のお祝いしたいわよ!」
「だってあんたたち、まだ仕事残ってるでしょ? 昔、私たちに神界の均衡がどうとか言ってたのはどこのどいつよ」
「それは……そうだけどぉ! でも、ちょっとくらいなら……ねぇ?」
ステラがセレスとティナに助けを求めるように視線を送るが、二人はそっと目を逸らした。
「……ステラ、諦めなさい。シオンを怒らせると、本当に神界の入り口を封鎖されるわよ」
「嫌だー! 私もケント君とケーキ食べるのー! 離しなさいよ二人ともー!」
往生際の悪い叫び声を上げながら、ステラはセレスとティナに引きずられるようにして、光の渦の中へと消えていった。最後まで「ケント君ー!」という声が尾を引いて、それもやがて静寂に溶けた。
嵐が去ったような静けさが家に戻る。
「……やっと静かになったわね。さあケント、気を取り直して誕生日の続きをしましょう?」
シオンが優しく微笑み、ケントの頭を撫でる。
「うん!」
ケントは元気よく頷いた。
胸の奥には、先ほど授かったばかりの「加護」の温かさが確かに残っている。けれど、今のケントにとって何より温かいのは、隣で笑う姉たちの体温だった。
豪華な料理と、姉たちが心を込めて作った手作りケーキ。笑い声が絶えない食卓で、ケントは何度も幸せそうに笑った。
――この時の彼は、まだ知らなかった。
彼女たちが「最高」と断言した加護が、想像を遥かに超える力を秘めていたことを。
そして翌朝、姉たちから告げられた二つの知らせが、その日常を大きく変えることになる。
第9話、最後までお読みいただきありがとうございます!今回は女神たちとの賑やかなシーンを書いてみました。文章の表現方法も少しずつ工夫していますが、ケントと姉たちの賑やかな空気感、伝わりましたでしょうか?いよいよ次話から新章突入です。「初の戦闘描写」も間近です! ケントの無双っぷりを早く皆さんに届けたくてウズウズしています。応援よろしくお願いします!




