第60話:祖父祖母
年老いたエルフの男は、震える目でケントを見つめていた。
「その目……その髪色……間違いない……」 老人は杖を落としそうになりながら、その場に膝をついたのだった。
「まさか……まさか……!坊ちゃまのお子様……!でおられたのですか……!」
「え?」
ケントは目を丸くし、周囲のエルフたちも驚きに包まれる。
「長老!?」
「ご存知なのですか!?」
老人は涙を流しながら立ち上がった。
「当然です……!私は、かつて坊ちゃまの専属執事を務めておりました。若様のお顔を見間違えるはずがありません」
「若様……?」
ケントが首を傾げる。
「あなたのお父上様です。私は若様にお仕えしておりました」
そう言って老人はケントに深く頭を下げた。
「どうか、お許しください。まさかお孫様に弓を向けるなど……」
「い、いえ!?そんなつもりじゃ……」
「お孫様?」
隼人は目を丸くし、フローラも驚いていた。
「ということは……」
「ええ」
老人は微笑んだ。
「お祖父様とお祖母様がお待ちです。さあ、宮殿へ参りましょう」
そして、ケントたちはエルフの国の中心にある巨大な宮殿へと案内された。
しばらくして、老人は豪華な部屋の扉の前で立ち止まったのだった。
「陛下、奥方様。お連れいたしました」
扉が開かれるとそこには、一人の老齢の男性エルフと、一人の女性エルフが立っていた。
老人は涙ぐみながら二人に頭を下げた。
「陛下、奥方様。こちらの方は……」
老人の声は震えていた。
「若様のお子様、お二人のお孫様でございます」
その瞬間、二人のエルフの目が大きく見開かれたのだった。
「……なんだと?」
「この子が……」
「私たちの……孫……?」
部屋の中に静寂が流れて、老齢の男エルフはケントを真っ直ぐ見つめた。
「……一つ聞く」
「お前の父親の名前を言ってみろ」
「え……?」
突然の問いに、ケントは固まった。
「ごめんなさい、知らないんです」
その言葉に、男の顔が険しくなった。
「知らないだと?」
隣の女性エルフも警戒した表情を見せ始めたのだった。
「やはり信用できません。いくら見た目が似ていても……」
「お二人のお孫様であることは間違いありません」
老人がそう言った後、ケントは静かに口を開いた。
「自分はエルフの父と、ヴァンパイアの母の子供です」
「!」
その言葉に二人の表情が変わったが、男の方はさらに何かを確かめるように尋ねた。
「……ヴァンパイア?それ以外に、何か特別なことはあるか?」
ケントは頷いて答えたのだった。
「母はロードヴァンパイアです」
その瞬間、男はさらに大きく目を見開いた。
「……ロードヴァンパイア」
そして、ゆっくりと目を閉じていった。
「間違いない、この子は私たちの孫だ」
「え?」
女性エルフは驚き思わず聞き返してしまった。
「あなた?」
男は複雑そうに息を吐いた。
「……あの女の血も入っているのか。やれやれまったく、最後までとんでもない娘だったな」
ケントは首を傾げるしかなかった。
「あの……母さんを知っているんですか?」 男は苦々しそうに頷いた。
「知っているし、忘れられるものか。お前の父つまり私の息子には許嫁がいた。息子は次期国王として育てられ、多くの者から期待されていた。だがある晩、突然部屋に一人の女が現れた。それがお前の母親だ」
ケントはその発言に思わず目を見開くのだった。
「母さんが……?」
「そうだ。そして、その女は私たちの息子を連れ去った」
「……!」
男の拳が僅かに震えていた。
「それ以来、一度も会っていない。何百年もな」
女性エルフも悲しそうに目を伏せていた。
「どれだけ探したか……」
「その女については調べ上げました。ロードヴァンパイアであることも分かりました。ですが、結局どこにいるのかは分からなかった」
静寂が流れている中、男はケントを見続けていた。
「だからこそ。お前が現れた時、信じられなかったが、ロードヴァンパイアを知っている者はほとんどいない。お前は……間違いなく私たちの孫だ」
しばらくの沈黙の後、老齢の男エルフは静かに口を開いた。
「……ケント。お前は、どこまで父親のことを知っている?」
「え?」
ケントは少し考えた後、正直に答えた。
「自分は、父親がエンシェントエルフってことしか知りません」
「それだけか?」
「はい。ここに来たのも、今の自分の状態を治すためです。シオン姉さんたちが地図に記した、ここに何かあるんじゃないかと思って来ました。もちろん、父のことも知りたくて来ました」
それを聞いた二人は顔を見合わせた後、女性のエルフがケントに尋ねた。
「今の自分の状態とは?」
「……」
ケントは少し迷ったが、隠すことでもないと思い2人に打ち明けたのだった。
「自分は血による力のコントロールよりも、力を強くつけすぎました」
「?」
二人は意味がわからなくて、思わず首を傾げるのだった。
「だから、血による力のコントロール力を高めるために、ここに来ました。現状としては姉さんたちのおかげで、ほとんど制御できていますが、まだ完璧じゃありません」
ケントが口にしたその内容に、二人の表情は変わった。
「力のコントロール……?まさか、お前……2人の血を受け継いでいるのか?」
「はい。エルフとヴァンパイアの血、両方とも受け継いでいるようです」
それを聞いた二人は驚愕したように目を見開いていた。
「……まさか」
「本当に……両方の血が、ここまで強く出るなんて……」
男エルフは深く息を吐いた。
「そうか、お前は力が強すぎるのか」
その顔には疑いはなかった。
「……よくここまで一人で抱えてきたな」
その日の晩、祖父と祖母の計らいにより、豪華な食事が用意されていた。
「積もる話もある。そこの二人も交えて食事としよう」
そう言って祖母が優しく微笑んだのだった。
「お主の問題が解決するまで、ここにずっといて良い。ここはお主の家でもあるのだからな」
「……ありがとうございます」
ケントたちは感謝を言った後、隼人、フローラ、ミケたちも一緒に食卓を囲んだのだった。
「シオン姉さんたちにはすごくお世話になったんだ。だから今の自分があるのも、姉さんたちのおかげなんだ」
「ふふっ」
祖母は優しく笑った。
「そんなに慕われているなんて、立派なお姉ちゃんたちなのね」
祖父も頷くのだった。
「機会があれば、ぜひ会ってみたいものじゃな」
ケントは続けて、隼人やフローラと出会ったことや四匹の神獣の子どもたちのことなどの旅であった出来事を話していったが、リリィや神獣の親の死についてだけは語らなかったのだった。
やがて、食事も一段落した頃祖父が真面目な顔になった。
「ケント、お前に伝えねばならぬことがある」
「?」
「お前はわしの孫だからわかっていると思うが、エルフの皇族の血を引いておる」
「……え?こう、ぞく?」
「は?」
隼人は口を開けて、フローラも目を丸くしていた。
「えええええっ!?」
「ケントが!?」
「王子様!?」
「にゃ!?」
「きゅい!?」
ミケたちも驚いて、それを見た祖母は静かに頷くのだった。
「そうよ、あなたの父親は次期国王だったの。だからその血を受け継ぐあなたも、皇族なの」
ケントは呆然としていた。
「えっと……つまり?」
「息子がこの世からいなくなったとなっては次の王となる可能性が最も高いのはお前だ」
「!」
「いわば、次期国王の第一候補になる」
「…………え?」
数秒遅れて理解したケントは固まった一方で、隼人は椅子から立ち上がった。
「おいおいおい!つまり王子様ってことかよ!?」
フローラも混乱していた。
「ケントさんが……王様……?」
だが、当の本人は
「無理。絶対に無理」
と即答だった。
「え?」
祖父が目を丸くするのだった。
「いや、王様とか無理だから。俺は、人の上に立つのなんて向いてないし。それに旅も途中だし……まだやりたいこといっぱいあるから……」
そう言って困ったように頭を掻く、その姿を見て祖母は思わず笑ったのだった。
「ふふふ、本当にあの子にそっくりね」
祖父も呆れたように笑った。
「まったく、次期国王第一候補の話をされて、真っ先に嫌そうな顔をするとは変わった孫だ」
そして、その後も食事を楽しみながら、ケントたちは様々な話をした。
隼人は祖父と武勇伝で盛り上がり、フローラは祖母とお茶や花の話に花を咲かせたのだった。
ミケたちもすっかり打ち解けており、料理を食べながら楽しそうにケントに鳴いていた。
「美味しい!」
「最高!」
「満足!」
「もっと欲しい!」
久しぶりに穏やかな時間が流れて、夜も更にふけたのだった。
「今日はもう遅い。続きはまた明日にしよう」
祖父の言葉に、一同は頷いた。
「客室は十分に用意してある。好きな部屋を使うといい」
そうして、隼人とフローラはそれぞれ個室へ案内されていった。
「ふかふかのベッドだー!」
隼人は嬉しそうに飛び込み、
「ひさしぶりのちゃんとした部屋ですわ……」
フローラは感動した様子で部屋を見回していた。
一方、ケントも自室へ向かおうとしたところ、
「待って!」
と言ってミケがケントの服を引っ張たのだった。
「離れないでよ!」
琥珀も前足でぴょんぴょんと跳ねていた。
「むー!」
「怒るよ!」
ヒトロとスリナも翼をぱたぱたさせながら集まっていった。
「どうしたの?」
ケントが首を傾げると、
「ケントと一緒がいい!」
「一人はやだ!」
「一緒に寝る!」
「離れたくない!」
四匹は口々にそう言ってその言葉に、ケントは少し目を丸くした後、
「……うん」
と了承して優しく微笑んだのだった。
「じゃあ一緒に寝ようか」
「やったー!」
「にゃー!」
「ぴぃ!」
四匹は大喜びでケントの後ろをついていき、部屋に入るなりミケはケントの胸元へ、琥珀は足元、ヒトロは枕の近く、スリナはお腹の上へと、それぞれお気に入りの場所を見つけて丸くなった。
「ふふっ」
そんな四匹の姿を見たケントは苦笑しながら毛布をかけるのだった。
「おやすみ」
「おやすみー!」
元気な返事を聞きながら、ケントもベッドに横になった。
四匹の温もりを感じながら久しぶりに、少しだけ穏やかな気持ちで目を閉じた。
静かな夜の時間に月明かりが差し込む部屋の中、少年と四匹は寄り添うように眠りにつくのだった。
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