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第六話:ケント育成計画、始動!

  目が覚めた瞬間、ケントは反射的に体を丸めた。

(やばい、遅刻……!? また殴られる……!)

 固く目をつぶり、いつか来るはずの衝撃に備える。……けれど、数秒経っても痛みは来なかった。

 代わりに感じたのは、頬をなでるシーツのさらさらとした感触と、部屋を満たすお日様の匂い。そして、お腹の上にある「重くて温かいもの」だった。

「……ん、ケント……おはよ」

 耳元で聞こえた微かな声に、ケントはおそるおそる目を開けた。

 そこには、昨夜見た豪華な天蓋付きのベッドと、隣で丸まって眠る四女・ノノの姿があった。ノノはケントの腕をぎゅっと抱きしめたまま、幸せそうに寝息を立てている。「え、えええ……っ!?」

「あ、起きた? おはよう、ケント!」

 驚くケントに追い打ちをかけるように、勢いよく扉が開いた。

 入ってきたのは、すでに着替えを済ませた元気いっぱいの三女・みやびだ。その後ろには、盆に乗せた着替えを手にしたなぎと、穏やかに微笑むシオンも続いている。

「ノノ! また先回りして一緒に寝たわね! ずるいんだから!」

「……ケント、あったかい。……渡さない」

 ノノは目を閉じたまま、さらに抱きしめる力を強める。

 朝起きて、怒鳴られるのではなく「おはよう」と言われる。

 疎まれるのではなく、奪い合われるほどの愛情を向けられる。

「あはは……ノノ姉ちゃん、苦しいよ。……おはよう、みんな」

 ケントは照れくさそうに笑った。まだ、この「当たり前の幸せ」には慣れないけれど、今日という一日が始まるのが怖くない。8歳の少年にとって、それは何よりも奇跡のような朝だった。

 朝食を終えたケントが案内されたのは、天井まで届く本棚が壁を埋め尽くす、圧倒されるような書庫だった。窓から差し込む光に、微かな紙の匂いが踊っている。

「……すごい」

「ふふ、気に入ってくれた? ここにある本は、ケントが読みたければどれでも自由にしていいのよ」

 凪に促され、ケントは一冊の本を手に取った。しかし、すぐにその手は止まってしまう。

(……文字が読めない。どうして? 言葉はわかるのに……)

 戸惑うケントの様子に、凪が優しく問いかけた。

「ケント、もしかして文字が読めない?」

「……あ、……その、ごめんなさい。僕、せっかく見せてくれたのに……っ」

 ケントは慌てて本を戻そうとした。

 前の家では、できないことがあると「役立たず」と罵られ、暴力の対象になったからだ。

「謝らなくていいのよ、ケント。顔を上げて?」

 凪は膝をついて目線を合わせると、ケントの小さな手をそっと包み込んだ。

「一緒に、お勉強しよっか」

「うん!」

 ケントは弾けるような笑顔で頷いた。

 こうして、ケントの一日は「三時間の勉強」が日課に加わった。

 なぜ三時間なのか。それは、姉たちがケントの「学びたい」という意欲を尊重しつつ、決して無理をさせないようにと愛を込めて決めた、特別な時間だった。

 そして三ヶ月が経った頃には簡単な絵本なら1人で読めるほどに成長したケントであった。

「……『そして、王子さまとお姫さまは、いつまでも幸せにくらしました』。……読めた、凪姉さん!」

 ケントが絵本を閉じると、隣で見ていた凪が、こらえきれないといった様子でケントを抱きしめた。

「完璧よ、ケント! たった三ヶ月で一冊読み切るなんて……。約束通り、何でも願いを叶えてあげる。何がいい? 欲しいおもちゃでもある?」

 しかし、ケントの答えは意外なものだった。

「……姉さんたちの、特訓を見せてほしい。いつも僕が行くと、やめちゃうから」

 凪は少し困ったように眉を下げたが、ケントの真剣な瞳を見て、覚悟を決めたように頷いた。

「……わかったわ。でも、約束して。シオン姉様の側から絶対に動いちゃダメよ?」

 凪は他の姉たちに事情を話し、特別な「特訓」を公開することにした。

 案内された演武場。そこには、いつもの穏やかな雰囲気とは正反対の、肌を刺すような緊張感が漂っていた。

「いい、ケント。よく見ておきなさい。これが私たちの『特訓』よ」

 シオンの声と共に、凪と雅が距離を取る。

 先に動いたのは雅だった。

「いくわよ、凪姉ぇ!」

 雅が指を鳴らした瞬間、彼女の背後の空間が黄金色に歪み、そこから数え切れないほどの剣、槍、斧が姿を現す。それらは意志を持つ弾丸となって凪へ降り注いだ。

「……甘いわ、雅」

凪は剣を抜き放つと、一太刀で正面からの「武器の嵐」を切り裂いた。

 迫りくる何十本もの武器を、最低限の動きで弾き、叩き落とす。空中に突き刺さった剣を足場にして跳躍し、さらに高所から迫る武器を空中で斬り伏せる。

 爆音。火花。

 絵本の中に書かれていた『はげしい戦い』という一行が、これほどまでに恐ろしく、美しく、暴力的なものだったなんて、ケントは知らなかった。

(……文字が読めるようになっただけで、満足してた……)

 自分が覚えたばかりの「剣」や「魔法」という文字が、目の前で世界を壊さんばかりの力として振るわれている。

 やがて演武が終わったとき、ケントは足の震えを隠せなかった。

 駆け寄ってくる、いつもの優しい姉たち。けれどケントは、その手を取る前に深く頭を下げた。

「お願い……。僕にも、教えて。文字だけじゃダメなんだ。僕も、みんなの隣にいても恥ずかしくないくらい、強くならなきゃいけないんだ!」

 ケントの直訴じきそを受けた姉たちは、驚くほど迅速に、そして驚くほどノリノリで「ケント育成計画」を書き上げた。

 まだ八歳のケントに無理はさせられない。けれど、彼の「強くなりたい」という瞳を曇らせたくもない。そうして決まったのは、午前中に文字の勉強、午後は日替わりで姉たちが交代で教官を務めるという特別なスケジュールだった。

 まず、週の始まりである月曜日は、長女シオンによる魔法・魔術の講義だ。

「魔法と魔術はね、イメージと知識、そして魔力の三つが必要なの」

 そう教えられ、ケントはまず「魔力を高める訓練」に励んだ。体内で魔力を循環させ、それを周囲の気配を探るために使い切る。空っぽになった器が自然回復で満たされるたび、魔力の最大値が少しずつ増えていくのをケントは肌で感じていた。

 一転して、翌日の火曜日は、次女・凪による「動」の修行だ。 凪の指導は、まず走ることから始まる。

「はい、限界まで! 止まっちゃダメよ!」 本人がキツくなるまで走り続け、限界が来たら元気になるまで休憩し、また走る。その単純で険しいインターバルが、ケントの細い体に確かな芯を作っていった。

 そして週の真ん中、水曜日に待っているのは、三女・雅との錬金術だ。 雅はケント専用の小さな窯を用意してくれた。

「まずは一つ完成させてみて。できたら次は、素材は同じままで、生成する『数』を増やす練習よ」

 効率と増幅を学ぶこの時間は、午前中の文字の勉強が最も活かされる時間でもあり、ケントは夢中で窯と向き合った。

 しかし、木曜日の護身術だけは、ケントにとって別の意味で試練だった。

 担当のノノは、とにかく「やりすぎる」のだ。背後から音もなく襲いかかり、ケントを本気で驚かせてしまう。そのたびに、「ケントが怖がっているでしょう!」とシオンが飛んできて、ノノが正座で怒られるまでが一連の流れだ。半年に二、三回は繰り返されるその光景は、もはやこの家の風物詩になりつつあった。

 そうして一週間を終える頃には、ケントはいつも心地よい疲労感に包まれていた。 筋肉痛の痛みも、魔力を使い果たした後のダルさも、すべてが自分が変わっていく証。 三ヶ月前には想像もできなかった「戦うための日々」が、ケントの新しい当たり前になっていった。


ご覧いただきありがとうございます!読み書きを覚えたケントでしたが、お姉様たちの「本気」を目の当たりにして、自ら強くなる道を選びました。姉たちによる「ケント育成計画」、それぞれの個性が爆発した修行内容になっています。皆さんはどのお姉様の教官っぷりが気になりますか?次回からは修行の途中ですが、いよいよ初めて王都へ向かいます!

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