第55話:忘れていたもの
ハラリア国へ到着した四人は、リリィに案内されて宿を取り、そのまま彼女おすすめの食事処で夕食を楽しんでいた。
焼きたての肉料理や香ばしいスープが並ぶ中、隼人は満足そうに頬張りながら笑っていた。
「いや~、リリィさんのおかげでいい店にありつけた!」
「ふふっ、でしょう? ここは何度か来たことがあるからね」
「確かに、美味しいです」
フローラもスプーンを口へ運びながら頷いた。
そんな和やかな空気の中、隼人がふと首を傾げた。
「……そういやさ」
「?」
「ワイバーンの素材を換金した金、まだ貰ってなくね?」
「……あ」
隼人の言葉を聞いた瞬間、ケントとフローラも同時に動きを止めた。
「そういえば……!」
「すっかり忘れていました……!」
三人は顔を見合わせる。
ワイバーン討伐後、昇格や出発準備などが立て込んでいたせいで、換金の件を完全に忘れていたのだ。
「……行ってくる」
するとケントは椅子から立ち上がった。
「え?」
「え、今から?」
そんなケントの言葉に隼人とフローラは驚いた。
「そんな急がなくても明日でいいんじゃありません?」
「いや、忘れてまた出発したら面倒だから」
そう言うと、ケントは店の外へ出たのだった。
(空間系統中級魔術・ワープゲート)
目の前に淡く輝く魔法陣が現れ、真ん中から地面に向かって垂直に分かれて扉が開いた門のようなものが形成された後、ケントは迷いなく門の中へと消えていった。
店の中からケントの行動を見ていた残された三人は各々に驚いていた。
「……いや、便利すぎるだろ」
隼人は呆れたように笑っていた。
「中級魔術で国を跨ぐって、普通はあり得ません……」
フローラも苦笑いを浮かべていた。
「ふぇ?」
そして、初めて見るケントの異次元の行動にリリィだけが目を丸くして固まっていた。
「え?え?今の何!?国を移動したの!?えっ!?」
突然消えたケントと、平然としている二人を交互に見ながら、リリィは混乱した様子で声を上げるのだった。
そしてケントが現れたのは、マルリナ国だった。
ケントはそのまま冒険者ギルドへ向かい、扉を開けた。
「すみません」
「はい、本日は――」
受付の人がケントの姿を見た瞬間、驚いた後、露骨に安堵の表情を浮かべた。
「ケントさん!!」
「?」
「よかったです……!」
受付の人は思わず胸を撫で下ろしていた。
「一ヶ月以上もいらっしゃらないので、どうしたものかと困っていたんです!」
「困る?」
「はい。ワイバーンの素材の換金額があまりにも大きかったので、こちらで保管していたんですけど……連絡先もありませんし、死亡した可能性も考えてどう処理するべきか、支部長も悩んでおりまして……」
「すみません。忘れていました」
「忘れてた!?大金貨七枚以上ですよ!?」
「はい」
「はい、じゃありません!」
周囲の冒険者たちも思わず振り返る。
「大金貨七枚!?」
「どんだけ稼いだんだよ……」
「ワイバーンってそんなに高いのか……?」
ギルドにざわめきが広がる中、受付嬢は大きなため息を吐いた。
「とにかく、無事でよかったです」
「ごめんなさい」
「いえ、無事ならいいんです」
受付嬢は苦笑しながら奥へ向かうと、しばらくして重そうな革袋を持って戻ってきた。
「こちらが換金額になります。金額は大金貨7枚、金貨4枚、大銀貨48枚でございます。確認お願いします」
「はい」
ケントは袋の中身を確認すると、すぐに空間魔術の収納へとしまった。
「ありがとうございます」
「今度は忘れないでくださいね?」
「気をつけます」
受付嬢は再び安心したように微笑んだのだった。
「それでは、またのお越しをお待ちしております」
「ありがとうございました」
そう言うとケントはギルドを後にし、再び人気のない場所へ移動すると、
(空間系統中級魔術・ワープゲート)
空間に魔法陣の門を開き、待っている三人の元へ戻るのだった。
次の瞬間、ケントはハラリア国の食事処近くの路地へと戻っていた。
そして店へ戻ると、待っていた三人が一斉に顔を上げた。
「お、帰ってきたか!」
「おかえりなさい」
「おかえり~! って、早っ!?」
リリィが驚いている間に、ケントは席へ座るなり、収納魔術から大きな革袋を取り出した。
「はい」
「?」
「お金だよ。三人のお金とフローラさんたちの分をまとめたもの」
「え?」
受け取った袋の重さに、フローラは驚き目が丸くなった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!? こんなに!?」
「うん。大体5分の4をそっちに渡している」
「5分の4ですの!?」
「俺には渡してくれないのか?」
「隼人くんに渡すと買い食いですぐなくなるから」
「ひでぇ!」
隼人は抗議するが、フローラとリリィは思わず吹き出してしまった。
「ふふっ、否定できないですのね」
「だって隼人くん、昨日もおやつとして串焼き三本食べてましたし」
「リリィさんまで!?」
笑いが一段落したところで、隼人がまたもや思い出したように言った。
「そういやさ」
「?」
「転移できるんなら、最初からそれ使えばよかったんじゃね? 一ヶ月も馬車に揺られる必要なかったじゃん」
それを聞いたフローラも大きく頷いた。「そうの通りですね」
しかしケントはそんな2人の疑問に首を横に振った。
「特殊属性って使える人が少ないから知らない人も多いけど、あの転移魔術は万能じゃないんだ」
「そうなのか?」
「うん。一度行ったことのある場所にしか転移できないんだ」
「あー、なるほどな。じゃあ、知らない国に一発で行くとかは無理なのか」
「無理だね。座標も曖昧だと危ないし」
「へぇ~、便利だけど制限もあるんだな」
「だから、ここまで一ヶ月かけて馬車で来たんだよ」
「納得ですわ」
フローラも微笑みながら頷いていた。
こうして、四人の穏やかな食事の時間は、しばらく続いたのだった。
夜も更け、ハラリア国の街は静かな眠りに包まれていた。
宿では、ケントと隼人、そしてリリィとフローラの二人組に分かれて部屋を取って、それぞれが長旅の疲れを癒やすように眠りについていた。
しかし――
コン、コン、
静かな部屋に、小さな音が響き、ケントは布団の中で眉をひそめた。
「……風?」
そう思っていたが、再びコン、コン、コン
「……」
としつこく窓を叩く音に、ケントはゆっくりと起き上がった。
「うぅ……眠い……」
コンコンコンコン!
「……もう」
ケントは少しイラついた様子で窓へ近付くと、勢いよく開け放った。
「何?」
すると次の瞬間、
「きゅっ!」
「ぴぃ!」
四つの小さな影が部屋の中へ飛び込んできてケントは思わず後ずさった。
「うわっ!?」
そこにいたのは、二匹の猫のような生き物と、二匹の小鳥のような生き物だった。
ケントは目を擦りながら小さくため息をついた。
「……君たち誰?なんでここに来たの?」
すると、一匹の子虎のような獣が不安そうな声で答える。
「きゅぅ……お母さんたちが……もうすぐ死んじゃうの……」
「?」
「病気だと思う……」
「それで、どうしたらいいか分からなくて……」
「街に来たら、急にすごく強い魔力を感じたの!だから、その人なら助けてくれるかもって……」
「お願い……助けて……」
四匹は揃って頭を下げていたが、ケントは静かに首を横に振った。
「……ごめん」
「きゅ?」
「今の俺たちは、他人を無償で助けられる状況じゃない」
「……」
「お金も必要だし、行く先も決まってる」
「それに、困っている人を全員助けていたらきりがないから、申し訳ないけど断らせてもらう」
四匹はショックを受けたように耳を垂らしていた。
「そんな……」
「お願い……」
「お母さんが……」
しかし、ケントの表情は変わらなかった。「ごめん」
その時だった。
「……んぁ?」
隣のベッドから、隼人が寝ぼけたまま上半身を起こした。
「なんだぁ……騒がしいな……」
そして、四匹の小さな獣を見て目を瞬かせた。
「……なんだこいつら?」
ケントから事情を聞いた隼人は、欠伸をしながらケントを見るのだった。
「だいたいわかったけどな、ケント」
「?」
「別に助けてやったてもいいじゃねぇか」
「……隼人くん」
「俺たち、そこまで切羽詰まってるわけじゃねぇだろ?それにさ」
隼人は言葉を区切ると四匹を見る。
「こんな小さい奴らが、夜中に親を助けてくれって必死に頼みに来たんだぜ?俺だったら放っておけねぇよ」
四匹は希望を見つけたように再び顔を上げたが、ケントはまだ迷っているように静かに目を伏せていたのだった。
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