第53話:昇級試験
翌朝。
まだ日が昇り切っていない時間帯、ケントは一人、西の渓谷へと向かおうとしていた。
そんなケントを見送りに来た隼人とフローラもまた近くにいた。
「……本当に一人で行くんですの?」
フローラは不安そうな表情を浮かべていた。
「試験だからね。それに、大丈夫。無理だと思ったらちゃんと逃げるよ」
「その言葉、あんまり信用できねぇんだけどな」
隼人は呆れたように肩を竦める。
「でもまぁ……」
そう言って、隼人は拳を突き出した。
「絶対に帰ってこいよ」
ケントは少し微笑んだ後、拳を軽くぶつけた。
「うん」
「待ってますわ」
そう言ってフローラも静かに微笑んだのだった。
「ご武運を」
ケントは二人に背を向け、西の渓谷へと歩き出した。
そこから数時間後、西の渓谷の手前へと辿り着いたケントは、その光景を目にした。
「……これは」
ケントは思わず息を呑んだのだった。ワイバーンが、何体もいや十数体は確認できた。「グルルル……」
「ギャオオオオオッ!!」
一体のワイバーンがケントへ視線を向けた瞬間、連鎖するように他のワイバーンたちも一斉にケントに気付いた。
「ギャアアアアッ!!」
「グオオオオッ!!」
その瞬間、渓谷に咆哮が響き渡ったワイバーンたちは一斉に羽ばたき始めた。
ケントはその光景を見て、
「……はは」
小さく笑い、口元を吊り上げていた。
「ここなら全力が出せる!」
ケントは常に仲間に及ぶ被害を考えて力を抑えて戦ってきたが、ここは違った。この広大な渓谷で仲間はおらず思う存分戦える場所だった。
そして、ケトンがワイバーンと戦闘する体制に入った途端、晴れていたはずの空に、黒い雲が集まり始めた。
ゴロゴロ……
という重々しい雷鳴が鳴り響き始めていた。
一方その頃。
冒険者ギルドの休憩室では。
「「…………」」
フローラは落ち着かない様子で何度も時計へ視線を向けていた。
「フローラ、そんなにそわそわするな」「だって……不安じゃないですか」
そう言うとフローラは強く唇を噛んでいた。
「相手はワイバーンの群れなんですよ?それに、今回はケントさん一人です。もし何かあったら……」
「……」
隼人は少しだけ黙り込んだが、
「今は待つしかねぇだろ」
とぶっきらぼうに言った。
「俺たちがあいつを推薦したんだ。だったら信じて待つしかねぇ」
「……」
「ケントは、ちゃんと帰ってくる。だから今は、待つんだよ」
「……はい。」
フローラは小さく頷いたが、その手は強く握り締められていた。
そして――場面は再び、西の渓谷へと移った。
ケントの前には、十数体ものワイバーンが襲い掛かろうとしていた。
「ギャオオオオオッ!!」
「グルルルルッ!!」
それを見たケントは、静かに目を細めたかと思うと、ケントはおもむろに詠唱を始めた。
「――自然は摂理、摂理は死、死は真罰。」
その声は静かでありながら、渓谷全体へ響いていた。
「我、今ここに真罰の雷鳴を使わん。」
空気が震えて、上空にはさらに黒雲が立ち込め、雷光がその隙間を駆け抜けていた。「雷鳴の怪鳥よ、我の敵を全て薙ぎ払いたまえ。」
ワイバーンたちが本能的な危機を感じ取ったのか、一斉に翼を羽ばたかせてその場から離れようとしていた。
「ギャアアアアッ!!」
「グオオオオオッ!!」
しかし、すでに遅くケントは静かに言った。
「――雷系統獄級攻撃魔法・真雷鳥撃。」
その瞬間、轟音と共に黒雲の中から巨大な雷の怪鳥が姿を現し、天を裂きながら渓谷を翔け抜けたのだった。
「ギャアアアアアッ!!」
「グギャアアアッ!?」
雷鳴は大地を揺らし、閃光は視界を白く染め上げ、ワイバーンたちは逃げる間もなく雷撃に飲み込まれていった。
そうしてワイバーンは次々と地上へ墜落して、轟音が止んだ頃には先ほどまで空を埋め尽くしていた飛竜たちのほとんどが、地面へと倒れ伏していた。
「ギャアアアアッ!!」
だが、中には生き残っている個体もいて、全身を焦がしながらも、ケントへと襲いかかろうとしていた。
「……」
しかし、ケントの姿が消えて次の瞬間には、ワイバーンの懐へと飛び込んでいた。
「グオッ!?」
ケントが繰り出した鋭い腕の突きがワイバーンの首元の急所へと伸びたが、ワイバーンは咄嗟に身体を捻ってかわした。
しかし、その動きのせいでケントの腕がワイバーンの眼球へと深く突き刺さったのだった。
「ギャアアアアアアッ!!」
鮮血が飛び散り、絶叫を上げながら暴れるワイバーンだったが、その抵抗も長くは続かなかった。
ケントが腕を引き抜いた瞬間、ワイバーンは力なく崩れ落ちた。
「……」
ケントはまだ立ち上がるワイバーンたちに刀を鞘から抜いて向けて、一歩を踏み出した。
――そして時は流れ昼過ぎになった頃、冒険者ギルドの休憩室では、隼人とフローラが落ち着かない様子で待ち続けていた。
「……遅いですわね」
フローラは何度目か分からないほど入口へ視線を向けていた。
「大丈夫だって」
そう言いながらも、隼人もまた扉の方へ目を向けて待っていた。
「ケントなら帰ってくる」
「……ええ」
フローラは頷いたものの、不安を拭い切れないようにぎゅっと膝の上で手を握り締め続けたのだった。
その時、ギルドの扉が開いた。
「……ただいま」
「ケント!」
顔を上げたフローラは、次の瞬間には立ち上がっていて、
「よかった……!」
「えっ――」
思わずケントへと抱きついていたのだった。
突然のことに、ケントは目を見開いたが、
「フローラさん?」
何かを言いかけて止まった。
それもそのはず、抱きついてきたフローラの身体が、小さく震えていたからだ。
「……」
どれほど平静を装っていても、不安だったのだろう。
ケントは一瞬だけ戸惑ったような表情を浮かべたが、それ以上は何も言わないで振り払うこともせず、困ったように視線を泳がせながらも、そのまま黙っていた。
「……だから言っただろ」
隼人は呆れたように笑った。
「ケントはちゃんと帰ってくるって」
「うるさいですわ……。心配するものは、心配するんです」
「……ごめん」
フローラの言葉にケントは少しだけ申し訳なさそうに呟いていた。
「別に責めてるわけじゃありませんわ」
そう言いながらフローラはようやく身体を離した。
「ただ……無事でよかったです」
「……うん。ただいまフローラさん、隼人君」
そして三人は、そのまま受付へ向かった。 受付の職員へワイバーンの素材を提出すると、周囲の冒険者たちからどよめきが起こった。
「ワイバーンの素材だと……?」
「しかも、この数……」
「本当にあの試験を突破したのか?」
しかし、受付の職員は慌てることなく淡々と作業を進めていった。
「少々お待ちください。討伐数と素材の確認を行います」
提出された素材は奥へと運ばれ、しばらくして職員が戻ってきた。
「確認が取れました。雪月ケント様。ワイバーン討伐試験の達成を認定いたします。また、試験結果およびこれまでの実績、能力を総合的に判断した結果、冒険者ランクの昇格が決定いたしました。現在のEランクより――Bランクへ昇格となります。」
「Bランク!?」
職員が口にしたランクにフローラは驚き目を見開いた。
「一気に三つもですの!?」
「普通じゃありえねぇだろ……。」
隼人も思わず声を漏らしていて、そんな2人を見た受付の職員は苦笑した。
「本来であれば、今回の結果だけを見るならAランク相当の実力と判断されてもおかしくありませんが、年齢や経験、そして何より一度に上げ過ぎると各方面から注目を集めることになります。そのため、今回はBランクへの昇格という形になりました」
「……そうなんだ」
ケントは特に不満を口にすることなく、新しいギルドカードを受け取った。
「お前、Aランク相当って……。いや、十三歳だぞ?」
「そう考えると、十分目立ってますわよ。これ以上目立ったら、また面倒事に巻き込まれそうですね。」
「……それは嫌かも。」
そんなケントの反応に、隼人は思わず吹き出した。
「今さらだろ。お前、今よりも酷い状況なんてそうそうないんだぞ」
「……確かに。」
それを見たフローラも、ようやく小さく笑みを浮かべた。
ギルドでの騒動を終えた後、ケントたちは受付近くの椅子に腰掛けていた。
「それにしても、Bランクかぁ……」
ケントのランクに隼人は感心したように呟いた。
「一気に上がりましたわね。Bランクになると、どんな依頼が受けられるのでしょうか?」
「確か、魔物の討伐とか護衛依頼とか、今までより難しい依頼が増えるんじゃないかな」 ケントもそう答えながら、手渡された新しい冒険者証を見つめていた。
「あの……少しよろしいでしょうか?」
「はい?」
ケントが顔を上げると、職員は少し申し訳なさそうにしながらも、不思議そうな表情を浮かべていた。
「あなたの目……左右で色が違うんですね」
「え?」
「右は赤色、左は緑色……オッドアイ、と言うのでしょうか」
その言葉に、隼人とフローラの表情がわずかに強張ったが、ケントは特に動揺した様子もなく答えた。
「そうですね。すみません、この後用事があることを思い出したのでこれで失礼いたします。隼人くん、フローラさん。宿に戻ろう」
「お、おう」
「……はい」
三人はそのままギルドを後にしのだった。
◇◇◇
宿へ戻ると、ケントは部屋の扉を閉めた。
(音系統中級魔法・サイレントボイス)
淡い光が部屋を包み込んだ。
この部屋の音は外へ漏れてないことを確認するように周囲を見渡した後、ケントは二人へ向き直った。
「……思った以上に目立ちすぎた。今回のワイバーンの件でBランクに昇格したこともそうだけど……あの受付の人、僕の目のことに気づいてた」
「オッドアイくらい珍しくても、『変わってるな』で終わるんじゃねぇの?」
「普通ならね」
そんな隼人の疑問にケントは静かに首を横に振った。
「でも、僕たちは国から追われてる」
「……」
「僕のこの目は、遠くからでもよく目立つから、気づく人が増えれば、それだけ情報が広がる可能性もある」
「つまり……」
「うん。明日、食料と水を補充して、馬車の手配も済ませてもう次の国へ行こう」
しばらくの間沈黙が続いた後、隼人は大きく息を吐くと、苦笑した。
「せっかくBランクになったのにな。ゆっくり祝う暇もねぇか」
「残念ですけれど……仕方ありませんわね。」
ケントは二人を見て、少しだけ表情を和らげた。
「それに、二人を危険に巻き込みたくないから。」
「今さらだろ。」
「そうですわ。」
そんなケントの言葉に二人は即答していた。
「ここまで来たんですもの。」
「最後まで付き合うって決めてる。」
「……ありがとう。」
そうケントは小さく呟いたのだった。
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