第49話:二人の冒険者登録
その日の夜。
三人部屋に備え付けられた明かりはすでに落とされており、部屋の中には静かな寝息だけが響いていた。
長旅の疲れもあったのだろう。
隼人はベッドの上で大の字になって眠り、フローラも寝息を立てながら穏やかな表情で眠っている。
そんな中、ケントだけは静かに目を開いていた。
しばらく天井を見つめた後、隣の二人を起こさないようにゆっくりと身体を起こす。
物音を立てないよう慎重に荷物をまとめると、ケントは静かに部屋の扉を開けて出て行った。
夜の街は昼間とはまるで別の顔を見せていた。
昼間は賑わっていた通りも人影は少なくなり、酒場から漏れ出る笑い声だけが遠くから聞こえてきた。
そんな中、ケントは迷うことなく足を進めた。
やがて石畳の大通りを外れ、細い裏路地へと入っていく。
建物同士の隙間は狭く、月明かりもほとんど届ていなかった。
湿った空気が漂い、どこからともなく視線を感じるような場所からさらに路地の奥にある、古びた木製の扉が取り付けられた一軒の店の前で、ケントは足を止めた。
看板らしきものは見当たらなく、営業しているのかどうかすら怪しい店だったが、ケントは躊躇なく扉を押し開けた。
ギィ……と軋んだ音が店内へ響く。
中は薄暗く、棚には様々な品物が並べられているが、普通の店ではまず見かけないような品も混ざっていた。
そして店の奥には、一人の老婆が椅子へ腰掛けていた。
ケントの姿を見るなり、老婆は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ここはガキが来る場所じゃないよ。冷やかしならさっさと帰りな」
だが、ケントは何も言わず、取り出した袋をカウンターの上へ置く。
ジャラリ。
重たい金属音と共に、中から金貨が姿を現した。
無造作に置かれたその金額に、老婆の目がわずかに見開かれる。
そしてケントは静かな声で尋ねた。
「金貨18枚、これで鑑定のスキルの書二冊と、隠蔽のスキルの書三冊は買えるか?」
老婆はしばらく金貨を見つめていたが、ゆっくりと視線をケントへ向けた。
「……お前さん、何者なんじゃ?」
その問いに、ケントの表情は変わらなかった。
「ここは金さえ払えば正体を聞かれずにアイテムを売ってくれる場所だって、この街に入ってからすぐに噂で聞いたぞ。それとも、その噂は間違いだったのか?」
老婆は黙ったままケントを見つめた。
数秒の沈黙の後――。
「……ククッ、なるほどのう。確かにここは、金さえ払えば余計なことは聞かん店じゃ。客の正体にも興味はない」
そう言って老婆は椅子から立ち上がりだした。
「だが、それだけの金貨をぽんと出せるガキは珍しいだから少し気になっただけじゃ」
そう言いながら老婆は棚の奥へと歩いていった。
「鑑定のスキルの書二冊と、隠蔽のスキルの書三冊じゃったな」
「ああ」
「ちゃんと用意できるぞい」
ケントは小さく息を吐いた。
「……よかった」
翌朝になって、三人部屋の窓から差し込む朝日が、静かな室内を照らしていた。
「ふぁぁ……」
隼人は欠伸をしながらベッドから起き上がり、大きく背伸びをした。
「久しぶりにちゃんとしたベッドで寝た気がするな」
「確かに、野宿続きでしたものね」
フローラも身支度を整えた後小さく背伸びをしていた。
「それでは、朝食を済ませたら冒険者ギルドへ向かいましょうか」
「おう。登録終わったら依頼も見てみたいしな」
二人がそんな話をしていると、ケントは自分の荷物を漁り始めた。
「その前に」
「ん?」
「どうしたんですの?」
二人が視線を向けると、ケントは二冊の本と三冊の本をそれぞれ取り出した。
そして、それを机の上へと並べる。
「これ、先に渡しておくよ」
「……何だこれ?」
隼人とフローラは一冊を手に取り、表紙を見た瞬間、目を見開いた。
「……まさか」
「鑑定のスキルの書二冊と、隠蔽のスキルの書三冊で、鑑定は隼人とフローラの分。隠蔽は三人分」
数秒の沈黙が流れた。
「……は?」
最初に声を上げたのは隼人だった。
「いや、待て待て待て、なんでそんなもん持ってんだ?」
「というか、スキルの書ですのよ!?」
隼人に続いてフローラも思わず声を上げた。
「そんな簡単に買える代物ではありませんわ!」
「そうだけど」
「スキルの書は高価ですのよ!? それも鑑定と隠蔽なんて、実用性の高いものはなおさらです!」
「……いくらしたんだ?」
隼人が嫌な予感を覚えながらケントに尋ねた。
「金貨18枚」
「「はぁっ!?」
「お前何やってんだ!?」
「金貨18枚って……どれだけ高額だと思っているんですの!?」
「いや、必要だと思ったから。鑑定があれば、相手の情報が分かるし、隠蔽があれば情報を隠しやすくなるから、今の俺たちには必要だと思ったんだ」
「それはそうですけれど……だからって、そんな大金を簡単に使いますか?」
「ごめん」
「というか、その金どこから出てきたんだよ」
「昔、依頼で貯めてた分」
「だからってなぁ……」
「でも、無駄遣いではありませんわね」
フローラは本を見つめた。
「鑑定は冒険者なら持っていて損はありませんし、隠蔽は今の状況ならむしろ必須です」
「でしょ?」
「……ただし」
フローラはケントをじっと見つめた。
「次からはちゃんと相談してくださいまし」
「分かった」
「本当に分かってるか?」
「わ、分かってるって、それに、せっかく買ったんだから使わないともったいないよ?」
「まぁ、それもそうだな」
隼人は鑑定のスキルの書を眺める。
「じゃあ、使うか」
「ええ」
フローラも頷き、最初に、フローラと隼人が鑑定のスキルの書を手に取った。
「じゃあ、使いますわ」
「前と同じようにやればいいんだよな」
「ええ。心の中で使用を念じるだけです」
二人は椅子に腰掛けたまま、本へ視線を落とす。
そして、静かに意識を集中させて、使用することを念じた瞬間だった。
フローラと隼人の手の中にあった鑑定のスキルの書が、ふわりと宙へ浮かび上がり独りでに本が開かれた。
パラパラパラパラッ――。
前回に使ったスキルの書と同様に次の瞬間にはページが高速で捲られ始めた。
そして、
《鑑定のスキルを獲得しました》
と頭の中へ、声が響いた。
そして、本は静かに床へ落下してその中身はすべて白紙へと変わっていた。
「問題なく習得できましたわね」
「二回目だから、さすがにもう驚かねぇが、本当に使い切りなんだな」
「そういうものですもの」
「じゃあ次は隠蔽だね」
三人は隠蔽のスキルの書を使うと、先ほどと同じように三冊の本が宙へと浮かび上がり、独りでに開かれた本のページが、高速で捲られていった。
パラパラパラパラッ――。
《隠蔽のスキルを獲得しました》
という声が三人の頭の中へ響いた。
浮かんでいた三冊の本の全てのページは真っ白になってやはり静かに床へ落ちて行った。
「これで終わりか。鑑定と隠蔽……か」
「旅をする上では、どちらも役立つでしょうね」
「これで少しは安心できるかな」
「それじゃあ改めて、冒険者ギルドに行こうか」
「おう」
「ええ」
新たなスキルを習得した三人は、そのまま宿を後にした。
朝の街はすでに活気に満ちており、露店からは香ばしい匂いが漂い、人々の話し声が飛び交っていた。
「結構賑わってますわね」
「冒険者も多いな」
武器を携えた者やローブ姿の魔術師らしき人物たちが、様々な方向へと歩いていた。
そして、ケントたちが歩く先に見えてきたのは、大きな建物だった。
「ここか」
「冒険者ギルドですわね」
「うん」
三人は建物の中へと足を踏み入れた。
ギルド内は朝だというのに大勢の冒険者で賑わっていた。
依頼掲示板の前で話し合う者や受付で報告を行う者、食堂のような一角で食事をしている者などそして、中には新米冒険者らしき若者たちの姿も見えた。
「思ったより普通なんだな」
「隼人はもっと殺伐とした場所を想像していたんですか?」
「まぁ、ちょっとな」
「実際、ランクが上がればそういう空気も増えるって聞いたことがあるよ」
ケントがそう言うと、三人は受付へと向かった。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者登録をお願いしたいです」
「かしこまりました。それでは、こちらの水晶に手を触れてください。ステータスを確認いたします」
受付嬢は透明な水晶玉を二人の前へ差し出して、最初に隼人が手を乗せて、次にフローラも同じように手を触れた。
受付嬢は表示された情報を確認した。
「……確認いたしました。お二人とも登録条件を満たしておりますので、冒険者登録が可能です」
「本当ですの?」
「はい。本日よりお二人はFランク冒険者となります」
そう言って二枚のギルドカードを差し出した。
「こちらが冒険者証となります。紛失にはご注意ください」
「おぉ」
隼人は興味深そうにカードを見つめた。
「これで俺らも冒険者か」
「ようやく登録できましたわね」
フローラもどこか嬉しそうにカードを受け取った。
「そちらのあなたは登録されますか?」
「いや、自分はもう登録済みです」
「かしこまりました」
その後、三人はそのまま依頼掲示板の前へと移動した。
「すげぇな……」
「これ全部依頼ですの?」
「そうみたいだね」
「最初だから、この辺が無難かしら。薬草回収依頼……これなら危険も少ないですわね」「じゃあ俺はこれだな」
隼人とフローラは隼人も近くに貼られていた依頼書を剥がして手に取った。
「スライム討伐。ちょうどいいだろ」
「そうですね、初心者向きの魔物だと聞いてます」
ケントも掲示板を見回し、二枚の依頼書を手に取った。
「俺はこれかな」
「ゴブリン討伐と……ホーンラビット討伐?」
「ケント、それって初心者向けではありますけれど、薬草採取やスライム討伐よりは危険ですわよ?」
「まぁ、Eランクだから受けられるし、昔はもっとヤバいのを一人で討伐したことがあるから大丈夫だと思う」
「確かに、お前の場合はな……」
隼人は何とも言えない表情を浮かべていた。
「普通に考えればおかしいですわ」
「仕方ないよ。レベル条件で昇級できなかったんだから」
ケントは依頼書を見つめながら肩を竦める。
「とりあえず、今日はこの依頼をこなそう」
「ええ」
「おう」
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