第45話:動きだした歯車
「……ん」
小さな声が響いて、全員が同時にベッドへ振り向いた。
「「ケント!」」
ケントはゆっくりと瞼を開いて、眩しそうに天井を見上げていた。
「……みんな?」
その瞬間、全員が安堵の表情を浮かべた。
「よかった……」
とノノは小さく呟いて、雅も胸を撫で下ろしていた。
隼人もその場で大きく息を吐いていた。
「マジで心配したんだぞ」
「ごめん」
その直後。
フローラが真剣な表情で口を開いた。
「ケント、あなたは何も知らなかったんですのよ?」
その言葉には先ほどと同じ怒りが残っていたが、今はそれだけではなくケントを心配する気持ちが混ざっていた。
すると、ケントは少しだけ困ったように笑った。
「いや……実は何となく気付いてたんだ」
「え?」
隼人は思わず聞き返してしまった。
ケントは上半身を起こしながら続けた。
「実践演習が終わった日からかな、毎晩同じ夢を見るようになったんだ」
シオンたちの表情が変わった。
「夢……?」
「うん。それに少しでも全力を出そうとすると身体に違和感が出るようになってた」
その言葉に姉たちは目を見開いていた。
「最初は疲れかなって思ったけど違った。右目が変わったりもしたから自分でも分かってたんだ」
フローラと隼人は言葉を失っていた。
「だったらどうして言わなかったんだよ」
ケントは少し考えるように視線を落とした。
「……怖かったから、もし本当に自分がおかしくなってたらどうしようって思った」
ケントは拳を握った。
「それに、みんなに心配かけたくなかったから一人で何とかしようとしてた。結果的に倒れちゃったけどね」
笑いながらケントはそんなことを言った。姉たちはその笑顔を見た瞬間、思わず俯いた。
弟が一人で抱え込んでいたことに気付けなかった自分たちを責めていた。
するとケントはそんな姉たちを見て首を横に振った。
「だからさ、姉さんたちだけが悪いわけじゃないよ」
保健室には先程までの重苦しい空気は残っていたものの、ケントが目を覚ましたことで全員の表情には少しだけ安堵の色が戻っていた。
シオンはそんな弟の様子を確認すると、小さく息を吐いた後、口を開いた。
「ケントあなたは、このまま普段通りの生活を続けることはできない。あなたの身体は今、急激な血の変化に対応しきれていない状態だから予定通り、一ヶ月ほどここで私たちが調整するわ」
ケントは少し考えた後、小さく笑った。
「分かった姉さんたちに任せるよ」
その返事にシオンも表情を緩めて
「ありがとう」
と言った。
隼人も腕を組みながら頷き、
「まあ、俺も賛成だな」
「隼人君?」
「だってよ、いきなり倒れる奴を放っておく方が危険だろ」
「それはそうですわね」
フローラも頷いたのだった。
「ケント、しっかり休んでください。あなたはいつも無理をしすぎるんですから」
「うっ……」
思わず視線を逸らしたケントを、見て隼人は笑いだしたのだった。
「ははっ、確かに」
「隼人君まで!?」
「だって事実だろ」
保健室に少しだけ笑い声が響いて、先ほどまでの張り詰めた空気が和らいでいた。
その日の夜。
学園から帰されたギルバートは、自宅の執務室へ呼び出されていた。
机の向こうにはギルバートの父親が座っていて、部屋の中には張り詰めた空気が漂っていた。
父親はギルバートを一瞥もせずに机にあった書類に目を通していた。
「お前は一体、どこまで私を失望させれば気が済むんだ?」
その言葉にギルバートは肩を震わせて反論できなかった。
父親は深いため息を吐いた。
「私は学園には私含めて貴族の権力は使えない言ったはずだ。それを理解しての今回の行動を起こしたのか?」
「……」
「学園に入る前に家の迷惑になることはするなと言ったはずだぞ?」
ギルバートは唇を噛み締めたが納得できていなかった。
「違うんです!あの学園には化け物がいるんです!」
父親の眉が僅かに動いた。
「自分より強い奴なんて今までいませんでした!だから最初は何かズルをしているんだと思ったんです!」
父親は変わらず書類に視線がいっており黙って聞いていた。
「でも違った!あいつは化け物だから強かったんです!それに……あいつは倒れる直前、目の色が変わったんです」
その瞬間、ようやく父親の視線が書類からギルバートに移ったのだった。
「目?」
「はい。普段は青色でしたが、左右の目が赤と緑になっていました」
その瞬間に父親の表情が変わり、椅子から立ち上がると本棚へ向かって一冊の古びた本を取り出した。
彼は慣れた手付きでページを捲り、ある挿絵をギルバートへ見せた。
「その目は……この二つに似ていたか?」
ギルバートは本へ視線を落とすと、そこには赤い瞳を持つ種族と、緑の瞳を持つ種族の絵が描かれていた。
そのページを見たギルバートは目を見開いたが、正直に答えたのだった。
「はい!右目はこっちに、左目はこっちによく似ていました!近くで見ていたので間違いありません!」
父親はしばらく黙っていたが、
「ふふっ」
小さく笑い出して、次第にその笑みは大きくなっていった。
「父上……?」
ギルバートは困惑していた。すると父親はゆっくり振り返り、顔には先程までの不機嫌さはどこにもなく、代わりに浮かんでいたのは獲物を見つけた肉食獣のような笑みだった。
「ギルバート」
「は、はい」
「訂正しよう。今回、お前は私を喜ばせた」
「え……?」
「もしかしたら我が家の爵位が上がるかもしれん」
「どういうことですか?」
父親は本を閉じて再び椅子に腰をかけて話し始めた。
「数百年前の話だ、世界中で大きな話題となった存在がいたのだ。ヴァンパイアの始祖返りとエルフの始祖返り、その二人が結婚し、子を成したという記録が残っている」
ギルバートは息を呑んでいたが、父親はなおも不敵な笑みを浮かべていた。
「おそらくだが、お前が喧嘩を売った相手はその血筋かその子供本人である可能性すらある」
「ま、まさか…」
ギルバートは絶句したが、父親は息子の反応など気にも留めていなかった。
「王は力を欲している。もしこの情報が事実なら、王にとって極めて価値が高い」
「ち、父上……」
「報告するだけでいい。それだけで我が家には莫大な利益が転がり込むだろう。よくやったぞ、ギルバート」
そう言う彼はいまだに笑っていて、その顔には息子を心配する色など欠片も感じれなかった。
数日後。
ギルバートとその父親は王城へ呼び出されていた。
案内された先は謁見の間であり、巨大な柱が並び、赤い絨毯が玉座まで真っ直ぐ伸びていた。
謁見の間に入ったギルバートは玉座の方へ視線を向けた。
そこにはこの国の王が座っていたが、その顔は距離や光の加減もあってよく見えなかったが、それでも一つだけ分かることがあった。
(怖い……)
ギルバートは無意識に唾を飲み込んでいた。王の視線はまるで研ぎ澄まされた刃物を首元へ突き付けられているような感覚であり、目を合わせているだけで息苦しくなるほどの圧迫感であった。
王はやがて口を開いて、
「……真か」
落ち着いた声だったが、その一言だけで場の空気が張り詰めていた。
「はっ、息子から聞いた話によれば、その者は同年代の人間と比べて全ての分野において数段以上飛び抜けております」
王は何も言わず、ただ聞いていた
「そして普段は青かった目が赤と緑へ変化して倒れたとのことです」
謁見の間が静まり返り、王は動かなかった。
返事もしなく、ただ玉座に座ったまま沈黙していた。
ギルバートは冷や汗が流れるのを感じていたが次の瞬間、
「そうか」
王は静かに呟いて、王は近くに控えていた側近へ視線を向けた。
「兵を編成しろ」
側近が顔を上げた。
「は?」
「今から学園へ向かう兵を編成しろと言った」
その場にいた者たちがざわつき始めたのだった。学園はこの国でも特別な場所だから容易に手を出してよい場所ではないのだが、王は気にした様子もなかった。
「どの程度で準備できる」
側近は慌てて計算し始めていて、
「最短でも……一ヶ月ほどかと」
と言うと、王の目が細くなった。
「遅い」
「申し訳ございません」
「早急に進めろ」
「はっ!」
命令を受けた者たちが慌ただしく動き始めたのだった。そんな様子を見ながら王はゆっくりとギルバート親子へ視線を向けると王は口元を僅かに緩めた。
「そなたらの功績、大いに感謝する」
ギルバートの父親は目を見開いたのだった。
「勿体ないお言葉にございます」
「約束通り褒賞を与えよう」
「ベルトラン家の爵位を伯爵から二階級昇格とする。本日よりベルトラン家は公爵家とする」
その言葉に周囲がざわめきだしたのだった。
「なっ……!」
「公爵だと……!?」
「たった一度の報告で……?」
驚愕の声が広がっても王は気にも留めなかった。
ギルバートの父親は様々な感情が入り混じって震えていたが、深く頭を下げたのだった。
「ありがたき幸せにございます!」
その隣でギルバートも慌てて頭を下げた。 王はそんな二人を見下ろしていたが王が本当に興味を持っているのは彼らではなかった。
王は誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「ようやく見つけた」
その声には歓喜すら混じっていた。まるで長年探し続けていた宝を見つけたかのように。
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