第44話:ケントの血の正体
リリアとの会話を終えた翌日。
ケントの心を覆っていた重苦しい不安は、以前よりずっと軽くなっていた。
夢や目の異変も消えたわけではないが、それでも一人で抱え込むのはやめようと思えた。
放課後になったら姉たちや隼人、フローラに全て話そうと、決意したケントは学院生活を送っていた。
そして昼休みの時、三人はいつも通り食堂で昼食を取っていた。
「そういえば次の実技授業だけどさ」
隼人がパンを頬張りながら話し始めた。
「俺、鎌鼬のスキル結構使えるようになってきたぜ」
「もうですの?」
フローラが驚いたように目を丸くしていた。
「さすがにまだ完璧じゃないけどな」
「でも前よりかなり戦いやすくなった」
「それは良かったですわね」
そんな二人のやり取りを見ながら、ケントも少し笑った。
「――見つけたぞ」
突然聞こえた声に、三人は同時に顔を上げた。
そこにはギルバートが立っていた。周囲の生徒たちも彼に気付き、少しずつ視線を向け始めていた。
「ギルバート?」
フローラが怪訝そうに眉をひそめだが、ギルバートは答えなかった。
その視線は真っ直ぐケントのみへ向いていて、憎悪を剥き出しにしているような目だった。
「お前さえ……」
ギルバートの拳が震え、周囲の空気が張り詰め始めた。
「お前さえいなければ……俺は上手くいっていたはずなんだ!!」
次の瞬間だった。
ギルバートの足元へ二つの魔法陣が同時に展開された。
周囲の生徒たちから悲鳴が上がりはじめた。
「ギルバート!?」
「何してるんだよ!」
だがギルバートは止まらなかった。
「全部お前のせいだ!!」
二つの魔術が同時に放たれて一直線にケントへ向かって襲い掛かった。
ケントは静かに右手を前へ出して魔術を発動した。
(水系統初級防御魔術――アクアウォール)
次の瞬間、水の壁が三人の前へ出現してギルバートとケントの二人の魔術が激突した。
そして、ケントの魔術はギルバートの魔術のを全て受け止めたのだった。
「なっ……!?」
ギルバートの顔が驚愕に染まったその直後、
(水系統初級拘束魔法――ウォターバインド)
「え?」
ギルバートが反応するより早く、大量の水が蛇のように伸びて、一瞬でギルバートの両腕と両脚へ巻き付き、そのまま全身を拘束したのだった。
「ぐっ!?」
ギルバートは暴れるが、逃げられなかった。
食堂は静まり返って、誰もが目の前の光景を見ていた。
ケントはゆっくり席を立って、落ち着いた声で言った。
「ギルバート君。人がたくさんいる場所で魔術を使うのは危ないよ」
誰もが次に何が起きているのか分からず、その場に立ち尽くしていた。
そんな中、騒ぎを聞きつけた教師たちが慌ただしく食堂へ駆け込んできた。
「何事ですか!?」
「誰が魔術を使った!?」
複数の教師が周囲を見回して、拘束されているギルバートを見つけた瞬間、顔色が変わった。
「ギルバート君!?」
「一体何があったんです!?」
その後ろからシオンも姿を現した。
「ちょっと、何の騒ぎ――え?」
言葉を言いかけた彼女の視線はケントへ向いて、止まってシオンの顔から表情が消えたのだった。
ケントの瞳はいつも見慣れている青い瞳ではなく、右目は血のように赤く、左目は鮮やかな緑色のまるで別人のような瞳になっていた。
周囲の教師たちも異変に気付き始めた。
「目が……?」
「何だあれ……」
隼人もフローラも驚きに目を見開いていた。
「ケント……?」
フローラが不安そうに呼びかけたが、ケントは答えずその場に立ったまま、自分でも何が起きているのか分からないような表情をしていた。
「……あれ?」
ケントは視界が揺れ、耳鳴りがしていることに気づいた。
「ケント!!」
とシオンは咄嗟に叫んだ。
次の瞬間。
ケントはそのまま地面に倒れ込んだ。「「ケント!!」」
隼人とフローラが同時に駆け出したがケントの意識は既に途切れ始めていた。
ケントの視界は暗くなっていき、そのまま意識も沈んでいった。
ケントが倒れた直後、シオンは真っ青な顔で駆け寄った。
「ケント!!」
すぐにケントの身体を抱き起こしてケントの容態を見た。
何かを察知したのか、
「保健室へ運ぶわ!」
シオンはそう言うと、空間魔法を発動して、次の瞬間にはケントの身体ごと保健室へ転移していた。
それからしばらく後。
保健室のベッドには眠ったままのケントが横たわっていた。
その周囲にはシオンと隼人、フローラの姿があったのだった。
しばらくすると慌ただしい足音が廊下から聞こえてきた。
「「「ケント!大丈夫!?」」」
駆け込んできたのは凪、雅、ノノの三人で、三人とも明らかに顔色が悪かった。
凪は真っ先にベッドへ近寄って、眠るケントの顔を見ると小さく息を吐いた。
「……まだ起きてないんだ」
シオンは静かに頷いた。
「ええ」
保健室には重苦しい空気が流れていたが、隼人が口を開いた。
「なあ、一体何が起きたんだ?」
隼人の表情は真剣であり、その言葉に隣にいたフローラも頷いていた。
「そうですわ。ケントが倒れた理由を教えてくださいませんか」
シオンたち四姉妹は互いに顔を見合わせた。
少しの沈黙の後、やがてシオンが小さく息を吐いた。
「……隠していても仕方ないわね」
その言葉に隼人とフローラの表情が引き締まり、シオンはケントの寝顔を見ながら言った。
「ケントは今、自分の血の急激な変化に身体が対応しきれていないの」
「血?」
隼人は眉をひそめて、フローラも困惑していた。
「血ってどういう意味ですの?」
当然の疑問であり、二人は全く分からなかった。
するとシオンは少しだけ視線を落としてすぐに、視線をケントの顔に戻したのだった。
「その説明をするにはまず、私たちの両親の種族について話さなければならないわ」
その瞬間に、保健室の空気がさらに重くなって隼人とフローラは無意識に背筋を伸ばした。
「私たちの母はヴァンパイア、父はエルフ。その中でも母はロードヴァンパイアの先祖返りだ父はエンシェントエルフの先祖返り」
隼人が目を見開いていた。
「先祖返り……?」
「ええ、しかも普通の先祖返りじゃない。二人とも始祖の血をそのまま受け継いでいると言われるほどだった」
保健室の空気がさらに張り詰めた。
「だから二人はそれぞれの種族の中でも特別な存在だった。さらに本来なら交わることのない二つの血。その二つを持つ両親から生まれたのが私たち五人姉弟よ」
フローラが小さく呟く。
「だから皆さんあれほど強かったんですのね……」
シオンは頷いた。
「でも特別なのは種族だけじゃない」
その言葉に隼人が眉をひそめた。
「どういうことだ?」
「私たちの血はステータスにも影響するの。努力した時、心が成長した時、その成果が何百倍、何千倍にもなって肉体へ反映される」「何百倍……?」
隼人の声が引きつっていた。
「そんなの反則じゃねぇか……」
「ただし欠点もあって、努力しなければ普通以下になるわ」
「普通以下?」
「ええ。努力するものにしかその恩恵は受けれないわ」
フローラは納得したような反応をしていた。
「だからケントたちは……」
「そう、ケントのステータスがレベルに対して異常なほど高いパラメーターを持っているのはそのせいよ」
隼人とフローラはこれまで気になっていた部分がわかったが、新たな疑問も生まれたのだった。
そして、隼人がそれを口にした。
「待って欲しい、血が凄いのは分かった。でも、それが何で今の状態に繋がるんだ?」
「そうですわ。そこがまだ分かりません」 すると今度は凪が前へ出た。
その表情はどこか苦しそうだった。
「……それは」
一度言葉を止めたが、決意したように口を開いた。
「この前の実践演習の後に渡した物が原因だから」
隼人が首を傾げた。
「スキルの書か?」
「あれは最初からスキルの書じゃない。あれはケントの血を本来あるべき状態へ近付けるためのものだった」
「本来の……状態?」
「そう。今のケントの身体は急激に変化している途中なの。肉体がその変化に対応しようとしている。でも急すぎて」
「だから倒れたのか……」
その瞬間だった。
「――ふざけないでください」
保健室の空気が変わった。
全員が声の主を見ると、その声の持ち主はフローラだった。
「フローラ……?」
隼人が思わず声を掛けるが、フローラは止まらなかった。
「つまり…つまりあなたたちはわざとケントさんをこんな目に遭わせたということですか!?」
シオンたちは何も言わない。そのせいなのかフローラの声はさらに強くなった。
「あなたたちはケントさんのお姉さんでしょう!?誰よりも大切にしていたんじゃなかったんですか!?」
シオンはしばらく黙っていたが、その視線は依然と眠るケントへ向けられていた。
やがて小さく息を吐き、静かに口を開いた。
「……理由はあるわ」
フローラは睨み付けるようにシオンを見ていた。
「私たちだってケントを苦しめたかったわけじゃない」
「だったら――!」
「聞いて」
シオンの言葉にフローラは口を閉ざしてしまった。
「ケントの成長速度が私たちの予想を遥かに超えてしまったの」
隼人が眉をひそめた。
「予想を超えた?」
「ええ」
「本来ならもっと先だった」
凪も静かに言葉を続けた。
「私たちは何年もかけて少しずつ血を目覚めさせる予定だったの」
「だけど…ケントは…違った。普通の子以上に努力し続けた」
四姉妹の視線が眠る弟へ集まった。
「血の力は努力した分だけ成長を加速させるだけでなく、この血には力のコントロールを促進する働きもある」
「コントロール?」
「そう。強大な力ほど扱う技術が必要になるけど、今のケントは力だけが先に成長し始めていた。このまま成長を続ければ、いずれ肉体も精神も力についていけなくなる可能性があった」
フローラの表情が僅かに揺れていた。
「だから血を本来の状態へ近付ける必要があった」
「それがあの本……」
「ええ、あれによって身体への負担は大きくなった。でもやらなければもっと危険だった。災厄死んでいたかもしれないの」
雅も俯きながら言っていた。
「私たちは…何度も悩んだ…本当に…これでいいのかって」
ノノがゆっくりと続けて話していた。
「だけど選ばなきゃいけなかった」
再び沈黙が訪れて、フローラは眠るケントを見た。その顔は苦しそうな表情ではなくただ静かに眠っていた。しかし、それが逆に胸を締め付けたのだった。
「……それでも、ケントは何も知らなかったんですのよ?」
重苦しい空気が保健室を包んで誰も言葉を発せない状態だった。
その時だった。
「……ん」
小さな声が響いて、全員が同時にベッドへ振り向いた。
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