第36話:実践演習の準備
――賑やかだった舞踏会の夜が明け、翌日のホームルーム。
教室の教壇に立ったシオンと凪が、いつもより引き締まった表情で新入生たちを見渡した。そのただならぬ雰囲気に、ケント、隼人、フローラをはじめとする生徒たちの間に、心地よい緊張感が走る。
「さて、昨日の舞踏会は楽しめたかしら? でも、今日からはまた気持ちを切り替えてもらうわよ」
シオンがパン、と小気味よく手を叩き、次の大きなイベントの開催を告げた。
「二ヶ月後、この学年全体での『実践演習』が実施されることになりましたの」
その言葉に、教室のあちこちから
「実践演習……!」
と驚きや興奮の混ざった声が漏れた。
すると、横にいた凪が一歩前に出て言葉を生徒たちへと発した。
「これはただの授業じゃない。日頃の鍛錬の成果を試す、文字通りの実戦と考えてほしい。そして、今回の演習はチーム戦で行ってもらうつもり。一ヶ月以内に、共に戦う演習チームを結成し、私たち先生のところへ報告しに来ること。もちろん、1人で挑むことも可能だけどその場合でも先生たちに報告すること。そして、課題は当日にそれぞれに用紙を配るからそれをみて確認する方式だから」
チームの人数や構成、誰と組むかは生徒たちの自由。一ヶ月以内という期限や、単独での挑戦も可能という特殊なルール、そして当日まで全貌が分からない課題の形式を提示され、生徒たちは早くも近くの席の者同士で顔を見合わせ、ざわざわと慌ただしく相談を始め出す。
「おい、どうする? 誰と組むよ」
「当日に用紙を配られるってことは、どんな状況にも対応できるバランスの良いチームにしねぇとな……」
教室中が騒然とする中、シオンが「それじゃあ、今日のホームルームはここまで。一ヶ月後、みんなの報告を楽しみにしているわね」と言い残し、凪と共に教壇を後にした。
先生たちが教室を出て行った瞬間、ピンと張り詰めていた空気が一気に解け、本格的な休み時間が始まった。
生徒たちは席を立ってあちこちへ移動し、
「お前、前衛だろ? 一緒に組まないか?」
「魔法を使える人があと一人欲しいよね」
と、さらに熱を帯びた声でチーム決めの相談を始めた。
そんな喧騒の中、ケント、隼人、フローラの三人は、お互いに近づいたのだった。
「なぁ、ケント、フローラ。わざわざ言うまでもないと思うけどよ」
隼人がニカッと不敵な笑みを浮かべ、二人の顔を交互に見つめた。
「俺たちのチーム、これで決まりだよな?」
「うん、もちろん! 僕も二人と一緒に組みたいって思ってたよ。よろしくね、隼人君、フローラさん」
ケントがホッとしたように優しく微笑むと、フローラもまた、嬉しそうに深く頷いた。
「ええ、喜んで。私も、二人と同じチームに入ることのみ考えていました。当日まで課題が分からないのは少し緊張いたしますけれど……私たちなら、どのような試練も乗り越えられますね」
「おうよ! 当日に用紙を配られてその場でぶっつけ本番なんて実戦に近いけど、だからこそ、燃えてくものだ」
隼人がグッと拳を握りしめ、いつもよりもやる気をみなぎらせる。
こうして、一ヶ月の猶予を待たずして、ケントたちの演習チームがここに結成されたのだった。
チーム結成を決めた三人は、その日のうちに教職員室へと向かい、シオンたちへの報告を無事に済ませたのだった。
「あら、もう決まったのね。楽しみにしているわ」
と不敵に微笑むシオンたちに見送られ、部屋を後にした三人。
「よし! 報告も終わったことだし、二ヶ月後の演習に向けてさっそく準備を始めようぜ!」
隼人が廊下を歩きながら、拳を掌に打ち付けて気合を入れる。
「ええ、そうですわね。まずは実戦に備えて、お互いの装備……特に武器の調達から見直すべきですわ。私の実家お抱えの商会からいくつか取り寄せましょうか?」
フローラが顎に手を当てて提案する。
「うーん、大貴族お抱えの武器も凄そうだけどよ、もっとこう……俺たちの戦い方にピタッと馴染むような、武器を出してくれる店とかねぇかな。どこがいいのか悩むぜ……」
隼人が頭を掻きながら唸っていると、二人の間で話を聞いていたケントが、ぽんと手を叩いて明るい声を上げた。
「あ、それなら僕、すごく良いお店を知っているよ。性能は間違いなく最高だし、僕たちの要望にもばっちり応えてくれると思うんだ」
「ほう、ケントの紹介か! それは期待できそうだな!」
「ケントがおっしゃるなら、間違いありませんわね。ぜひ案内してくださいまし」
「うん、じゃあ行こう! 二人を連れていきたい場所があるんだ」
ケントはニカッと笑うと、二人の先頭に立って、お気に入りの場所へと小走りで案内し始めるのだった。
ケントの案内に従い、学園から出てからしばらくたったが、三人はまだ歩いていた。
「おい、ケント……。まだ着かねぇのかよ? もう結構歩いてるぜ?」
そう言いながら、隼人が周囲を見渡す。
「ええ、学園を出てからもう50分ほどは歩いておりますわね。まさかこれほど離れた場所にあるなんて……」
フローラは少し息を切らせながら、後に続いていた。
「あはは、ごめんね二人とも。ちょっと遠いんだ。でも、もうすぐそこだから!」
ケントが申し訳なさそうに苦笑いしながら指差した先。
そこには重厚感を漂わせる古びた佇まいの鍛冶屋が姿を現した。
「ここだよ。店主の剛吉さんは腕がすごく良くて、僕の今の武器もここで売ってもらったんだ」
ケントが何気ない様子で看板を指差すと、その店名を見た瞬間、隼人とフローラは息を呑んで驚愕してしまった。
「――はぁっ!? お、おいケント、冗談だろ……ここって、あの『黒鉄鍛冶屋』か!?」
隼人が目玉が飛び出さんばかりに見開き、大声をあげる。
「そんな……っ! ここは世界最高峰と謳われる、鍛冶師・剛吉様のお店ではありませんの……っ!?」
フローラまでもが、両手で口を覆って激しく動揺していた。
二人がここまで狼狽するのも無理はなかった。
このお店は本来は、Sランク〜SSSランクの冒険者レベルの者でようやく利用できるほどのものらしい。一般の学生や並の冒険者では、足を運ぶことすら滅多に叶わないのだった。
「え、ええ……? 二人とも、そんなに驚くこと……?」
ケントが首を傾げて困惑する中、隼人はケントの肩をガシッと掴んだ。
「驚くに決まってんだろ! 一時間近く歩かされたと思ったら、なんで新入生のお前が、こんな有名店に来たんだよ! 絶対に売ってもらえねぇよ……っ!」
「ケント……私も同感です」
ケントは
「大丈夫、大丈夫」
と苦笑いしながら、全く躊躇することなく扉へと手をかけた。
扉が開いた瞬間、心地よい鉄の匂いと、奥の炉から伝わってくる熱気が三人の肌から伝わった。
「お、おいケント! 勝手に入るなって……!」
隼人が焦って引き留めようとするのも構わず、ケントは店の中へと進んで声を張り上げた。
「剛吉さ〜ん、いますかー?」
ケントの声が店内に響き渡った、まさにその時。
「……あぁん? 誰だ、うっせぇな」
その言葉と共に店の奥の暖簾から、剛吉が姿を現した。
剛吉を前にして隼人とフローラは、静止してしまっていた。
そして、剛吉は正面に立つケントの姿を捉えた瞬間、目を丸くして破顔した。
「おぉ〜! ケントじゃねぇか! 久しぶりだな!」
剛吉は先ほどまでの威圧感を嘘のように消し去り、豪快に笑いながらケントの元へと歩み寄り、大きな手のひらでケントの背中を「バン! バン!」
と音を立てて激しく叩いた。
「うおっ、剛吉さん、痛い痛い! 力強すぎだよ……っ!」
あまりの勢いにケントがゲホゲホと咳き込みながら苦笑いする。
その光景を目の当たりにした扉近くの隼人とフローラは、開いた口が塞がらなくなっていた。
「ガハハ! 悪りぃ悪りぃ、つい嬉しくてな。手が滑ったわ」
剛吉は豪快に笑いながら、ケントに軽く手を振って背中を叩いたことを謝った。
「ってかよ、ケント。俺のことは『おっちゃん』って呼んでくれていいんだぜ? その方が親しみやすくていいだろ」
「あはは、そうだね。じゃあ、また呼ぶ機会があればそう呼ぶね、おっちゃん」
ケントが優しく微笑みながら返すと、剛吉は
「おう、頼むぜ!」
と満足そうに鼻を鳴らした。
それから、剛吉は視線を戻し、未だに扉の近くで石のように固まっている隼人とフローラをじろりと見つめた。
「で……ケント。そこの緊張しっぱなしの二人は誰だ?」
「うん! 二人は僕のクラスメイトで、大切な友達なんだ。こっちが隼人君で、こっちがフローラさん。二ヶ月後に学園で大きな実践演習があるから、二人に合う武器を探しにきたんだよ」
「へぇ、お前の友達か……」
剛吉の目が、一瞬で職人の鋭い眼光へと変わった。彼は近くの棚へ無造作に手を伸ばすと、そこに置かれていた二本の木製の武器――一本の木剣と、一本の木製の杖を取った。
そして、それを隼人とフローラへと投げた。
床にゴトッ、と鈍い音が響いた。
「ケントの友達なら、ただの有象無象じゃねぇはずだ。だが、口先だけで『俺の武器をくれ』って言われても、俺は売らねぇ。……まずはそいつを拾ってお前らの『実力』、見せてくれよ」
あまりの展開に、隼人とフローラは息を呑みながらも、床に転がる木製の武器を拾ったのだった。
剛吉は二人の前に座ると不敵に笑った。
「まずはそこいらの広場まで移動する……なんて面倒なことはしねぇ。この店の中で十分だ。おい、そこの坊主」
剛吉が、床の木剣を拾い上げた隼人を指差す。
「その木剣で、俺に向かって素振りを見せてみろ。」
「ッ、分かりました……。行きます!」
隼人はゴクリと息を呑み、木剣を両手で強く握りしめた。
全身の力を集中させて、鋭い踏み込みと同時に、一気に木剣を振り下ろした。
ビュオッ!! と、店内の空気が激しく震える。
「ほう……。力任せじゃねぇな、悪くない踏み込みだ」
剛吉は今度はフローラへと視線を移した。
「次はそっちのお嬢ちゃんだ。お前の魔力をここで高めてみろ。魔法を放つ必要はねぇ。」
「……はい、覚悟いたしますわ」
フローラは静かに目を閉じると、木製の杖を胸の前に構えた。
ふう、と深く息を吐き出し、精神を集中させた次の瞬間――彼女の身体から、澄んだ黄色の魔力がうっすらと立ち上った。
「なるほどな……」
剛吉はニヤリと満足げな笑みを浮かべたのだった。
どうでしたでしょうか?活動報告にあった実践演習に入ります。もしこの話が面白いと思ったり、今後の話が気になる場合はブックマークや評価などをしてくれると嬉しいです。
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