第33話:雅の執着
合体した怪物が周囲に八体以上も立ち塞がっていた。
(このままじゃジリ貧だ。……一気に決める!)
ケントは迫り来る爪撃を間一髪で避けると、深く腰を落とし、木刀を限界まで引き絞る。
脳内に描くのは、空気を切り裂く鋭い斬撃、そしてすべてを焼き尽くし、打ち砕く炎と雷のイメージ。それらを限界まで木刀の刃へと凝縮させていく。
(斬刀・火雷⦅ほのいかずち⦆)
ケントは神速の一閃が空間を大きく円状に薙ぎ払った。
放たれた斬撃に追従するように、激しい爆炎と雷光が渦を巻き、周囲にいた怪物を容赦なく巻き込んでいく。
ドゴォォォン!! と精神世界を揺るがす大爆発が起こり、に強かったはずの化け物たちは、その圧倒的な威力によって一切の反撃も許されず、すべて綺麗に消し飛ばされた。
「はぁ、……はぁ、……やった、か?」
ケントが木刀を構えたまま息を切らす。
しかし、悪夢の執念はケントの想像を超えていた。
消し飛ばされ、黒い霧となって霧散したはずの敵の残骸が、消滅することなく再び床から這い出してきたのだ。いや、それだけではない。壁や床がドロドロと溶け出し、一つに融合を始めた。
激しいドス黒いオーラを放ちながら、すべての怪物がひとまとまりになっていった。
それは先ほどの怪物とは比べ物にならないほど巨大で、ケントの過去の絶望そのものを形にしたような、超巨大な一つの「悪夢」へと変貌を遂げ、咆哮を上げた。
ケントは怯むことなく巨大な怪物へ肉薄した。木刀を振るって肉体を切り裂き、同時に無数の魔術や魔法を嵐のように叩き込んでいく。
激しい破壊音が響き、怪物の巨体は確かにズタズタに引き裂かれた。しかし、手応えを感じたのも束の間、どす黒い肉は瞬時に蠢き、すぐさま元の形へと再生してしまった。
(ダメだ、普通に攻撃しているだけじゃ、いくら手数を増やしてもキリがない……!)
迫り来る巨体の猛攻を紙一重でかわしながら、ケントは必死に思考を巡らせる。
ケントは怪物の正面でピタリと動きを止め、深く、深く、静かに息を吸い込んだ。
周囲のドス黒い空間が、ケントの凄まじい精神密度の高まりに呼応して、一瞬で静まり返る。
ケントは手にした木刀を、両手で天に向かって真っ直ぐに掲げた。
脳内にあるのは、ただ一点。すべてのトラウマ、すべての過去の檻ごと、この空間そのものを一刀のもとに断ち切るイメージ。
(斬華一閃・煉⦅ざんかいっせん・れん⦆)
刹那、ケントは掲げた木刀を、正面に向かって真っ直ぐに、そして目にも留まらぬ速さで振り下ろした。
――パシィィィンッ!!!
次の瞬間、ケントが振り下ろした軌跡から、世界そのものを真っ二つに叩き割るような、赤く眩い極大の斬撃が爆発的に迸った。
その一閃は、超巨大な怪物の脳天から一直線に貫き、再生する時間すら与えることなく、その巨体を一瞬で左右両側に一刀両断したのだった。
超巨大な怪物を一刀両断にした瞬間、赤く眩い閃光が世界を包み込み、どす黒い小学校の教室はガラスのように粉々に砕け散っていった。
「――っ、はぁ!……はぁ、……っ!」
急激に身体に流れ込んできた重力と酸素の感覚に、ケントは大きく目を見開いた。
そこは、先ほどまでいた冷たい悪夢の世界ではない。見慣れた空と、温かい太陽の光だった。
床に膝をつき、激しく肩で息をするケントの周囲には、いつの間にか大勢の気配があった。
「ケント……! よかった、無事に戻ってきたのね……!」
「よく頑張ったね、ケント」
「もう、ハラハラさせないでよ。本当に心配したんだからねー!」
シオン、凪、雅がケントの周りに集まり、心配そうに顔を覗き込んでいたのだ。
そして、ケントに術をかけた張本人であるノノ姉ちゃんが、ケントの前にそっとしゃがみ込んだ。
ノノは少しだけ安心したように目を細めると、いつも通り小さな声で、ボソボソとゆっくりケントに問いかけた。
「……ケント。……どう、……なった……?」
ノノのボソボソとした問いかけに、ケントはまだ少し荒い息を整えながら、周囲を見回した。
「……うん、もう大丈夫だよ、ノノねぇ。……でも、なんでシオン姉さんたちまでここにいるの?」
不思議そうに尋ねるケントに対し、しゃがみ込んだままのノノが、一つひとつの言葉を確かめるようにゆっくりと理由を話した。
「……私がね、……シオンたちに、伝えたの。……ケントが、……自分で訓練をお願いしてきたって。……そしたらみんな、心配になって、……飛んできちゃったんだよ……」
「そうよ! ノノから話を聞いて、気が気じゃなかったんだから!」
シオンが少し目を潤ませながら言うと、凪や雅も深く頷いていた。ケントの胸がじんわりと熱くなる。
姉たちがケントの無事を確認して少しホッとしたのを見計らうように、奥から二人の人物が足早に近づいてきた。
「おい、ケント! 大丈夫かよ!」
「ケント、一体何がありましたの!?」
やってきたのは、隼人とフローラだった。
二人は、ケントが突然吐血したことに酷く動揺しており、心配を隠せない様子でケントに詰め寄ってきた。
「急に血を吐いて倒れるからマジで心臓が止まるかと思ったぞ! 一体何がどうなったんだ?」
隼人たちが本気で心配して詰め寄ってくる中、ケントは口元の血を拭いながら、安心させるように優しく微笑んだ。
「心配かけてごめんね、隼人君、フローラさん。でも、もう本当に大丈夫だから」
その様子をじっと見つめていた雅ねぇが、ふと一歩前に歩み出て、不思議そうにケントに問いかけた。
「ねえ、ケント。もう大丈夫なのは分かったけど……なんで急にそんな危険な訓練をしようと思ったの? 昨日まではそんなこと一言も言ってなかったじゃない」
ケントは少し照れくさそうに頭を掻きながら、正直に理由を口にした。
「実はね、昨日の夜、夢を見たんだ。……誰もいない錬金術の講義室で、雅ねぇとフローラさんが、僕の『花』について話している夢」
「えっ……!?」
その言葉に、雅ねぇだけでなく、後ろにいたフローラさんまでもが同時にハッとして目を見張った。二人の顔に驚愕が走る。自分たちしか知らないはずの秘密の会話を、ケントが正確に言い当てたからだ。
「その夢を見て、僕は自分がまだ昔の記憶に囚われているんだって自覚したんだよ。だから、今日中にどうしてもその弱点を克服したくて……。悪夢を呼び起こす訓練なら、姉さんたちの中で一番適しているのはノノねぇだと思ったから、授業中にお願いしたんだ」
ケントがノノ姉ちゃんを見上げると、ノノ姉ちゃんは小さな声で
「……うん。……私を、……信じてくれて、……ありがとう」
と、ボソボソと嬉しそうに、ゆっくりと呟いた。
ケントが語った驚きの理由に、雅は信じられないものを見るように目を見張った。そして、呆れと心配の混ざった顔で口を開く。
「ちょっと、ケント! だからってそんな夢を見ただけで、いきなりこんな無茶をするなんて――」
「……ごめんなさい、ケント」
雅が言葉を言いかけたその時、後ろから遮るようにフローラの澄んだ声が響いた。
フローラはどこか胸を痛めているような真剣な眼差しで、ケントを見つめていた。
「フローラ、さん……?」
「あなたの見たその夢……それは、夢ではなくて現実の出来事ですわ。わたくしが昨日、雅先生に無理な追及をしてしまったから――」
「フローラちゃん、ダメ!!」
講堂に、雅の鋭い一喝が響き渡った。
いつもの明るい雰囲気は微塵もなく、その表情は怒りに満ちていた。
「雅先生……っ」
「言ったはずよ、あなたには絶対に話さないって! これ以上その話を続けるのは、ケントの精神的な負担になるかもしれないの! 家族の領域に、それ以上土足で踏み込まないで!」
雅の張り詰めた怒声が講堂に響き渡る。
フローラが言葉を失い、ハヤテも固まるその空気の中で、ケントはゆっくりと立ち上がり、雅の目を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「……雅ねぇ、もういいよ。そんなに怒らないで」
「ケント、でも私はあなたのために――」
「うん、僕のことを思って動いてくれたのは本当に嬉しい。ありがとう」
ケントは姉の優しさに感謝を示しながらも、静かに、けれど強い意志を込めて言葉を続けた。
「でもね……むしろ、何も言わずに隠してくれていたから、こうなっちゃったんだと思うんだ。もし事前に知っていたら、僕も心の準備ができたはずだから。だから、次からはちゃんと僕にも言ってほしいんだ」
「……っ」
ケントのその言葉に、雅は信じられないものを見たようにハッと息を呑んだ。
一瞬、ひどく悲しそうな顔をしたかと思うと、雅の大きな瞳にみるみるうちに涙が溜まっていく。
「……ケントは、私より…あの子の味方なの……?」
「え、雅ねぇ、そういう意味じゃなくて――」
「私は、ただ!…ケントのために、動いてただけなのに……っ! ケントにとっては、私の気持ちなんて……その程度だったんだね……っ!ケントなんて大嫌いっ!」
声を震わせ、雅はケントの言葉を最後まで聞かずに、そのまま講堂の出口へと向かって走り去ってしまった。
走り去った雅の後ろ姿が見えなくなった後、その場には重苦しい沈黙が流れていた。
すると、それまで静かに様子を見守っていたシオンが、ケント、隼人、そしてフローラの三人に優しく声をかけた。
「……皆さん、少し場所を変えましょう。誰の目にも触れない場所へ案内するわ」
シオンたちに連れられてやってきたのは、学園の奥にある、普段は誰も使われていない静かな一室だった。
扉が閉まり、完全に六人だけの空間になると、シオンはまずケントとフローラさんの前に歩み出て、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ケント、そしてフローラさん。先ほどは雅が感情的になって本当にごめんなさい。……あの子が言ったことは気にしないで頂戴」
「シオン姉さん、頭を上げてよ。……でも、雅ねぇはなんであんなに怒っちゃったの?」
ケントが心配そうに尋ねると、今度は凪姉さんが静かに口を開き、理由を説明し始めた。
「……雅はね、ケントに少し執着しすぎているところがあるのよ」
「執着……ですの?」
フローラが不思議そうに眉をひそめる。すると、壁際で小さくなっていたノノが、ボソボソとゆっくり、引き継ぐように話し始めた。
「……雅のね、……錬金術は、昔……魔法や魔術を使った『詐欺』と、間違われやすかったの。……それで、周囲の知らない人たちから、……ずっと酷い疑いの目を、……向けられていた時期があったんだよ……」
その言葉に、ケントはハッとした。
凪が悲しげに目を伏せながら、ノノの言葉を補足する。
「そんな時期を経て、ようやく再会できたケントの存在は、雅にとって唯一の救いだった。だからあの子は……『今度は自分がケントを完璧に守ってあげるんだ』って強く思い込むうちに、それが歪んだ執着になったの。だから、あなたを他人に傷つけられるのも、あなたが自分から離れていくのも、怖くて仕方がなかったみたい」
自分を守ってくれていると感じていたお姉ちゃんの、誰よりも脆く傷ついていた過去。
その事実を知ったケントは、胸が締め付けられるような切なさを感じながら、ぎゅっと拳を握りしめた。
「……そっか。雅ねぇ、そんなことがあったんだね」
ケントは静かに呟くと、ガタッと椅子を鳴らし、真っ直ぐに立ち上がった。
「ケント?」
シオンが驚いたように声をかけるが、ケントの瞳にはもう迷いはなかった。
「僕、雅ねぇを探してくる」
「待ちなさい、ケント。あの子は今、ひどく混乱しているわ。一人にしておいた方が――」
心配そうに呼び止める凪の言葉を遮るように、ケントは優しく、けれど断固とした意志を込めて首を振った。
「ううん、ダメだよ。雅ねぇは僕のためにあんなに一生懸命になってくれていたのに、僕が傷つけるようなことを言っちゃったんだ。今すぐちゃんと、僕の口から本当の気持ちを伝えなきゃいけないんだ」
「ケント君……」
フローラが心配そうな視線を送り、隼人は「行ってやれ、ケント!」と背中を押すように力強く頷いてくれた。
壁際で様子を見ていたノノも、
「……ケントなら、……大丈夫。……行ってあげて」
と、背中を見送るように呟いた。
「みんな、ありがとう! 行ってきます!」
ケントは扉を勢いよく開け放つと、雅を探し出すために廊下へと一目散に走り出したのだった。
どうでしたでしょうか?トラウマとか精神的なものは体験したことがないので難しかったです。
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