第24話:合格発表
そして――受験当日から数日後。いよいよ合格発表の日がやってきた。
学園の正門前には、合否を確かめようと集まった大勢の受験生と保護者たちで、身動きが取れないほどの熱気に包まれている。
そんな人混みから少し離れた門の入り口付近の木陰に、シオン、凪、雅、ノノの4人は並んで佇んでいた。
「私たちはここで待っているから、ケント、一人で見に行ってきなさい」
シオンが静かに微笑みながら、ケントの背中を優しく押し出した。
「ふふ、あまり緊張しなくて大丈夫よ、ケント」
凪も見守る中、雅がニヤニヤしながらケントの耳元で釘を刺す。
「いい、ケント? この学園のクラス分けはFからA、そして最上位のSクラスまであるんだけど……あんた、絶対にSクラスの張り紙から見るのよ。いいわね?」
「えっ? Sクラスから……?」
「そうだよ…ケント。雅ねぇ…の言う通り…一番上の…Sクラスから…探して」
ノノも当然のようにコクコクと頷く。
「あはは……分かったよ。それじゃあ、ちょっと見てくるね」
姉たちの熱い視線と妙な圧力を背に受けながら、ケントは人混みをかき分け、合格者の名前がズラリと張り出された巨大な掲示板の前へと向かった。
姉たちの「Sクラスから見ろ」という強い言いつけ通り、ケントは人混みをすり抜けながら、最上位クラスの合格者が張り出されている大きな掲示板の前へと辿り着いた。
自分の名前があるかどうか、掲示板の一番上の部分に視線を向け、合格者の名前を上から順番に確認しようとした、その時だった。
「おい、そこをどけ。不快なドブネズミが」
背後から、ひどく尊大で傲慢な少年の声がかけられた。
周囲の緊張感とは明らかに違う、嫌な威圧感を放つその声は、いかにも高貴な身分であることをこれ見よがしに誇示していた。普通なら振り向くはずが、ケントの耳にはまったく届いていなかった。なぜならケントは、張り紙の中に自分の名前があるかどうかに全神経を集中させていたからだ。
(ええっと……一番上は……。あ、この名前は……)
完全に声をスルーして掲示板を見つめ続けるケント。その様子に、声をかけた少年の顔が見る見るうちに屈辱と怒りで真っ赤に染まっていく。
少年が苛立ちを爆発させて顎で指図すると、すぐ後ろに控えていた二人の取り巻きが、大声を張り上げてケントの前に一歩踏み出した。
「おい、てめぇ! 我がベルトラン伯爵家の嫡男、ギルバート様がお前に行っているんだぞ! 聞こえないフリをしてんじゃねえ!」
耳を突き刺すような大音量の怒声が真後から響き、ケントは「わっ!?」と驚いてようやく掲示板から視線を外した。
振り向くと、そこには仕立ての良い豪華な衣装をまとった金髪の少年と、いかにもガキ大将の太鼓持ちといった風貌の取り巻きたちが、ケントを睨みつけて立っていた。
「えっ……? あ、ボクのことだったんですか? ごめんなさい、張り紙に夢中になっていて気づかなくて……」
ケントはいつもの誠実な態度で、申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
しかし、その純粋で全く悪びれない態度が、プライドの高い侯爵家の少年の神経をさらに逆撫でする。12歳の平均よりもひと回り小さく、愛らしい顔立ちをしたケントを、少年たちは「弱そうな平民の子供」だと完全に舐めきった目で見下ろしていた。
「ふん……まあいい。自分の身の丈も分からずに最上位のSクラスの合格発表を見にくるような愚か者だ、文字が読めなくて戸惑っていたのだろう。今回は僕の広い心に感謝したまえ」
ギルバートは不快そうに鼻を鳴らすと、哀れむような目でケントを見下ろしてそう言い放った。ケントが「はぁ……?」と不思議そうに首を傾げているのも気に留めず、彼はフンスと胸を張って掲示板の前に進み出る。
「さあ、僕の名前はどこかな。当然、一番上の目立つ場所にあるはずだが……」
ギルバートは自信をみなぎらせ、特等席であるSクラスの張り紙へと視線を走らせた。
しかし、上から順番に名前を追っていく彼の目が、中ほどを過ぎ、下端に達したところでピタリと止まる。
「……ん? おかしいな。見落としたか?」
彼はもう一度、今度は指でなぞるようにして上から名前を確認し始めた。
一回目の確認。……ない。
二回目の確認。……やはり、ない。
どれだけ目を皿のようにして探しても、大貴族たるベルトラン侯爵家の嫡男である自分の名前が、最上位Sクラスのどこにも見当たらないのだ。
「な、何かの間違いだ! なぜ僕の名前がSクラスにない!?」
先ほどまでの余裕はどこへやら、ラインハルトは顔を真っ青にしてガタガタと震え出した。取り巻きたちも
「そ、そんな馬鹿な! ギルバート様がSクラスでないはずが……!」
と慌てふためいている。
「あり得ん! 採点ミスだ! 誰か、誰かのせいだ!!」
プライドを木っ端微塵に打ち砕かれたギルバートは、怒りと焦りのあまり大声を上げながら、猛烈な勢いで学園の受付窓口へと問いただしに走っていった。
嵐のように去っていった貴族の少年たちの後ろ姿を、ケントはぽかんと見送った。
「なんだったんだろう……。あ、そうだ、僕の名前探さなきゃ」
ケントは気を取り直すと、改めてSクラスの張り紙の一番上へと視線を戻した。そこには、力強い文字でしっかりと、彼の名前と総合点1486点と点数が刻まれていたのだった。
「……あの、すみません。点数のことでお聞きしたいんですが……」
自分の名前の横にある数字がどうしても信じられず、ケントは受付窓口へと向かった。先ほど叫びながら走っていったギルバートの姿はもうどこにもなく、窓口は少し落ち着きを取り戻していた。
ケントは受付の教員に受験票を差し出す。
「受験番号94番のケントです。合格の確認と、あと……掲示板に『1486点』って書いてあったんですけど、何かの間違いじゃないでしょうか? 満点は900点満点ですよね?」
ケントのその質問に、窓口の教員はハッと顔を上げ、手元の極秘資料と照らし合わせると、一瞬で顔を真っ青にして直立不動になった。
「い、いや! 間違いではない! 君の筆記は493点、そして魔法、魔術、錬金術、物理の実技は、それぞれ243点、256点、287点、208点という、いずれも100点満点を大幅に超える数値が記録されている。これは……各試験官が『測定不能』として加算した、特別点やボーナス点を加味した結果の正式な点数だ!」
満点が100点のはずの実技試験で、すべて200点超え、果ては287点。合計1486点という神の領域の数値を前に、教員は興奮で声を震わせている。
「……そ、そうなんですか。ありがとうございます」
ケントが納得して帰ろうとすると、教員が慌てて呼び止めた。
「ま、待ちたまえケント君! 君は文句なしの今期『首席』だ! 入学式では新入生代表の挨拶をしてもらうことになっている!」
「えっ、挨拶ですか? ……あの、辞退はできますか?」
目立つのが苦手なケントが困ったように眉を下げて尋ねると、教員はこれ以上ないほど冷徹な顔で告げた。
「無理です」
「うぇぇ……」
キッパリと断られ、ケントはがっくりと肩を落とした。
これからの学園生活で必要になる『用意する物品のリスト資料』を受け取ると、ケントは重い足取りで正門前で待つ姉たちの元へと向かった。
* * *
「――お、お美しいお姉様方。このような騒がしい場所ではなく、僕の馬車で美味しいお茶でもいかがですか……? 僕はベルトラン伯爵家の嫡男、ギルバート。これでも将来を約束された高貴な身でして……っ」
ケントが門の入り口付近に戻ると、そこには見覚えのある豪華な衣装をまとった少年――ギルバートが立っていた。
Sクラスから落選した彼は、門へ引き返す途中で、ひときわ眩い光を放つ絶世の美女4人組に遭遇。そのあまりの美しさに一瞬で心を奪われ、一目惚れをしてしまったのだった。
落選のショックすら忘れて、顔を真っ赤にしながら必死の思いで声をかけるギルバート。後ろの取り巻きたちも
「ギ、ギルバート様のお誘いだぞ、光栄に思いなさい!」
と緊張気味に調子を合わせている。
当の本人たちはというと、シオンはゴミを見るような冷ややかな目で一瞥し、雅は退屈そうにあくびを噛み殺し、凪はおっとりとした笑みを崩さないが、その瞳の奥は完全に凍りついている。ノノにいたっては
「こいつ…だれ?」
と露骨に嫌そうな顔をしていた。
「ただいま。シオン姉さん、みんな、お待たせ」
ケントがリストの資料を抱えたままトコトコと歩み寄ると、お姉様たちの冷徹だった表情が一瞬で、ふわりと温かいものに変わった。
「おかえり、ケント。無事に確認できたようね」
「うん、バッチリだよ」
そんな二人のやり取りを見て、ギルバートは
「な、何なんだ君は……!?」
と目を剥いた。ギルバートがさっき掲示板の前で小柄な少年を平民だと決めつけいたが、その少年が自分の女神たちと親しげに会話しているのだ。
「それじゃあ、用事も済んだしお家に帰ろうか」
ケントがそう言って姉たちと歩き出そうとした瞬間、焦ったギルバートが慌ててその前に立ち塞がり、呼び止めた。
「ま、待ちたまえ! 僕の誘いに対する返答がまだではないか! ベルトラン伯爵家の僕からの直々のお誘いだぞ、無下にできるはずが――」
しかし、そんなギルバートの言葉を遮るように、シオンが低く冷ややかな声を響かせた。
「鬱陶しいわね。自分の点数すらまともに確認できない無能が、気安く私たちに話しかけないでくれるかしら。不快だわ」
「……え?」
一目惚れした女神の口から飛び出した、あまりにも辛辣な罵倒。さらに、雅がクスクスと意地の悪い笑みを浮かべて追い打ちをかける。
「本当よ。Sクラスの張り紙に自分の名前がないってだけで大騒ぎして受付に逃げ出すなんて、伯爵家の嫡男様って随分と肝が小さいのね」
なぜ自分のSクラス落選を知られているのか。そして、あまりにも容赦のない拒絶の言葉の数々に、ギルバートは目の前が真っ暗になるほどの驚愕と屈辱に震え出した。
しかし、プライドをズタズタにされた彼の脳は、怒りで完全に暴走してしまう。
「な、ならば……金だ! 金なら文句はないだろう! そこのガキ! お前の後ろにいる女たちを、一人当たり大金貨六枚で僕に売り渡せ! 平民の一生分以上の大金だ、有り難く受け取るがいい!」
ギルバートが懐から金貨の袋を掴み出し、ケントの鼻先に突きつける。大金貨六枚といえば、普通の平民なら目を剥くような大金だ。
だが、ケントは驚くどころか、冷たく澄んだ、底知れぬ軽蔑の目をギルバートへと向けた。
「……するわけないでしょ、そんなこと。さっさとどっかに行ってください」
いつも優しく誠実なケントが放った、初めての冷徹な一言。
自分より小さな子供にまで見下されたギルバートは、ついに完全に正気を失い、叫ぶように暴言をぶちまけた。
「調子に乗るなよ、この出来損ないのドブネズミがぁっ! ろくな親も教育も受けていないから、そんな高慢な態度しか取れないんだ!!」
――言ってしまった。
それが、この世界で最も引いてはならない、姉たちの『地雷』であるとも知らずに。
ピキィィィィィン……!!!
次の瞬間、正門前の空間全体の空気が、物理的な質量を持ったかのようにドサリと重くなった。
シオン、凪、雅、ノノ。4人全員の瞳から光が消え、その美しい顔が無表情に固定される。そして――そこから放たれたのは、この場にいる全員の心臓を一瞬で凍りつかせるような『殺意』だった。
ドクン、と周囲の受験生や保護者たちの心臓が跳ね上がる。
あまりの恐怖に呼吸ができなくなり、その場にへたり込む者が続出した。誰もが顔を真っ青にし、何が起きたのか、どうして急に世界の終わりが来たかのような絶望感に襲われているのか、その感情すら理解できずにただガタガタと震えている。
当のギルバートにいたっては、4人から放たれる目に見えない牙に首元を直接抉られているかのような錯覚に陥り、喉から
「ひ、あ……」
と声にならない悲鳴を漏らしながら、その場にガクガクと崩れ落ちるのだった。
ご一読いただきありがとうございました!
合格発表当日、ケントくんが叩き出した点数はまさかの総合1486点!実技ですべて100点満点を突破するという異次元っぷりでした(笑)。首席の挨拶をキッパリ「無理です」と断られるケントくんの不憫さも彼らしいですね。
そして後半、一目惚れしたお姉様たちを大金貨で買おうとしたギルバートくん。よりによってケントくんを侮辱するという、この世界で最も恐ろしい地雷を踏み抜いてしまいました……。
ギルバートくんの運命やいかに、そしてケントくんは無事にお家に帰れるのか……!?
「お姉様たちのブチギレ最高!」「続きが気になる!」と思ってくださったら、ぜひブックマークや評価などで応援していただけると励みになります!
次回の新章突入(?)も、どうぞお楽しみに!




