第23話:物理の実技試験とステータス鑑定。
案内された最後の会場は、磨き抜かれた床の上に無数の木剣や模擬刀が並ぶ、広大な「物理実技試験会場」だった。木剣同士がぶつかる乾いた音が遠くから響き、緊張した空気の中に汗と木材の匂いが入り混じっていて、試験を終えたであろう受験生が息を切らしていた。
ここで行われるのは、魔力を一切使わない純粋な剣術などの実技試験だ。
会場に足を踏み入れたケントは、中央にどっしりと構え、受験生たちを鋭い目で見渡している、見上げるほどの大柄な男の姿を見て「あ!」と声を上げそうになった。
そこにいたのは、学園の教師ではない。
そこにいたのは、かつてギルドでケントと決闘した、あのゴリアスだった。
あれから三年。数々の依頼をこなし、CランクからBランクへと昇格した彼は、今や立派なベテラン冒険者となっていて、その実力と豪快ながらも誠実な性格を見込まれ、臨時の特別試験官として招かれていたのだった。
「おう、次のグループも気合入れて来いよ!」
ゴリアスは獰猛な笑みを浮かべ、手元の木製の大斧を軽く肩に担ぎ直した。その圧倒的な強者の威圧感に、周囲の受験生たちは
「ひっ……」
「これがBランク冒険者……」
と顔を青くして怯えている。
しかし、そんな恐怖の静寂を破ったのは、ひときわ小柄な12歳の少年だった。
「ゴリアスさん! お久しぶりです!」
ケントがいつもと変わらない愛らしい笑顔でタタタッと駆け寄ると、ゴリアスは驚いたように目を見開き、すぐにガハハと豪快に笑った。
「おう、ケントじゃねえか! そうか、お前今日が受験当日だったな! 3年経っても相変わらずチビのままだが……中身はたっぷり仕込まれてるんだろうなぁ?」
「あはは、身長はあんまり伸びなかったけど、毎日ちゃんと鍛えてます!」
親しげに話す二人の様子に、周囲の受験生たちは
「おい、あのチビ、Bランク冒険者の知り合いなのか……?」
と唖然としている。
ゴリアスはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、近くの棚から一本の木剣をケントに向かって放り投げた。木剣が空気を切る音がヒュッと短く響く。
「よし、ルールは簡単だ。魔力は一切禁止、純粋な武器の扱いと体術だけで俺に一本入れるか、見事な立ち回りを見せてみろ! お前が『あの決闘』からどのぐらい強くなったのか、この俺が直々に計ってやるぜ!」
ケントは投げられた木剣を小さな手で完璧にキャッチすると、静かに構えを取った。呼吸を一つ整え、両足に均等に体重を乗せる。
「いくよ、ゴリアスさん!」
ケントのその短い掛け声と共に、実技試験の火蓋が切って落とされた。
かつてギルドで行われた決闘の時とは正反対に、今回は小柄なケントの側から最初に仕掛けたのだ。
タァンッ!
と床を蹴る鋭い音が響いた瞬間、ケントの姿が文字通り掻き消えた。
「おおっ!?」
Bランクへと上り詰めたゴリアスの動体視力をもってしても、魔力なしで放たれたケントの踏み込みは一瞬、見失いかけたのだった。
ケントは瞬時に間合いを詰めると、手にした木剣を最速の軌道で振り抜く。
ゴリアスは木製の大斧を瞬時に盾のように構え、凄まじい衝撃音と共にケントの一撃を受け止めた。
「ガハハッ! 相変わらずとんでもねえ踏み込みしやがるぜ、ケント!」
ゴリアスは獰猛に笑うと、今度はその圧倒的な体躯から繰り出される豪快な一撃をケントへと振り下ろした。大風を巻き起こすような猛烈な打突。しかし、ケントの顔に焦りの色は一切なかった。澄んだ瞳が、迫り来る刃の軌道を静かに見据えている。
ケントは迫り来る巨大な刃に対し、力で対抗することはしなかった。
木剣をそっとゴリアスの大斧の刃に沿うような静かな構えへと移行し、流れるような所作でゴリアスの一撃を迎え撃つ。
(納刀・潤・流水鏡⦅りゅうすいきょう⦆)
ケントの放った技は、相手の攻撃の威力をそのまま受け流し、軌道を完全に逸らした。
ゴリアスの渾身の一撃は、軌道を大きく逸らされた。
大斧は木剣の表面を滑るようにして床へと吸い込まれ、轟音と共に叩きつけられる。
凄まじい風切り音と共にゴリアスの体勢がわずかに崩れる。
「っ!? 俺の一撃を完璧に逸らしただと!?」
ゴリアス渾身の一撃を、ケントは力ではなく技術だけで逸らしてみせた。ゴリアスは一瞬驚いたものの、負けじと倒れかける体を捻らせて応戦した。
周囲の受験生たちは、あまりの超次元な攻防に言葉を失い、ただただ唖然としていた。見た目は12歳の平均より少し小さな愛らしい少年が、大人の最高峰であるBランク冒険者と互角に渡り合っている。木剣がぶつかり合う乾いた音だけが、静まり返った会場に規則正しく響いていた。
「そこまで、そこまでだッ!!」
これ以上の続行は周りの生徒が危険と考えた中央の担当教師が、顔を真っ青にして割って入った。
「試験官のゴリアス殿も熱くなりすぎだ! 試験としての判定は文句なしの最高得点である! 双方、直ちに武器を収めなさい!」
教師の必死の制止に、ゴリアスはハッと我に返り、大斧を肩に担ぎ直して不敵に笑った。
「ガハハ! 悪ぃ悪ぃ、つい楽しくなっちまってな。……にしてもケント、お前本当に強くなったな。あのヘンテコな4人にしごかれた成果は伊達じゃねえや」
「あはは、ありがとうございます。ボクも楽しかったです、ゴリアスさん!」
ケントは息一つ乱さず、いつもの愛らしい笑顔で木剣を返却した。周りの受験生たちは、怪物を観るような目でケントを硬直したまま見送るしかなかった。
こうしてすべての実技試験を終えたケントは、案内係に連れられて最後の部屋へと足を踏み入れた。
そこは、薄暗い空間の中央に巨大な『鑑定の水晶』が鎮座する、受験生の最終ステータスを測定・記録するための場所だった。ひんやりとした空気が肌に触れ、水晶が放つ淡い光だけが室内をぼんやりと照らしている。
「では、受験番号94番、ケント君。中央の水晶に手を触れて、自身のステータスを展開してください」
薄暗い鑑定の間で、担当の教師が厳かに告げた。
ケントは「はい」と短く返事をすると、トコトコと歩み寄り、12歳の小さな手を巨大な『鑑定の水晶』へとそっと乗せた。
ピキィィィィィン……!!!
次の瞬間、部屋全体が割れんばかりの凄まじい純白の光が水晶から放たれた。空間が激しく震動し、投影された魔力のスクリーンに、ケントのパラメーターが浮かび上がる。
それを見た担当教師は、手に持っていた名簿を床に落とし、そのまま呼吸を忘れて硬直した。
「……な、何だ、これは……? バカな……そんなことが、あってたまるか……っ!?」
⦅パラメーター⦆
レベル23
体力:13,500/13,500
物理的攻撃力:12,400
物理的防御力:12,400
魔力的攻撃力:12,400
魔力的防御力:12,400
魔力量:12,540/12,800
運:12,300
速度:12,600
ステータス平均:12,600
⦅スキル⦆
・一刀流剣術Lv.11・二刀流剣術Lv.6
・弓術Lv.7 ・槍術Lv.8 ・体術Lv.12
・気配察知Lv.9 ・気配遮断Lv.8
・錬金術Lv.13
・基本魔法Lv.9 ・特殊魔法Lv.10
・基本魔法耐性Lv.9 ・特殊魔法耐性Lv.7
・基本魔術Lv.11 ・特殊魔術Lv.8
・基本魔術耐性Lv.9 ・ 特殊魔術耐性Lv.7
教師はしばらく画面を凝視したまま、何も言えなかったが、やがて震える指で一つずつ数値を確認していった。
「……全部、五桁……」
「レベル23で……すべてのステータスが、万超え……!? スキルレベルも、軒並み二桁に届いているだと……!? お前、一体どんな育てられ方をしたらこんな異常な数値になるんだ……!?」
筆記、魔法、魔術、錬金術、そしてBランク冒険者との実技試験。そのすべてで、とてつもない結果を出した理由が、このステータスに表れていた。
「あ、あの、先生……? これで大丈夫でしょうか……?」
ケントは自身の異常さに全く気づかないまま、小柄な体を少し縮めて、いつもの愛らしい笑顔で尋ねた。
「……も、問題ない。記録は完了した。気をつけて帰りたまえ……」
教師は引き攣った顔で告げると、ケントを部屋から送り出した。
「はい! ありがとうございました!」
ケントは丁寧にお辞儀をすると、すべての試験から解放された晴れやかな笑顔で、タタタッと軽い足取りで学園を後にした。窓の外はすでに橙色に染まりつつあり、一日の緊張から解き放たれた足取りは、来た時よりもずっと軽やかだった。
* * *
その日の夕方。
受験生たちが全員退室した学園の奥深く、重厚な円卓が置かれた会議室では、入試を担当した各教員たちが集まり、緊急の議論を交わしていた。窓の外はすでに薄暗く、卓上に置かれたランプの明かりだけが、深刻な顔つきの教員たちを照らしている。
部屋の空気は重く、誰もが異様な緊張感に包まれている。
「……信じられん。筆記試験の全科目をわずか一時間で解き終え、ほぼ満点だと?」
中央に広げられたケントの答案用紙の束を前に、教師が頭を抱えていた。
「それだけではない! 魔法実技では、大人でも破壊困難なミスリル製の的を、火球を極限まで細くして回転させるという超高等技術で、一発ですべて貫通させたのだ!」
魔法担当の教師が、未だに興奮冷めやらぬ様子で机を叩く。
「いや、魔術実技はさらに異常でした。火系統初級魔術『ショットフレイム』を同時に五十個展開し、そのすべてに回転を付与してミスリルを木っ端微塵に粉砕したのです。12歳の子供が放っていい魔力量ではありません!」
魔術担当の教師も冷や汗を拭いながら言葉を重ねると、錬金術の教師がフラスコを掲げた。
「これを見てくれ。あの子は棚に余っていた最下級の薬草と湧き水だけを使い、材料費ほぼゼロから、不純物を極限まで抜き去る精製技術だけで『ハイポーション』を完成させた。特別ルールを適用するまでもなく、国家錬金術師クラスの腕前だ」
教員たちが口々にケントの残した異常な結果を報告し合う中、物理実技の担当教師が身を乗り出し、未だに震えの止まらない声を絞り出した。
「……皆さん、実技試験での立ち回りは、それをさらに上回る衝撃でした。臨時の特別試験官として招いた、あのBランク冒険者のゴリアス殿が相手だったのですが……なんと、ケント君の方から真っ先に仕掛けたのです。魔力なしの純粋な体術だけで、Bランクの剛腕を完全に翻弄していました」
「何だと!? あの男と魔力なしで渡り合ったというのか!?」
「ええ。ゴリアス殿の猛烈な一撃を、ケント君は卓越した技術で見事に受け流し、完全にコントロールしてみせました。二人の攻防があまりに激しすぎて、他の生徒が危険に遭うと判断し、私が慌てて止めに入ったほどです。非の打ち所がない、文句なしの最高得点です」
そして、最後に提示されたのが、あの鑑定の水晶が弾き出した異常なパラメーターの写しだった。
レベル23に対して、すべての数値が1万を超え、平均値が12,600という、あまりにも歪で圧倒的なスペック。
「……一体、このケントという少年は何者なのだ?」
「これほどまでの子を、我々の学園で受け入れてこの子のためになるのだろうか……」
「……とにかく。今年の『首席の挨拶』は、この子に決まりだな」
会議室の最奥に座っていた一際威厳のある教員が、ケントの採点表を見つめながらニヤリと不敵な笑みを浮かべた。その一言に、先ほどまで騒然としていた会議室がピタリと静まり返る。
「ええ……。筆記、魔法、魔術、錬金術、そして物理。すべてにおいて規格外。誰も文句のつけようがありません」
「12歳にしてこの力、入学式が今から楽しみですな」
「……ええ」
だが、その言葉とは裏腹に。
会議室に集まった教師たちの表情から、笑みは消えていた。
――この少年を、ただの優秀な新入生として扱っていいのか。誰も、その答えを持ってはいなかった。
今回で受験は完了しました。今回の内容が面白いまたは楽しかったと感じたならブックマークと評価などをしてくれると執筆の励みになります。




